朝、京都に向かう電車の中で、小倉山の人形工房に行こうと思いました。嵯峨嵐山駅から記憶を辿って歩いて行くと京都市営住宅が建て替わってとてもきれいになっていて、その前を抜けて小倉池への階段を上りました。10時まであと10分、アイトワはまだ門が閉まっていましたが声をかけて入れていただきました。10余年ぶりのアイトワは庭の置物が少し変わっているくらいのように思いました。ちょうど枝垂れ梅のピンクの花が満開で、ときおり鶯がお手本のような鳴き声で鳴いていました。
今日のお目当ては人形です。アトリエの2階に上がると部屋の4面に設えられたケースの中の人形たちが迎えてくれました。展示室は明るい色の壁と床、窓からもたくさんの光が入っていました。展示室で人形たちと会うと写真ではわからなかったたくさんのことに気づきます。どの子もそれぞれにしっかりと眼差しを向けていました。私は人形を見ているのですが、人形たちの眼差しの行く先も追って見ようとしてしまいます。ところが、人形を見ているはずの自分がいつの間にかその子たちの眼差しの空間にいるのです。そこは非日常の空間であり、そこにいる人は感性の感度が一気に上がるように思いました。大切なことは何かを教えてくれる空間です。いつしか私はここしばらくの疲れが消えてしまっていることに気づきました。これはただごとではありません。
人形工房アイトワは人形作家森小夜子さんのアトリエです。森さんの人形たちはグラスアイではなく手描きです。だからなのだろうか、ひとりひとりの意志を感じます。端整な顔立ち、気丈に結んだ口元、表情や佇まいもまっすぐでひたすらな芯の強さが伝わってきます。服は民族衣装の文脈の上にあって、長い年月の中で育まれてきた様々な文化に思いを馳せてしまいます。全身で生きる意味や命の尊さを伝えています。今日買い求めた写真集『民族の讃歌Ⅴ 森小夜子人形作品集 東方への想い』(マリア書房 2008)に森さんのサインをいただきました。京都にはそうそう度々は行けないのでこの写真集で人形たちの眼差しにふれることにしましょう。
アイトワのカフェでは紅茶とケーキのセットをいただきました。紅茶はくせがなくてどこまでもピュア、ケーキは口に入れるとほどよい粗さになって子どものように舌全体で甘さを感じたくなる美味しさでした。
午後の「小児がんゴールドリボンキャンペーン 2009 in Kyoto」は人形たちのおかげで冴え渡る頭で臨むこととなりました。たくさんの学びと気づきがあって、自分のものにするにはしばらく時間がかかります。「クールヘッドで向き合い、小さな実践をする」ことの継続が大事という「NPO法人いのちをバトンタッチする会」代表の鈴木中人さんの言葉はたいへん共感するところでした。
2009/02/28
アイトワにて
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