2026/05/21

障害の「実存モデル」

Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると東京芸術大学のサイトでした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下、一部の引用です。

https://door.geidai.ac.jp/compulsory/510/ 

障害を巡っては、現在、「医学モデル」と「社会モデル」という言葉がよく使われています。医学モデル=障害を治す。社会モデル=周囲のサポートを整備する。福島先生は、医学モデルと社会モデルからはカバーできない問題を、「実存モデル」で捉えないかと考えています。社会モデルではタッチできない問題、例えば、障害から起こる不便さに対してはサポートをするが、どのように障害と向き合うか?という問題は、本人の問題として放置されてしまいます。障害から起こる辛い経験から、どのように生きる意味を見出すかは本人にとって重要な部分であり、社会モデルを補うモデルとして、実存モデルを今後研究しなければならないと締めくくりました。

それから8年後の今年、毎日新聞にやはり福島氏が障害の「実存モデル」に触れた記事が載りました。以下、毎日新聞webからの引用です。(毎日ユニバーサル委員会 第22回座談会「見えない世界」共有するには 朝刊特集面 毎日新聞2026/3/15 東京朝刊)

https://mainichi.jp/articles/20260315/ddm/010/040/020000c

 障害の捉え方には主に四つのモデルがあります。一つは、障害は心や体の医学的な現象の問題と考える「医学モデル」。二つ目は、障害を生み出す原因は社会的な設備などが整っていないためと考える「社会モデル」。三つ目は社会的な差別や偏見で人権が侵害されているかどうかで考える「人権モデル」。四つ目は障害者は独自の文化を有しているという「文化モデル」です。

 私は、これら四つのモデルだけでは障害者が現実に体験する「障害」を把握するには不十分と考え、五つ目として「実存モデル」を構想しました。例えば、視覚障害者の「見えない、見えづらい」というリアルな体験に共感することを目指すなら、まずは不便で一定の苦悩をもたらす感覚を共有すべきでしょう。問題はその後です。

 「社会モデル」的アプローチで、どのようにサポートするか考える。人権侵害にさらされていれば制度的課題として考える。視覚障害の体験を一つの文化として捉え、異文化交流の視点からアプローチする。いずれも重要ですが、「見えない」という現実は変わりません。不利益や不便さをサポートすると共に、なお残る「見えないことへの苦悩」にどのように共感していくかが大切だと思います。

 見えない苦悩を理解しつつ、そうした中でも人は他者と幸福な関係を築いていけるのではないかと発想を変えていく。現代社会はなにかが「できる」ことに対し、過度に価値を置きすぎていないか。「見ること」ができるかできないかという次元を超えたところに、人が幸福に生きるための鍵がある。

障害を巡る諸相については「医学モデル」と「社会モデル」がよく知られてきましたが「人権モデル」と「文化モデル」については名づけられたことによってそれらの相が際立って認識されます。「人権モデル」は「社会モデル」にそこはかとなく含まれていたと言えますが、そう名づけられることであらためて吟味されることになります。「実存モデル」という言葉、概念の経緯は詳らかに承知しているわけではありません。福島氏の提唱によるものなのかもしれません。しかし、「実存モデル」という言葉で想起されるのは「障害の受容論」です。端的に言うと「障害の受容の押し付け」です。「実存モデル」はそうした一方的な認識の押し付けへの抵抗、抗いとして名づけられた一面があるのではないだろうか。言うまでもなく当事者たちは日々問うてきたことです。その思索を深め、言語化し、共有や共感をまなざす営みへと誘う概念ではないでしょうか。福島氏の発信に期待するものは大きい。

