2008/07/27

青春弁当、そして、音楽

Img080727_5
伊勢のスーパーで三重県立相可高校食物調理科の生徒が作っている「青春弁当」限定40個の販売があって幸運にも買うことができました。値段は680円ですが中身はちょっとした料亭に負けないくらいの味、クオリティだと思いました。文字通り素材の味をきちんと伝える控えめの味付け、そして、煮物はそれぞれの食材毎にきちんと味がちがいます。ご飯もほどよい柔らかさです。こんな弁当はそうそうあるものではない。これはすごいことだ。(写真はCanon EOS Kiss DX + TAMRON A16、RAWです。)
書店で諏訪内晶子『ヴァイオリンと翔る』(日本放送協会 2000)を手にして読みふけってしまいました。音楽のスピリットに溢れる言葉に惹き込まれてしまいました。音楽療法も音楽の言葉を忘れてはならないし音楽の質を高めなければならない。このことを先週の研究会で時間の関係から言及できずにいてずっと気になっていました。それだけに諏訪内晶子の言葉が染み入るように入ってきました。そして、第3章「師との出会い」でアイザック・スターンのこんな言葉を見つけてまたはっとしました。
「先生が言ったからと、そのまま従うのはこれから改めなくてはなりません。作曲者の自筆譜を研究して、自分なりのフレージングやアーティキュレーションを考え、それに基づいて弓使いを工夫し、それを言葉でも表現できるようにしなければだめです。トリルのかけ方一つにしてもそうです。あなたの音楽というものを、あなた自身で表現していくのです。」
音楽家も自分の演奏について語る術を求められるのだ。そう、この本の魅力は諏訪内晶子が音楽と向き合う真摯な姿だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿

手帳の憂鬱と愉しみ

さすがに新しい手帳を買い求めることに慎重になるほどいろいろ手元にあります。物欲といってしまえばそれまでですが当の本人はそこにあたらしい何かを生み出そうとする思い入れがあってのことと、これも都合のよいことを考えています。手帳歴をその意味での生産性という視点で遡ると後々見返して役立つ...