2025/12/14

春の花考

 今季は玄関先の春の花の苗を植える時期を逸してしまい、やっと買い求めた苗も2週間そのままで弱ってしまってポットに植えら水やりもままならない日が続いて半分が萎えてしまいまいした。かわいそうなことをしたものです。昨日、弱った苗を別のポットに植え替えてメインのポットには新たに買い求めた苗を植えました。

春の花はしばらく明るい黄色のビオラと決めて20年くらい植えてきました。昨年、ちょっと気まぐれて売れ時を過ぎて徒長している値引きされたパンジーの苗を買い求めました。商品名は「ミニパンジー シトラスMIX」で写真をさかのぼると10月20日に植えたことがわかりました。しっかり咲いてくれるだろうかと心配もしながら少し強めに切り込みをしました。果たして、この春は絢爛という形容が相応しいほどの濃く明るい色のパンジーがたくさん咲きました。今季は「パンジー オレンジスライス」です。やはり売れ時を過ぎた不揃いの苗ですが個々の花の色のちがいがわかって春が楽しみです。

2025/12/07

矢野智司近刊

 検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。

『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 

『京都学派と自覚の教育学 篠原助市・長田新・木村素衛から戦後教育学まで』(勁草書房 20210821)

『愛と創造の教育学 境界を開くためのレッスン』(世織書房 20240707)

前2書は近刊といっても今世紀初出の論考が加筆等を経て編集されたものですが、それにしても300~500頁の著書3冊が毎年のように刊行されるというのは著者が内にもつエネルギー、精神の驚くべき強靭さを現わしているのではないでしょうか。

内容はしっかり刺激的です。『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』の第4章の見出し「大正新教育のなかの西田幾多郎」を目にしたときはやはりそうだったのかという驚きとともに安堵するものがありました。かつて、2年前に信州教育の系譜につながる教育が西田幾多郎の「純粋経験」に通じるものがあるような気がして知人に伝えたことがありました。まず第4章から読み始めて第1章などを参照的に目を通しています。

私の問いの核心を読みやすい言葉で露わにして突く矢野智司の論考です。

手帳の憂鬱と愉しみ

さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ...