大石茜の著書を読んでいるときいろいろ調べだして上笙一郎・山崎朋子著『二葉保育園と徳永恕』(社会思想社 現代教養文庫 1995, 初刊 朝日新聞社 1980)を知り取り寄せました。読みだしたら止まらなくなって400ページ余を3日で読んでしまいました。上笙一郎は『満蒙開拓青少年義勇軍』(中公新書 315 1973)を読んだとき内容もさることながらその語り口調に魅了されてしまって今回も然りでした。内容は驚愕という表現がもどかしいほどのインパクトがありました。読み進めるうちに著者が言及しているように徳永恕が成したことの大きさとそのために棄てたもの、そして、なぜそうなし得たのかという強さはどこからきたものなのかということが気になりました。著者は17~18年をかけて出版に至ったとのことでその内容は膨大かつ密度が高く、読み終わりはしたもののその読後感なり学びを言語化することは難しい。いつかここで触れることがあると思いますが今日は備忘として読了したことを記すのみとします。
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