台風が近づく中、今日は埼玉県所沢市の国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局秩父学園に行っていました。初めて訪れた秩父学園は土曜日で休みでした。広大な敷地には点在する建物は人気がなく静まり返っていました。所々に残る武蔵野の自然林はそぼ降る雨に濡れて幹は黒く、葉は夏の名残の濃い緑色をしていました。作業はその中のひとつの建物の北向きの窓がひとつの部屋で行いました。病弱教育関係の本や資料はそもそも絶対数が少なく、古書店でもなかなか見かけない本や国立国会図書館でコピーしたものの著作権上20ページしか持ち帰れなかった雑誌が目の前にあることに心が躍りました。帰路の西武新宿線に揺られながら今日一緒だった大学の先生と学校や行政にある一次資料の保存の大切さやそうした貴重な資料が廃棄されつつあることについて言葉を交わしました。社会的責任を感じる作業です。
2018/09/29
登録:
コメントの投稿 (Atom)
手帳の憂鬱と愉しみ
さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...
0 件のコメント:
コメントを投稿