2026/04/17

タブレットの憂鬱

ここしばらく、iPadの液晶にムラが出るようになったり相変わらずパソコンのiTunesにつながらなかったりとストレスをかかえて気づけば9年になりました。Lenovoのタブレットを追加したものの動作がかなり緩慢でまたiPadを新調しようと我慢の日々が続いていました。そうこうするうちにiPadの値段はどんどん上がって手が届きそうにないと思えてきました。そんなとき、Android搭載のXiaomi Tab 8 proがかなりよさそうで純正のペンシルがプレゼント、やはり純正のキーボードカバーが10,000円引きというキャンペーンの期限が迫る中で購入に踏み切りました。決して安い買い物ではありませんが「iPadがいらない」くらいの性能という記事が散見されたので決心がついた次第。果たして、届いてみるとその薄さ、軽さ、精緻なモニター、そして、何よりも表示が私が知っているAndroidtとは思えない円滑さでした。まさにヌルヌルです。快適です。申し分ありません。ストレージは本体の128GBのみで一抹の不安はありますがテキスト中心でクラウドを使っているので心配ないでしょう。純正のペンは品切れで後日届くとのこと、純正キーボードはパッドなしの軽いモデルにしました。ただ、普段はキーボードなしの軽いカバーの方がキーを気にすることなく持てるので使い勝手がよい。これも使い分けです。そうなると旅行などではノートパソコンよりもタブレットの方が何かと便利ではないかとあれこれ考えています。軽いカバーを着けてキーボードはBluetooth接続の折り畳みタイプというスタイルが現実的かと。

※追記 2026.4.26

やっとXiaomi Tab 8 ProにBluetooth接続の折りたたみ携帯キーボードをつないで実戦投入する機会がありました。全く申し分ない使い勝手でした。今年度は何度か出先でテキストを打つ機会があって機材をどうしようかと悩んでいましたが解決です。キーボードのメーカーはEwinで、2020年に購入したもののどこかにしまい込んで見つからず2024年に再度購入しました。なんとも不甲斐ない。

2026/04/08

来生たかお 夢のあとさき〜40th Anniversary Symphonic Concert〜

1984年というと42年前のことになります。来生たかおのアルバム、といってもレコードですが、「ラビリンス」がリリースされた年です。たしか、地元のレンタルレコード店で借りてカセットテープにダビングして聴いたはずです。惹かれるものがあって今なお聴き続けています。CD盤は買い求めました。なぜそんなにも惹かれるのか。その理由(わけ)を書こうとすると月並みな言葉しか出てきそうにありませんが、レヴォーグに乗り換えてからクラシックが思うように聴けなくなってからは来生たかおをよく聴くようになりました。「ラビリンス」とベストアルバムです。先日、レヴォーグのオーディオが直ったのでそれこそ浴びるように聴いています。そして、来生たかおの歌をもっと聴きたいとiTunes Storeを覗いていたら「40th Anniversary Symphonic Concert 2015-2016 ~夢のあとさき~」というアルバムを見つけて試聴したところまたまたはまってしまいました。バックはオーケストラとバンドで、2015年~2016年の録音なので来生たかおは65歳~66歳にかけての録音だと思います。遅めのテンポで歌う来生たかおのやわらかい声とやはりやわらかなオーケストラのアンサンブルがなんとも言えない豊穣な音楽を醸し出しています。そして、YouTubeでそのときの映像だろうか、ジャケットを羽織った来生たかおが老眼鏡と思しき眼鏡をかけて腰かけたまま楽譜を見ながら歌う姿は単に過去の作品をそのまま歌うのではなく歌とともに歳を重ねて余白をも包み込んでいるように思いました。YouTubeには2000年の旭川公演とする映像もあって、このとき彼は70歳のはずです。髪は豊かなロマンスグレーでやはり座って楽譜を見ながら歌っています。一つひとつの言葉、音をていねいに歌う姿は心を打つものがあります。歌とともに歳を重ねるというのはこういうことなのだろうかと思い巡らせました。早速このアルバムを取り寄せてレヴォーグで聴いています。このままどこか遠くに走っていきたいと、そんな思いが過ぎります。

2026/04/04

レヴォーグのスピーカー修理

レヴォーグのオーディオがクラシック音楽と相性が良くなさそうと前に書きましたが聞こえ方や音質がどこかかおかしいと思っていたところ左前のスピーカーから蚊の鳴くような音しか出なくなってスバルのディーラーで見てもらいました。すると左前と後の左右の計3つのスピーカーが内部で断線していることのことでした。先週、部品を取り寄せてもらって修理が終わりました。結果、大満足です。右前も音は出ていたのですが低音が細くてイコライザーの効きもよくありませんでした。修理で元に戻っただけとはいえレヴォーグが包み込まれる音場空間となって心理的に楽になりました。5個目のスピーカーであるサブウーファーも協調して低音域をよく支えています。もちろんクラシックも堪能できます。片道30kmの通勤も短く感じます。やはり私は音楽が好きということをあらためてしみじみと思いました。

