ここしばらく1920~1930年代の教育、いわゆる大正新教育について調べているのですが、その中で軍拡に向かう国策や経済恐慌、国民の衛生状態(エキリ、結核、栄養等々)、そして、地震や冷害といった自然災害と農林漁村の飢饉が同時進行していることが個々具体の出来事としてわかってきて気になっています。その中で昨日届いた山下文男著『昭和東北大凶作 娘身売りと欠食児童』(無明舎出版
2001)を読み始めたら止まらず、細かな数字は飛ばしながらですが一気に読んでしまいました。
全編を通してこの本が私を惹きつけたのは子どもや学校、教員にかかる記述が多かったことにあります。「娘身売りと欠食児童」という副題通りの濃い内容です。そして、国民生活を省みず軍拡に向かう国、軍部の動きを同時期のものとして並行して記述することで当時の日本が抱える構造的な問題が浮き彫りになっています。
今、日本は貧困が大きな社会問題となっています。学齢期の子どもたちの生活と学びにも大きな影響が出ています。大雑把な捉えですが、この本を読んでいると1920~1930年代の状況が今と重なって仕方がありません。
昭和の東北の凶作のときのものとされる3人の子どもが大根をかじっている写真について著者は「やらせ」であろうと思うと記し、また、娘の身売りについても娘たちの行き先が「その大部分が売春婦であったことはいうまでもない」と某著者が「無神経に断定」していることは「独断に過ぎない」と、その統計を根拠に指摘している。こうした検証は重要だ。
貧困はいつの時代も社会的弱者が被る。そんな暮らしをしている人たちと子どもたちを目の当たりにしたことも多いしこの先もないわけがない。歴史の主人公があるならばそれは誰なのだろう。
「細かな数字は飛ばしながら」と書きましたが、細かな数字、つまり、統計の数字があるからこそこの本の構造がしっかりしているのであってそのことは承知しています。欠食児童の数は所々確認して読みました。しかし、とにかく一通り全編に目を通したい一心でした。
2024/03/20
山下文男『昭和東北大凶作 娘身売りと欠食児童』
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