昨夜、北風に舞う雪でアテンザはうっすらと雪化粧をしていました。今週はしんしんと冷えます。体温調節が難しい子どもたちにとっては命懸けの厳しい寒さです。ただただ眠り続けて春を待ちたいと思うこともあるかも知れません。こんなときは八ヶ岳倶楽部の薪ストーブを思い浮かべます。ゆれるオレンジ色の炎と窓ガラスの向こうの闇、本を読んだりジャズを聴いたりして夜が更けるまま過ごすひとときです。ふと、リビングのライトを消してナツメ球のやわらかな光の中で静かに音楽を聴いてみる。
映画「ピアノの森」について、昨年9月の旧ブログに書いたことをコピー&ペーストします。
「映画『ピアノの森』を観ました。三重県では桑名でしか上映してなくて、しかも1日に1回の上映のために往復160キロというたいへんな映画鑑賞となりました。でも、その価値はありました。この夏のいちばんのエピソードかも知れません。ピアノを弾くことの基本の“キ”を押さえた練習や自分の音楽を奏でることの大切さなど、“知る人ぞ知る”人にとっては自分が語っているような錯覚があることでしょう。私もその一人ですっかりはまってしまいました。私自身とオーバーラップして涙するシーンもありました。基礎練習の大切さを思い知ってよその大学の練習室に忍び込んでピアノを弾いた日々は昨日のことのように思い出します。“楽譜通り”に弾くことの価値をどう評価するのかしないのか、それが“世界”のパラダイムに委ねられるラストシーンはうまくまとまめられ過ぎた観があって不満もありましたが、でも、それは仕方のないことなのでしょう。理に適った演奏も様々な在り様がある。」
2008/01/26
映画「ピアノの森」再び
登録:
コメントの投稿 (Atom)
手帳の憂鬱と愉しみ
さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...
0 件のコメント:
コメントを投稿