名古屋大須のアメ横にあるオーディオ専門店では客の希望でアンプやスピーカーなどを組み合わせで試聴することができます。私はそこでいっしょに聴かせてもらったことが何度かあります。いつも思うのは音楽のジャンルはいろいろあっても音そのものが聴く人を幸せにすることができるということです。生きていることに幸せを感じるといっても過言ではありません。レヴォーグのオーディオもそれに近いものがあるように思います。音源はiTunesで同期したiPhone 5SをBluetoothでつないでいます。私の耳には十分な音質です。

一番のリスニングルームが車というのも情けないですが音漏れを気にせずある程度大きな音で聴けるのは車です。音の分離もなかなかのもので歌だけでなくバックの音の重なりやベースの動きなどもよくわかって聴き入ってしまいます。 


2026/03/28

Bandit 4回目の車検

Bandit 1250SAの4回目の車検を済ませました。バイクの車検はこれまで購入したバイク店で“お任せ”にしていましたが、そこまでバイクに乗って預けたり受け取ったりの移動、天気、そのための時間の確保などのすり合わせが煩わしいものでした。そこで今回は立ち合いで即日済ませる整備店で車検を受けることにしました。天気予報を見て電話で予約、当日は1時間で終わりました。この2年間の走行距離は2,000㎞弱なのでブレーキパッドとタイヤはほどんど減っておらず、立ち合いでタイヤ溝などの数値を含めた説明を受けました。「ブレーキオイルを自分で交換していますか?」と聞かれたのでどうしてだろうと思っていたら、リアブレーキのオイルが上限を超えてタンク一杯まで入っているので漏れ出してパイプを止める金具が錆びているのを「これ」と示して見せてくれました。ブレーキオイルは交換はおろかリザーブタンク内の量はカバーを外して見たこともなく前の車検のときの交換したであろうそのままでした。金具は置いてないということで後日近くのバイク店でオイルといっしょに交換することにしました。立ち合って話を聞くことで自分のバイクの状態をよく知ることができてバイクのもやもやが一気に晴れたように思いました。バイクのもやもやとは今のフルタイム勤務になってから乗る時間がほどんどなくなったこと、そのことでバイクが傷むことへの自分の不甲斐なさ、維持費も乗ってこそのものなのにというやり切れなさ、その上に加齢による体力の低下も懸念材料となっていました。バイクは自分で手をかけてこそ愛着が湧くものと実感しました。

2026/03/26

上笙一郎・山崎朋子『光ほのかなれども 二葉保育園と徳永恕』

大石茜の著書を読んでいるときいろいろ調べだして上笙一郎・山崎朋子著『二葉保育園と徳永恕』(社会思想社 現代教養文庫 1995, 初刊 朝日新聞社 1980)を知り取り寄せました。読みだしたら止まらなくなって400ページ余を3日で読んでしまいました。上笙一郎は『満蒙開拓青少年義勇軍』(中公新書 315 1973)を読んだとき内容もさることながらその語り口調に魅了されてしまって今回も然りでした。内容は驚愕という表現がもどかしいほどのインパクトがありました。読み進めるうちに著者が言及しているように徳永恕が成したことの大きさとそのために棄てたもの、そして、なぜそうなし得たのかという強さはどこからきたものなのかということが気になりました。著者は17~18年をかけて出版に至ったとのことでその内容は膨大かつ密度が高く、読み終わりはしたもののその読後感なり学びを言語化することは難しい。いつかここで触れることがあると思いますが今日は備忘として読了したことを記すのみとします。

2026/03/20

ライシテ展

いつしか3月も半ばを過ぎてまだまだ風が冷たいと思っていたところ今日は何かがちがうと思うほどの芯が感じられるほどの暖かさでした。そうか! 今日は彼岸ではないか! 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものです。

