2004/05/07

やわらかな光の一日

■今日はとてもやわらかな光の一日でした。朝から車であちこち走り回っていましたがサングラスをかけなくて済みました。いいえ、サングラスをかけるのがもったいないくらいのやわらかなやさしい光でした。桜並木の葉の間からこぼれる光もなんとやさしかったことか。キラキラしているのに目に痛くない。気象学的には春の大気が云々ということなのでしょうね。自閉症スペクトラム障害の子どもたちにとってはまたとないいい日だったと思います。午後から出勤した養護学校でも子どもたちもいつになくおだやかな表情に思えました。
■創刊間もない『月間プレイボーイ』のインタビューにヘルベルト・フォン・カラヤンが登場したときの言葉をよく思い出します。カラヤンはオーケストラの指揮者、そして、スピード好きです。インタビュアーが「あなたはsinrich(感覚的)ですか?」(ドイツ語のスペルが間違っていたらごめん!)と質問してカラヤンはそうだと答えた、メカニズム好きで緻密な構築にこだわるカラヤンは、実は、自分の感覚のままそうしているという文脈だったように覚えています。私も理論派と見られているようで、確かに、発言や講演は理尽くめですが、理論に基づく文脈の構成を決めるのは私自身の感覚です。感覚に頼って考え判断しています。哲学といってしまえばそれだけなんですが、哲学にしてしまうと不動のものとなってしまうように思います。私がいう感覚とは常に動いている自分自身そのものです。センス、ともいえる。
■昨年も紹介しましたが、ジミー(幾米)の『君のいる場所』(小学館2001)の冒頭にこんな詩があります。「二人は信じる/求める気持ちが出会わせたのだ/信じあう心は美しい/でも揺れ動く心はもっと美しい」(ヴィスワヴァ・シンボルスカ「恋」より) そう、「揺れ動く心はもっと美しい」…コンテンポラリーということ、同時代、今、この一瞬、刹那をいっしょに生きているということの重みは何ものにも換え難いものなのだ。
■そして、美しいということも大切だ。2002年1月にNHK-TVで放送されたファッション・デザイナー川久保玲のドキュメントで、番組の最後に彼女が若い人への言葉としてこう語りました。「もっときれいなものはたくさんある。」何でもそうだけど歩みを止めてはいけない。前へ前へ! 川久保玲も立ち止まらない。だけど、ふと立ち止まったとき生まれるものも美しい。

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