午後から三重県立美術館に行ってきました。久野充敬写真展「学校 三重の廃校舎たち」はこの水曜から明日までというわずか5日間の開催で、古い校舎、とりわけ木造の洋館建築が好きなので見逃せない写真展でした。どの写真も構図が整っていて、おそらく水平をきっちり出してあるのでしょう、見ていて安堵感がありました。レンズの歪曲がほとんどなく、そして、フィルムの穏やかな諧調も効を奏しています。写真は絵画のように額に納まっていて、また、ある写真は6枚に分割したプリントを3cmくらい離し、壁からも3cmくらい浮かせてレイアウトしていて斬新な印象がありました。写真の校舎は私が行ったことのある学校もありましたが記憶にない姿でした。廃校になった学校もメッセージ性に富むものです。
続いて佐伯祐三展に行きました。佐伯祐三の作品を実物で見るのは初めてでした。しかもかなりの点数です。年代順に展示してあって、第3期、パリ再訪時の作品まで進んだ頃には圧倒されてしまいました。1927年から亡くなる翌28年にかけての絵の変化が彼の心身の状態がただならぬものであったことを語っていました。パリ再訪時の絵は目を惹き付ける力があります。私にはそれが何なのかを的確に説明することはできませんが、構図や筆遣い、そして、それらの絶妙な、しかし、危うい均衡とその均衡が失われていく佐伯祐三の壮絶な日々が伝わってきました。1928年の絵の建物の歪みは私の知らない世界のものでした。歪みだけでなく、油絵具の生々しい質感もそうだ。見てはならぬものを見ているようにも思いました。疲れました。しかし、図録は手もとに置いておきたくて帰りに買ってきました。
夕方からミュージアムコンサートが開催されるのでエントランスホールではピアノの調律が行われていました。スタインウエイの太く輝く音、しかも微妙に変化する調律の音が展示室まで響いて不思議な空間でした。廊下の奥の離れた展示室では柳原義達の彫刻を見ました。これも見応えがありました。アートの力をまざまざと見せつけられました。
2008/07/12
佐伯祐三展
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