今日は県立美術館の企画展「ライシテからみるフランス美術 信仰の光と理性の光」に行って来ました。職場の廊下に掲示されたポスターに「ライシテ」とあって何だろうと思っている間に企画展終了の22日が迫っていました。果たして「ライシテ」とは何か。展示室の入り口の説明を読んでもピンときません。同じ説明が美術館のウェブサイトにあります。

「ライシテ」とは、国家が宗教から自律し、人々に信仰の自由や精神的平等を保障する制度、そしてそれを支える思想のことです。フランス共和国の根幹をなす概念ですが、異なる宗教を信じる/信じない人々の共生のための理念から、政治権力と宗教の厳格な分離に至るまで、ライシテは複数の顔を持ちます。

単なる政教分離ではなさそうです。キャプションを読んで絵を観てもわからない。それなのに読んで観て読み返してまた観ての繰り返しをしてしまう。つまり面白いということです。入口に「図録完売」とあったのも頷けました。では、その面白さはどういうことなのか。よく言われるように学校の授業では教えてくれない歴史の見方がそこにあるのではないかという予感が惹きつけるのだと思います。政治と宗教の関係が社会の制度として語られるだけでなくそのせめぎあいに絵画など美術が可視化した「聖性」が深く関わっていそうです。説明に度々登場する「聖性」ですがこの言葉はどう定義されるのだろうか。フランスの政治と宗教は両者の距離をどう置いても両者は関係しあっているのではないかと思いました。これはフランスに限ったことではないはずです。欧米諸国におけるキリスト教は距離の置き方如何に関わらず深く強くつながっているのではないか。哲学然り。明治時代にキリスト教抜きでドイツ哲学を取り入れようとしたのは思慮深さに欠けたことだったと思います。今回のライシテ展のキャプションは私には手強いものでしたがそれだけに興味津々でした。

来館者は多いと思っていましたがまばらだったので時間をかけてゆっくり観て回ることができました。

2026/03/14

大石茜『保育の帝国史 ― 家族をめぐる統治の技法』

先月の新刊でネットで目次を見てぜひ読みたいと思っていた本です。(岩波書店 2026.2)予約こそしませんでしたが早速取り寄せました。まず目を通したのは「第10章 満州のキリスト教保育」でした。とにかく興味津々で一気に読みました。そもそも宗教団体が満州国に向かったこと自体に関心があったところに保育や教育が重なると胸騒ぎがします。この章は他に比べて分量が少ないのですが概要をイメージすることができたと思っています。続けて「序章」から順に読んでいます。500ページという大書ですが私のような門外漢でも比較的読みやすいので助かっています。かといって内容は深く重層的で読み進めるには保育だけでなく子ども学や歴史、哲学など幅広い知見が求められます。どこまで深く読むことができるのか心もとないのですが今月中に読んでおきたい本です。

ところで、この本も「怖い一冊」だと思います。「怖い」とは日常と並んでそこに目をやればあすのにそれとは気づかず過ごしていることを表します。私にとっての「怖い本」です。どうしてこんなことを知らずに今まで過ごしてきたのだろうとか、これでよく学校教育に携わってきたものだとか、自分の無知やアンテナの鈍感さへの不甲斐なさが悔やんでも悔やみきれないと頭も身体もフリーズしてしまうくらいのインパクトがある「怖い本」です。学校教育に教員として携わるようになって44年になります。今も現役の教員で担任をしています。それゆえの「怖さ」です。その正体に気づき始めたのは定年退職前に経験した地元大学教育学部の非常勤講師がきっかけでした。教員を目指す学生に伝えたいことがあるはずなのにその言葉が見つからないというもどかしさがありました。今もあるのですが今はその正体がなんとか言語化できています。そう、教員の言葉、日々の営みを言語化するときの言葉が見つからないということなのです。目の前で起きていること、それついて自分が感じたことを表す言葉のことです。先月公開研究会に参加した伊那市立伊那小学校の自由参観授業後の「授業者との懇談」である先生が「言葉を探すことを大事にしている」旨を留め直すように幾度か話していました。まさにそれなのです。学習指導要領の言葉でも心理学の言葉でもない、教員自身の言葉そのものです。何か正解があるのではない。自分の全経験、すべてから納得できる言葉をもって言語化ができるかどうか。そのためのトレーニングを大学の教員養成で行っているかどうか。それは心もとないのではないかと考えます。「教育哲学」が必修から外されたのは1989年だったとある本で読んだことがあります。哲学を学んだからといって私がいう言語化のための言葉がわかるというのではない。言語化のトレーニングを積むことが大事ではないのかということです。「教育の豊穣を語る言葉の可能性」という私の研究は終わりのない旅です。

