週末は訃報が相次ぎました。残された者、こんな言い方がいいのかどうかわかりませんが、告別式では残された者という思いにかられることがあります。若くして、幼くして亡くなることは引き裂かれた悲しみを伴う。仕事柄もう何人もの子どもたちの死に立ち会ってきました。その子どもたちは私には「千の風になって」くれているように感じます。でも、風になるにも相当な時間が要ります。
今日は亀山駅の東の踏切を通ることがあってコスモス畑の写真を撮ってきました。これは最初の1枚で何気なく撮ったのですがこれがいちばん印象的な写真となりました。右上の草の位置が中央寄り過ぎてアンバランスな構成となっていますが今日の1枚は敢えてこれです。リサイズ前のピクセル等倍で見るとコスモスや草が細く繊細な線で構成されていてはっとするほど美しい。(Canon PoerShot G10、ASA100、1/100、F4.5、SL-JPG、My Color : Positive Film、リサイズのみ、クリックで大きくなります)
2009/08/23
コスモス
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