2026/02/27

加島祥造『伊那谷の老子』の“付録”

“付録”というのは加島祥造著『伊那谷の老子』(淡交社 1995)といっしょに届いた新聞などの切り抜きのことです。本も切り抜き記事も茶色に変色していましたが入っていたビニール袋は擦れや折れもなくきれいで真新しいものでした。これは古書店の心づかいだと思っています。本もたいへん面白いのですがこの切り抜きもまたたいへん興味深いものでした。加島祥造が書いたり記事になったりの全7点です。

「老子とは生き方なのだ」(西垣通)(新聞切り抜き 1999年4月11日)

「閑ヲ愛スレバ」(城山三郎)(『本』2000年3月号)

「老子の時間、道元の時間」(中野幸次)、「ナガノのフォークナー」(加島祥造)(『図書』615号 2000年7月号)

「ふたりの娘とシンクロニシティ」(加島祥造)(『一冊の本』 2004年7月号)

「受いれる心5」(加島祥造)(『月刊 本の窓』2011年7月号)

「受いれる心8」(加島祥造)(『月刊 本の窓』2011年11月号)

「詩人が語る自由」(河合香織)(『本の窓』 2014年6月号)

私がまず目を通したのは中野幸次の「老子の時間、道元の時間」でした。やはり英訳と独訳を通じて老子に親しんだという記述がありました。

 (略)わたしは、加島祥造の『伊那谷の老子』(淡交社)を読んだ。『老子』は、従来の漢文読み下し式ではちっともわからず、興もわかず、中国古典のなかで最も無縁な古典だったが、加島が体験を語りつつ訳してみせる老子は実に生き生きとしていて、身近に感じられ、わたしはこれならわかると思った。彼は英訳がたくさんある中から読み取って、自分の自由な訳をつけている。

 加島はその後『タオ ― 老子』(筑摩書房)を著したので、それによって老子はますます私の身近なものになった。わたし自身も英・独訳を十数種類とりよせ、外国語訳を通じて老子に親しんでいった。

中野幸次はドイツ哲学が専門なのでドイツ語を解するわけで、彼もまた寺田寅彦や加島祥造と同じく日本語圏ではないところから老子を身近に感じるようになったと記しています。加島は英訳を通して老子を読むとき「老子を外国語として読む」と記しています。(『伊那谷の老子』)漢文を外国語として捉える、あるいは捉え直すことで何がどう変わるのだろうか。これは何を示唆しているのだろうか。外国語と捉えることで言葉の縛りのようなものから逃れて自分の言葉で語ることへの抵抗感が薄らぐのだろうか。ざっくりした言い方になりますが、とりわけ漢文は漢字で記述されていることから日本語に引き付けようとする研究の側面に縛られるのではないだろうか。もちろん、英訳でも「原典の古意に忠実な逐語訳」(加島) は読んでいて面白くないものもあるとのこと。

『源氏物語』 はどうだろう。加島の老子和訳の底本となったのはアーサー・ウェイリー訳だけではないにしても毬矢まりえ・森山恵和訳の『源氏物語』の底本もアーサー・ウェイリー訳なのです。アーサー・ウェイリーの功績はとてつもなく大きいというべきだろう。

2026/02/22

加島祥造『伊那谷の老子』を読む

前々から気になっていたこの本(淡交社 1995)をオークションサイトで入手しました。写真よりも薄汚れていて何だかなあと思いましたが葉書サイズのビニール袋が同梱されていてこちらも何だろうと思いました。入っていたのは黄ばんだ新聞の切り抜き1点と『本』など出版社が出していた小冊子の切り抜き6点でした。それぞれに「加島祥造」や「老子」の文字が見えました。気になったもののまずは本です。

この本が頗る面白くて「伊那谷の老子」の章は付箋だらけになっています。驚いたのは加島祥造が手掛けた老子の翻訳は原文である漢文からの翻訳ではなくて英訳された老子からの和訳だったことです。アーサー・ウェイリーの名前を見たときはまた驚きました。ウェイリーは『源氏物語』も英訳しています。その英訳を毬矢まりえと森山恵が和訳して2年くらい前に話題になりました。読みやすくて物語の世界がイメージしやすい本となっています。登場人物の輪郭、人となりがそのまま伝わってきて活き活きどころか生々しくさえ感じられます。加島祥造が和訳した老子もまた然りです。これはどうしたことか。

