■さんまがおいしい季節となりました。新鮮なさんまを見つけたら夕飯は何をおいてもさんまにします。昨日は包丁を研いだのではらわたを出すのもすっと切れて気持ちも凛となります。大根おろしも作って秋ならではの一品です。でも、さんまの皿はいつも困る。私のお気に入りの25センチの皿でも頭と尾が出る。身の細い魚だから皿の“余白”が妙にさみしい。さんま用の細長い皿を買うしかない!と、その話を、今日、実家の母にしたら「なんでさんまを切らんの!」と即座に切り返されて目が覚めた。そうか!さんまを切れば円い十数センチの皿に乗るではないか! よくよく思い返すと母が料理したさんまはいつも頭を落として身も二つに切ってあった。私は腹のところが好きなので腹ばかりねらって食べていた。どうして私はさんまは長いまま料理して盛りつけなければならないと思い込んでいたのだろう。母が言うには、料理の本でもさんまは二つに切って焼いてあって絶妙な角度で重ねて大根おろしやすだちを添えてあるとか。そういうものなのかと私はむっくり起き上がって腕組みをしながら母の話を聴いてしまった。母の話はさんまから皿に移って、食器棚の皿を出してあれこれと語りだした。私にとってもなつかしい思い出の食器をどこでどんないきさつで何枚買ったのかと、80歳になる母はくわしく話してくれて私は聴き入ってしまった。食器の記憶は人生にとって大切なものだとしみじみ思った。だけど、さんまをのせる細長い皿はほしい! 色は潔く白がいい。
■「CDとDVDよりどり2枚2500円セール」で思いがけない掘り出し物を見つけました。小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラの「ブルックナー作曲交響曲第7番」(PHILIPS UCCP-1093)と加羽沢美濃の「飛べない鳥」(DENON COCQ83609)です。アテンザのBOSEで聴くこの2枚は最高です。どちらも演奏はいうまでもなく録音も出色の出来です。家までの夜道の風景がちがって見えました。私の長い通勤時間はますます大切な時間になります。それでも時間が足りそうにないからどこか旅に出ようか…
2005/09/25
さんまと皿
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