夕方、自宅近くの歯科医院で治療をしてもらっていたら何かがガサガサと落ちる音がした。「最悪」と小さな声が続いた。静かな病院も何度か通っていると愉快なこともあります。その歯科医院は治療中に照明の強い光が目に入らないように細長く折り畳んだタオルを目のところにかけてくれますが、うがいをした後などはしばらく天井を見ていることがあります。そんなとき、私の頭のはるか上をタオルが横切ったことがあります。あっ、タオルが飛んだ! その先を見ると洗濯物入れと思しきかごのようなものがありました。普段すました顔の衛生士か技工士の若い女性がそんなことをするのがおかしくて愉快になりました。私の歯の治療はまだしばらくかかりそうでハプニングも期待してしまいます。肝心の治療は申し分ありません。
2009/12/02
登録:
コメントの投稿 (Atom)
手帳の憂鬱と愉しみ
さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...
0 件のコメント:
コメントを投稿