加島は『伊那谷の老子』にそのことを言葉を換えて幾度も記しています。その部分を引用します。

(略)それは、西洋人の、あるいは英国国民の思考と気質から自然に生まれた傾向であって、日本の老子訳の世界とははっきり違った特色といえるものだ。そのうち、とくに目立つ点を三つだけ言ってみよう。

 第一は訳者たちが程度の差はあれ自分の解した『老子』を提出していることだ。(略)訳出するときにはそこから自分の老子像を抽きだしている。

 いいかえれば彼らは老子と対面し、対話しようとする。自分のイメージする老子像を、その内面像を、描きだそうとする。さらにいえば、自分にとって老子とはなにか、を明らかにしょうとする。

 第二。英訳者たちは老子の実在を否定しない態度である。日本では江戸時代からすでに老子の実在を否定する議論があり、いまでもその方向から見る意見がある。(略)

 しかし、英語訳をした人たちは、そういう説を知っていてなお、『老子』の五千言のなかに、老子という一個の大個性を見出す。またそこにこの大個性の深い内観力を愛と大きな叡知がゆきわたっているとみる。老子の生きたスピリットがいまの自分のなかを流れ走ると感じる。そういう生気の動く英訳が多いのだ。(略)

 第三の、そして最も印象づけられた特色は、彼らが「老子」を詩(ボエトリイ)ととっている点だった。日本の学者も『老子』の多くの章が韻を踏む詩句だと説明している。説明としてはよくわかる。しかしこの『老子』を「詩」として再現しようとはしない。誰も、いまここで生動する詩行に転じようとはしない。(略)

 (略)彼らは『老子』のなかに動くものをとらえようとする。生きて伝わってくる大個性のスピリットを、自分の言葉で表現しようとする。過去の古風な詩体ではなくて、現代口語体の詩として表現しようとする。

物理学者の寺田寅彦も「電車で老子に会った話」という文のなかで同様の体験をしていると加島は紹介しています。寺田の場合は独語訳の老子だがふたりの「老子体験」は共通しているとも。これは何を示唆しているのか。「原典の古意に忠実な逐語訳」(加島)が研究として重要不可欠なのは言うまでもありません。その成果は読解に活かされなければならない。しかし、老子や『源氏物語』を味読する後世の一人ひとりにとっては「原典の古意」と自分との関係においてその作品の意味がある。一人ひとりが意味の生成を経験することが大切と考えます。『伊那谷の老子』の加島訳の老子を読むと私の横に座っている同時代人の声を聴くように感じます。何という経験であることかと驚き感嘆するのです。

※英訳者Arthur Waleyの名前の読みを加島は「アーサー・ウエーレー」と、毬矢まりえ・森山恵訳の『源氏物語』では「アーサー・ウェイリー 」と表記しています。

2026/02/13

長野行

 先週2月7日土曜日、長野県の小学校の公開研究会に参加しました。2年ぶりの参加でした。その学校を訪れるのは5回目となります。訪れるたびに「おまえはここで務まるか」と問われているように思い腰が引けていましたがこの目で見ずにおれない学校でした。さらに2年前は授業後の協議会で私が抱えていた問いの「答え」がいきなり飛んできて決して大袈裟ではなく打ちのめされてしまいました。自分には子どもたちと過ごす機会はもうないと思い込んでいたので抗いようもなく悶々としていました。そんなとき講師の声をかけてもらって再び「教壇教員」となり、教育とはどういう営みなのかを身をもって問う日々が戻ってきました。池袋児童の村小学校を調べていたことも支えになりました。教室を「子どもとつくる」場として、それは“技術”ではなく肌感覚として絶えず意識しておく姿勢です。それは簡単なことではないことを思い知ることとなりましたがそんな毎日を過ごしているということの充実感はその時々にしか経験し得ないものです。その小学校の先生方の心の内をあれこれ思い巡らせながらの参観となりました。今回もそこでしか学びえない多くのものを持ち帰ることができましたがその整理は時間がかかります。

