ふと気づけば庭は草だらけで、今日は朝から草取りをしていました。通路を草刈機で刈って、花壇は手で取って、野菜畑は鍬で深く耕しました。この春は紫色の小さな花が咲く小さな葉っぱの草が一面に生えて、それはそれできれいなのですが花の養分まで吸い取ってしまうくらいでした。その草を取り除くとフェンネルがあちこちに生えていて、ワイヤープランツとグレコマが文字通のグランドカバーとなっていました。店先に並ぶポットの苗はかわいくても地植えにすると持ち前の繁殖力であっと驚くほど大きくなることは少なくありません。ワイヤープランツが塀一面を覆って滝のように道まで延びているのを見て目が点となったことがあります。大きくなり過ぎたらそこまでです。さて、夏の花は今年もインパチェンスです。色は明るい紫で、ポットはイタリア生まれの少し背の高いものを新調しました。
病院という所で音楽ができることは何だろうとよく考えます。もちろん音楽療法としてです。この週末、スーザン・マンロー著、進士和恵訳『ホスピスと緩和ケアにおける音楽療法』(音楽之友社 1999)を読み返していて、音楽だけでなく環境を整えることや全人的なかかわりの記述が多いことにあらためて気づかされ、安堵するものがありました。音楽を直接的に用いなくても、これは比喩的でもありますが、音楽を内に感じてかかわることの大切さを思いました。音楽療法故に音楽を用いての効果を明らかにしなければならないこともわかりますが、ホスピスにおいてはさらに謙虚にならなければならない。音楽に対しても謙虚であること。音楽を用いることの責任は大きい。
2010/04/25
『ホスピスと緩和ケアにおける音楽療法』
登録:
コメントの投稿 (Atom)
ライシテ展
いつしか3月も半ばを過ぎてまだまだ風が冷たいと思っていたところ今日は何かがちがうと思うほどの芯が感じられるほどの暖かさでした。そうか! 今日は彼岸ではないか! 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものです。 今日は県立美術館の企画展「ライシテからみるフランス美術 信仰の光と理性の光...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...
0 件のコメント:
コメントを投稿