日赤病院の耳鼻咽喉科と呼吸器外科のドクターの講演会に行ってきました。テーマはがんです。胸腔鏡手術の手技について映像を交えて説明があり、全体のイメージをつかむことができました。あと10年もすると2人に1人はがんで亡くなるほどがんは増えているとのこと。集まった人たちは自分ががんの患者という人が少なくないようで、特定のがんの治療について専門的な質問が続きました。また、ふだん聴けない最先端の研究にふれる内容もあって3時間はあっという間に過ぎました。今日は医療技術についてでしたが、来週の土曜日はがんの子どもの支援ネットワークの講演会に行く予定です。講師は大阪大学総長の鷲田清一氏で、前もって読んでおきたい本を取り寄せました。『「聴く」ことの力 ー 臨床哲学試論』(阪急コミュニケーションズ 1999)です。哲学の本ですが、1999年の初版以来昨年末で19刷です。随所に挿入された植田正治のモノクロの写真が不思議な調和感を醸し出しています。同梱で届いた本はミルトン・メイヤロフ著 田村真・向野宣之訳『ケアの本質 生きることの意味』(ゆみる出版 1987)です。こちらも初版以来昨年までで16刷の増刷です。大学でテキストとして使っているのかも知れませんが、このような硬派な本が長期にわたって売れ続けているのは心強い。私の方はやっとこの本にたどり着いたとはなんとも心もとない。そうそう、来週の講演会は京都なので早めに行って街を歩きたいと思っています。
先日、洗面所でカメムシを踏みつぶしたのだろうか、そんな異臭がしてしばらく臭いの元を探っていました。そして、やっと突き止めた原因は石鹸でした。いつもとちがう石鹸を買って、使うときはハーブ系の香りなのですが、閉め切った洗面所では香りが強過ぎるのかカメムシの異臭と感じました。ところが、今ではその臭いも香りと思えるほどにお気に入りとなってしまいました。ハーブを活用してきた人間の感覚とは不思議なものです。
2009/02/22
勉強することはたくさんある
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