今週の朝はアテンザの外気温計が8度を示す日がありました。朝はきりりと冷たい方がいい。
水曜日の夜はある中学校の校内合唱祭のビデオをDVDにしていて全学年全クラスのステージを視聴しました。ただモニタで確認をするだけだったのですがいつしか見入ってしまいました。どのクラスもほんとによく歌っている。1年生よりも2年生、2年生よりも3年生がよく歌う。転調を繰り返す難曲を選んだクラスの歌は現代音楽か民族音楽にしか聴こえないがモニタに映る中学生は真剣だ。その姿がほんとにいい。でも、真面目だからどこかおかしい。そして、同じ制服を着ているが一人一人ちがう。今どきの中学生、なかなかやるものだと思いました。
休日に持ち歩くバッグに辻邦生の『嵯峨野明月記』(中公文庫)を入れてあります。辻邦生の語り口は緻密で、日常も思考もそうして連続しているものだと教えてくれている。たくさん考えなさい、たくさん悩みなさいと私を活字に誘う。抗い難い力がある。ところが、である。私は小川洋子の文体も好きなのだ。こちらはモザイクのような印象があります。絵画的ということもできるでしょう。断片と断片との連なりでできている。その“間”のようなものが飛躍しがちな私の思考の仕方と共鳴してしまうのかも知れない。このちがいは何なのか。小川洋子の文体が絵画的なら辻邦生の語り口は音楽的だと思う。ところが、また、ところが、である。フランス音楽はしばしば絵画的と表されることがあります。どこか矛盾する命題ですが、私の音楽のとらえ方は単純で、ただ音楽が好き、というだけなので困ることはない。
今日、小川洋子の『博士の本棚』(新潮社 2007)を買いました。本の本は面白いものですがこの本は格別面白い。立ち読みが止まらなくなって買った次第です。この中で彼女も『小説新潮』臨時増刊の『アメリカ青春小説特集』(新潮社 1989)を読んでいることがわかって、そう、この本はいいよな、と立ち読みをしながら頷いてしまいました。『博士の本棚』は小川洋子の語り口が堪能できる本です。音楽でいえば珠玉の小品集のようです。
少し前に買ったクリサンセマムの苗がポットに植わったままでずいぶん大きくなっています。明日は庭に植えてあげよう。
2007/11/09
『博士の本棚』
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