2026/03/08

中野幸次『ブリューゲルへの旅』

中野幸次というとエッセイ集『ブリューゲルへの旅』(河出文庫 1980、単行本1976)を思い浮かべます。そしてチャイコフスキーであり、きっと交響曲第6番「悲愴」を巡る彼の記憶であろう記述が私の脳裏に焼き付いています。

同著「闇」より

少年の頃、路をへだててわたしの家の前に、椎や欅や樫の深い木立ちにかこまれた屋敷があって、その家の高校生が帰省するたびにそこからチャイコフスキーの甘美な旋律が流れてきた。高校生はわたしの憧れでの身分であり、わたしは前に柿の若木のある二畳の空間でひとり勉強中であった。少年の耳に、近い死への予感を果てしもなく感傷的に甘美にうたいつづける音楽は、少年の憧れる世界の音そのもののようにひびき、わたしは全存在をゆさぶられる思いでそれに耳を傾けた。わたしはあれ以後二度とあんなに完全な陶酔を音楽に感じたことはあるまい。


文庫本刊行の1980年は私が大学3年生のときできっとそのとき京都で買い求めて読んだものと思います。「悲愴」を聴くたびに中野幸次のこの記述につなげてしまうと言っても過言ではありません。旧制高校は16歳からの修業でチャイコフスキーを聴く高校生が憧れだったということは中野はおそらく旧制中学校の生徒だったと思います。旧制中学校の修業年齢は12歳から15歳なので、1925年生まれの中野からすると1937年(昭和12年)から1940年(昭和15年)の間のエピソードだったことになります。当時の日本は戦争に突き進む流れの真っただ中で向かいの家の高校生は死が迫り来ることを予感せずにはいられなかったことと思います。中野もまた彼が聴くチャイコフスキーに死の影が抗いようもない甘美さで迫るのを感じたであろうと思うのです。当時の若者たちは少なからずこうした心持ちだったことは想像に難くないと言ってよいのではないか。今もまた、然り、ではないのか。

2026/03/07

名張 夏見廃寺

名張市立図書館に用があって昼過ぎから出かけました。目的の資料は探していただいて無事コピーを持ち帰ることができました。地方紙の地域版はその地域の図書館でないとなかなか見ることができません。昨日からの喉の痛みともやもやした不快感のため山行をあきらめての名張行でしたが成果は大でした。

その後、夏見廃寺と資料館を訪れました。名張は自宅から車で1時間余のところですが車でも電車でもいつも通り過ぎるばかりで町を歩くのは初めてでした。図書館を訪れた目的と夏目廃寺は直接の関係はありませんが名張のことを調べていて気になりました。夏目廃寺は大来皇女が無念の死を遂げた弟のために建立したとされる昌福寺であるとのこと、そして、大来皇女が記録に残る初代斎宮であることから訪れて調べたくなった次第です。

資料館の名称は夏目廃寺展示館で市民プールの傍らにあります。小さな建物で人気がありませんでしたが自動ドアが開くと高齢の男性が現れて入館チケットの発券やパンフレットなどの案内をしてくれました。そして、説明をしましょうかということで話を聴かせていただくことにしました。説明を聴きながら展示を見て回るとおおよそのフレームがわかってありがたく思いました。名張は新しい町という印象がありましたが歴史を辿ると興味深いことがたくさんあることがわかりました。大来皇女の歌は前に目にしたことがあって、それは歴史か和歌の勉強でのことだったと思いますが今回は詠み人が傍にいるような生々しさを感じました。奈良と三重をつなぐ古道など自分の足で歩きたいと思ました。

障害の「実存モデル」

Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...