2025/03/18

新教育

 すいぶん大げさな見出しですがそんなことを考えながら今井康雄編『教育思想史』(有斐閣アルマ 2009)を持ち歩きながら読んでいます。新教育についてそうかもしれないと考えていたことがそのまま書かれていて我が意を得たりと頷きつつ、さて、こんなにも当然のように何のためらいも感じさせない筆致で書かれているとはどういうことかと、そして、自分の不勉強を情けなく思うのです。

長野県伊那市立伊那小学校の総合にかかる取り組みはこれまでも事ある度に注目されてきました。ゆとり教育、総合学習、探求、等々です。伊那小学校を範として知見を得たいと多くの教員や研究者、マスメディアがその都度注目してきていますが、私の目には、そうした外部のリクエストがあったからといって同校はその歩を早めることも方向を変えることも一切なく自らの歩みを一歩ずつ確かめながら進めてきたと映っています。その徹底ぶりは同校が用いる言葉にも現れていると考えています。それに気づいてからというもの「新しい教育言説」をクールに考えることができるようになってきたと思っています。今井康雄編『教育思想史』にはまさにそのことが書かれてあるのです。

・・・敗戦後、新教育はそれまでの反対派的な立場から教育の主流・本流へと躍り出た。もっとも、新教育が学校現場を席巻したといえるのは敗戦直後に限られる。学力低下などを理由とした新教育批判はすでに占領期から出ていたし、その後、1950年代後半には、文部省の学習指導要領も新教育的な活動重視から教科内容重視へと舵を切る。しかし、「受験教育」が批判され「詰め込み主義」が批判されるとき、批判を支える論拠として呼び出されるのはきまって新教育的な考え方であった。1990年代に学校の知識偏重や画一主義が批判され「ゆとり教育」が提唱されたときも、その具体策として出てきたものは、「生活科」にせよ「総合的学習の時間」にせよ、新教育にルーツをもつ構想だったのである。(「生活科」は、すでに1930年代、生活綴方に関わった教師たちが提唱している)。

こうした記述は今井康雄が担当した「第15講 新教育以後の教育思想」に何度か登場します。この本の初刊は2009年ですでに京都市立堀川高等学校は探究科を設置していましたが、当時、ここ数年のような探求の盛り上がりが来ていれば「生活科」や「総合的学習の時間」と並んで探求が記述されたことと思います。

また、大正時代に新教育を行った例を挙げて著者は次のように記述しています。

以上のような多様な試みに共通しているのは、子どもの個性的で自発的な活動を教育の中に取り込むという、新教育一般に通じる考え方である。

「主体的」ではなく「自発的」なのです。たいへん重要な視点であると考えます。

教育思想という言葉を軸に書かれたこの本は教育を軸に社会の変遷や歴史を見る視点を示してくれています。近代のところから読みましたがその後最初から順に読んでいます。

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