先日、東京大学・バリアフリー教育開発研究センターのオンラインイベント「日本の教育が変わる歴史的転換点を目撃せよ。 ー 日弁連人権擁護大会2025「インクルーシブ教育」緊急報告会 「なぜ、あの子だけ別の教室なの?」」があって参加しました。日弁連が「2040年までのロードマップ」を掲げたというので「現在地」を確かめたくてのことです。ふたりの弁護士の話は明快で日本の「現在地」の状況に心を痛めました。自分の認識の貧しさには忸怩たる思いしかありません。
日弁連「ともに学び・育つインクルーシブ教育及びともに生 きるインクルーシブ社会の実現を求める決議」はこちら
私は小学校勤務17年の後養護学校(当時)に移り、特殊教育から特別支援教育に名称変更された平成19年度は特別支援学校で迎えました。発達障害という言葉が注目され始めた頃でした。また、特殊教育から特別支援教育に「かわる」というので何がどう変わるのか、当時、教育相談を担当していたので校外で話をする機会があってよく聞かれました。そこで思いがけない話を耳にしました。「特殊学級がなくなる」という話もあって子どもの居場所がなさないでほしいと学校に訴えた保護者もいました。ある学校では校長が「特殊学級はなくなる」からと言って当該の教室から机をいすを運び出したので保護者が慌てたという信じられない話を聞いたこともあります。そんな状況から20年近くが過ぎた今、特別支援教育は進む方向を間違っているのではないかと思われることが多々あります。私の今の関心事を一言で表すと「主体」という言葉に象徴される人間理解の根源にかかる閉塞感の正体を明らかにすることで、「発達」概念もそのひとつです。特別支援教育は「発達」概念を中心に回っていると言っても過言ではないでしょう。先日のオンラインイベントで当事者対象のアンケート結果から「インクル教育推進に当たって取り組むべき課題は何と思いますか?」でもっとも多かった回答が「意識改革・理解推進」、僅差で「教育研修・教員支援」だったことはたいへん注目されます。アンケートには「まずはインクルーシブ教育とは、そして教育についてとは何か、について共通理解を深めるところから必要なのかもしれない」という回答があってまさしくその通りと思いました。特別支援教育は核心抜きでマニュアルが重宝がられる傾向が少なくないと思っています。少なからず抗いたい。
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