■8~9日と千葉の淑徳大学発達臨床研修セミナーに行ってきました。淑徳大学の宇佐川浩先生と昭和音楽大学の土野研治先生の講義は2000年の国立特殊教育総合研究所の短期研修で受けてたいへん共感するところがありました。今回も納得と感動の内容でした。京都大学の鯨岡峻先生は子どもの発達を心に注目してとらえる話で、会場いっぱいの参加者はまさに息を呑む思いで聴き入ってしまいました。
■土野先生のテーマは「自己像の乏しい自閉的傾向の子どもへの音楽療法~声を用いた身体組織化への取り組み~」で、音楽療法という療法以前のセラピストとクライアントの人間的な真摯な営みを感じました。
■宇佐川先生のテーマは「感覚と運動の高次化からみた発達臨床~臨床類型と臨床方略を中心に~」で、いつものといえばいつものことですが、今回は子ども理解の基盤となる宇佐川先生の考えが明確にされており、特別支援教育へのとるべきスタンスを示してものと受け止めました。「目の前にいる子どもを、伝統的な○○障害児というラベルで捉えるのではなく、発達支援のための、具体的な臨床方略を考える前提上の臨床像の把握として何が必要か、ここで考えてみたい。」障害があるから障害児教育というこれまでの認識ではなく、本人保護者のニーズ起点の特別支援教育のための子ども理解の臨床方略を考えようというのだ。
■鯨岡先生のテーマは「子どもの関係性の発達」で、子どもを生活場面から切り離してその行動にだけ注目して発達を云々するのではなく、環境との関係の中で育まれる心の問題として子どもの全体像を捉えるという理論です。行動というある意味量的な評価だけに終わりやすい捉えではなく、子どもの自己像、心を私たち係わる人との関係も含めて環境との関係の中で捉えて支援を考えようとします。子どもといっしょにいるときみなさんは心が動くはずだ、ハートを大事にして今目の前の子どもが何を感じ、思っているのか、思いをめぐらしてサポートをしていこうということ。会場は水を打ったように静まりかえりました。二十歳を越して話し始めた自閉症の青年たちが話すのだそうです。学校でいかに傷ついたかを…学校の教職員は学校の論理を一方的に子どもたち保護者に押し付けてはいまいか…個別の指導計画や個別の教育支援計画など、システムはできてもソフトはどうだろうか…
■今日10日は東京からの朝帰りのまま遠山文吉先生の音楽療法のセミナーに行ってきました。私はギターとトーンチャイムを用意する担当でした。台風で帰れなかったらどうしようと心配していましたが、高速バスは15分遅れで無事着きました。シャワーをすませて楽器を積み込んで会場に駆けつけました。
■遠山先生はセッションでクラシックギターを使われます。クラシックギターを使うセラピストは初めてです。ガット弦のやわらかな音と親しみやすい曲、遠山先生のすてきなテノール…音楽漬けの1日でした。
■淑徳大学の発達臨床研究センターの療育は週3回、認知学習が2回と音楽療法が1回で1月12,000円です。大学の研究機関なので研究と学生の実習の場というものの、ここに通う子どもたちは幸せです。緑の多い落ち着いたキャンパス、お母さんと手をつないで訪れる子どもの姿を思い描かずにはいられませんでした。このような療育の場がどうして限られた地域にしかないのか。日本はほんとに文明国家なのか…
■今回の淑徳大学への研修はまたまた台風との遭遇でした。3年前、国立特殊教育総合研究所の短期研修が終わった翌日、淑徳大学発達臨床研究センターの音楽療法の見学をお願いしてあったものの台風が来てセッションがなくなってしまいました。今回もまた台風の襲来でした。淑徳大学に行くときは台風が憑き物かもね(>_<)
2003/08/10
淑徳大学発達臨床研修セミナー
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