この10月22日で南の風のホームページを開設して10周年を迎えました。少し前まで覚えていたのですが慌ただしい日が続いて週末まで気がつきませんでした。10年前、車いすで使う花壇をウェブサイトで紹介したのが始まりで、南の風というネーミングは10年間変わっていません。よく続いたものです。今はポコ・ア・ポコ音楽療法の会からのお知らせが主な役割となっていますが、私の関心テーマについてもコンテンツを充実させていきたいと考えています。あと、ちょっとした自分史になっているので思いがけず助かることがあります。
先週月曜日は午後から熊野に行くことがあって往復280キロのドライブでした。紀州を走る国道42号線はいわゆるワインディングロードで、アテンザ乗りとしては走り甲斐がありました。この道はかつてよく行った喫茶店があって懐かしい。もう20年も前のことです。文部省指定の公開研究発表会が終わった日、その喫茶店に行こうとしたのですが疲れ果てて行き着けなかったことがありました。Uターンした空き地は今もまだ空き地のままで、その日のことが思い出されました。久しぶりの七里御浜はすでに薄暮の中で、白い波が寄せる音が大きく聞こえました。
昨日は県立高校の開校50周年記念行事があって四日市に行っていました。記念式典の高校生の挨拶が青竹を割ったような清々しさがあって胸のすく思いがしました。なんと気持ちのいいスピーチなのだろうと思いました。少し前に高校生の文芸集が届いて短編と詩を読む機会があって、やはり同じ印象がありました。高校生をリアルタイムで生きているからこそ綴ることができる言葉だと思います。
「故郷」のピアノの練習を始めました。思っていた以上に難しくて小1時間夢中になって弾いてしまいました。ピアノを弾くと1週間の疲れがどんどん抜けていくのがわかって不思議でした。腕はウェイトトレーニングをしたかのように筋肉が感じられてこれもおもしろかった。新しいことにチャレンジすると神経系が覚醒します。指や記憶が新しい曲に適応して覚えていくプロセスが他人事のように思われてすごくおもしろい。「故郷」はG durで始まってA durに転調します。なぜか、一度A durに入ってしまうとG durに戻って弾くのがすごく難しくなってしまいます。技術的にではなく感覚的にです。さっきまで弾いていた曲とは思えない。これも不思議です。それにしても2音を押さえたままのトリルは難しい。なにくそ!という感じです。自宅では電子ピアノで練習していて夜は音量を落としています。するとどうしても弾き方が乱暴になって叩き付けるようなタッチになってしまいます。これを直すために頭はフル回転です。大人の練習ですね。
とにかく何かしていないと落ち着かないので、今日の午後は初冬から春にかけてのガーデニングに没頭しました。玄関へのアプローチに置くパンジーのポットやドアの前に置く寄せ植えをいくつか作りました。庭も全体のバランスをあれこれ考えてローズマリーとクリスマスローズを移植しました。あと、ピンクのハナミズキも買ってきたのですが、これはしばらく思案して来週の連休に植える場所を決めましょう。私の勤務校にシェードガーデンがあってこれがすごくいい。自宅の庭も模様替えです。
2008/10/26
南の風HP開設10周年
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