2021/08/07

コロナ下のセッション

昨日は市の社会福祉協議会が主催する障害児の地域スクールでレクレーションを担当することになり、音楽遊びを担当しました。遊びといってもミュージック・ケアのセッションのエッセンスを活かした子どもたちと地域のボランティアのみなさんとの関係性の質の向上を指向する活動です。今回は新型コロナウィルスの感染予防としてシャボン玉とビニール袋、フラップバルーンというミュージック・ケアの三種の神器ともいえる道具を使うことができないのは私にとっては初めてのシチュエーションでした。

ミュージック・ケアは選曲=プログラムの組み立てはもちろんですが音楽の伝え方がセッションの核心となります。シャボン玉などが使えなくてもその核心である鑑賞と動作や言葉がけ(声かけ)を通した音楽の伝え方がしっかりしていれば大丈夫と、それはわかっていながらもいささか緊張してのスタートでした。マスクをしていたので声かけは大きめにはっきりしっかり、視線と動作とのコンビネーションにも気をつけました。ひとりの男の子が走り回ったりしていましたが曲の終わりはピタッと止まるなどセッションの流れに乗っていることがわかって心強い応援のように思いました。最後は新聞紙遊びを入れて一体感のあるなかで終わることができたと思いました。新型コロナウィルスの感染拡大で次のセッションが行えるかどうかわからなくなってきましたが研鑽を積むことを止めてはならないと思いました。

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