■今日は県教委の人事異動の発表の日です。明日の朝刊に私の名前も載ります。今日は7年間勤務した三重県立度会養護学校での最後の日でした。教育はどれだけしても終わりのない旅です。勤務時間を過ぎるまで仕事をして転任の整理をしていました。音楽室においてある楽譜を片づけに行ったのは5時を回っていて少し暗くなっていました。音楽室のグランドピアノは浜松のカワイの工場に行って私が弾いて選んできたピアノです。薄暗い音楽室で指が覚えているシューベルトの即興曲を弾きました。7年間もいてこんなふうにピアノを弾く時間がどうしてなかったのだろうと思ってしまいました。ピアノとふたりだけの時間でした。グランドピアノの豊かな包み込むような音をたまらなく愛おしく感じました。
■駐車場で荷物を車に積み終わったとき、同僚からランサー・エヴォリューションⅨを運転してみないかと声をかけられました。ランエボⅨは発売されたばかりのニューカマーです。まだ500㎞も走っていない新車です。ほんとにいいのか?と何度も聞いて、だったらと運転席に乗り込みました。280馬力もすごいがいちばん驚いたのはドライバーの「こう走りたい」というライン通りに走る高いコントロール性です。この上ない安心感がある。ドライバーの意思と操作が車の挙動にダイレクトに現れる高いレベルのセンシビリティーは私の覚醒水準を一気に引き上げる。そして、まるで生き物のような息づかいのエンジン音…カワイのピアノ工場のホールで佇むフルコンサートピアノもまるで生きているかのような生々しい音でした。鍵盤の重さはランエボのクラッチの重さと似ている。フルコンサート・グランドピアノとランエボの文脈は同じだ。生命あるものの生々しさを感じる。セクシーだ。朝からどこかもやもやしていたものが一気に吹っ飛んで生き返ったようでした。明日から高速道路で片道70㎞の通勤の毎日です。ランエボだったら…と思うのだ。
2005/03/31
ランエボⅨ
登録:
コメントの投稿 (Atom)
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...
0 件のコメント:
コメントを投稿