2月11日(水)建国記念日はやはり長野県安曇野市で行われた井口喜源治先生に学ぶ会に参加しました。テキストは同志社大学人文科学研究所 (編集)『松本平におけるキリスト教―井口喜源治と研成義塾』(同朋出版 1979年)で、今回は手塚縫蔵の章でした。その一部を私が受け持つこととなり、この奇遇に驚きました。前述の小学校の入り口の「詩境の像」にまつわる詩から辿り辿って手塚縫蔵につながり、藤田美実の著作の導きで私の心をとらえるようになった経緯があります。私は藤田美実が言及する手塚縫蔵の「存在」について藤田の著書から一部を紹介する資料を作成しました。この日、8年かけで読み合わせを行った『松本平におけるキリスト教―井口喜源治と研成義塾』の最終回でした。参加者のお話から松本東教会を設立した手塚縫蔵への思い入れはこの地において決して小さくないと受け止めました。貴重な学びの場となりました。

当初、前述の小学校の研究会と井口喜源治先生に学ぶ会は同じ2月7日に予定されていました。午前は小学校の研究会、午後は井口喜源治先生に学ぶ会に参加という慌ただしい行程になるはずでしたが衆議院選挙のため学ぶ会の会場の公民館が使えず11日に延期となりました。1週間のうちに2回も長野に車を走らせることになってこの2回の長野行でレヴォーグは1,100km余距離が延びました。長距離をじっくり走るまたとない機会とその9割以上でアイサイトを試しました。結果、右足首を骨折してからアクセルを踏み続けることが辛くなってきていたので大助かりでした。いろんな場面でアイサイトを使ったところ、渋滞の中でもアクセルとブレーキを踏むことなく右手指先だけで走らせることがわかりました。これはすごいことだと思いましたが「ホントに止まるのか!?」と100%信じ切れない自分があって自分で運転するより疲れたところがありました。あと、フロントの左右に並んだLEDのライトを点灯するスイッチの位置が偶然わかってレヴォーグの“疑問”がひとつ減りました。灯火系とは別に独立して常時点灯するこのライトはアクセントになるほか昼間でも視認性が上がるように思えます。でも、この2回の長野行でレヴォーグの汚れは尋常ではなく昨日は洗車のためガソリンスタンドに寄りました。コーティングしてありますが撥水洗車+ホイール洗いをしてさっぱりしました。

2026/02/01

手帳の憂鬱と愉しみ

さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ情報はシステム手帳として残っていることがわかってきました。A5のノートもページをばらして6穴パンチで穴を開けて保存用バインダーに綴じています。やっぱりこれか!ということで今あるバインダーを生かしながら使い勝手を探っています。

そんなとき、ブリットハウスのトスタゴート ミニ6の新品がフリマサイトに出品されているのを見つけました。どうしようかと2~3日迷っていたら「週末値引き」されたので購入することにしました。説明にあった箱はありませんでしたが革製品を入れる不織布の袋に入って届きました。確かに新品未使用で小躍りしてしまいました。ミニ6はファイロファックスのマルデンがありますがこちらはリングが19mm、トスタゴートは13mmで一回りコンパクトです。駐車場代の領収カードはなんとか入って一安心。リフィルなどを移すと容量は数値以上に小さくなった感がありますが書き込むときにリングが気にならないし無理なく片手で包むように持てるので機動力という点で申し分ありません。とにかく小さいのでバッグが小さくでもいつでも携帯できます。保存用バインダーも買い足して生産性アップに期待しています。

トスタゴートのバインダーはA5とバイブル、ミニ6、ミニ5とそろっていて2017年にバイブルを購入しました。このバイブルサイズは横幅が広いのでフランクリンコヴィーのコンパクトサイズのリフィルがほどよく収まります。このリフィルはけっこうな引力があってどこか生理的にしっくりくるのではないかと思えるほどです。トスタゴートのバイブルサイズのバインダーとフランクリンコヴィーのコンパクトサイズのリフィルという組み合わせはいくつかの貴重なメモを残しました。このバインダーは7~8年で油脂分がやや抜けたようになってくたびれましたがきょうだい分としてまた使い道を考えたいと思います。

ライシテ展

 いつしか3月も半ばを過ぎてまだまだ風が冷たいと思っていたところ今日は何かがちがうと思うほどの芯が感じられるほどの暖かさでした。そうか! 今日は彼岸ではないか! 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものです。 今日は県立美術館の企画展「ライシテからみるフランス美術 信仰の光と理性の光...