検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。
『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412)
『京都学派と自覚の教育学 篠原助市・長田新・木村素衛から戦後教育学まで』(勁草書房 20210821)
『愛と創造の教育学 境界を開くためのレッスン』(世織書房 20240707)
前2書は近刊といっても今世紀初出の論考が加筆等を経て編集されたものですが、それにしても300~500頁の著書3冊が毎年のように刊行されるというのは著者が内にもつエネルギー、精神の驚くべき強靭さを現わしているのではないでしょうか。
内容はしっかり刺激的です。『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』の第4章の見出し「大正新教育のなかの西田幾多郎」を目にしたときはやはりそうだったのかという驚きとともに安堵するものがありました。かつて、2年前に信州教育の系譜につながる教育が西田幾多郎の「純粋経験」に通じるものがあるような気がして知人に伝えたことがありました。まず第4章から読み始めて第1章などを参照的に目を通しています。
私の問いの核心を読みやすい言葉で露わにして突く矢野智司の論考です。
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