2002/12/25

「悲愴」がききたくなるとき

■無性に特定の音楽がききたくなるときがある。今夜はチャイコフスキーの「悲愴」だ。外は強い北風。だから「悲愴」なのだ。気分は全然“悲愴”ではないが「悲愴」をききたくなるときがあるものだ。
■ポコ・ア・ポコ ウインターセッションの2日目が終わりました。昨日、初日はミュージック・ケアの総合研修の成果を活かそうと気負いがあってどうもしっくりこないまま終わってしまいました。今日は朝から記録ビデオをチェックしながら反省することしきり。夏のサマーセッションの記録ビデオと見比べて愕然! サマーセッションの方が子どもたちがとてもいい表情なのだ。そう、夏は自分自身が背伸びをしないようにいつも気をつけていたではないか! 今日、2日目の前半はキーボードを弾きながら歌う時間を十分取りました。子どもたちがたくさんの笑顔を返してくれてホッとしました。だから気分は“悲愴”ではないが北風のせいで「悲愴」がききたくなってキーを叩いています。

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