2014/12/24

「鑑賞に始まり鑑賞に終わる」

この土日はミュージック・ケア初級総合研修三重会場の第4回と第5回でした。ミュージック・ケアの研修では音楽をしっかり聴くことを意識します。使う音楽は同じなのにいつも新しい発見があります。「鑑賞に始まり鑑賞に終わる」のです。その気になればひとりで聴いていてもできそうなのに不思議なことにそれは難しいことがしばしばです。ところがミュージック・ケアの研修の余韻が残る間はそれもできるように思います。今回はスプートニクスとフランク・ミルズの音楽を文字通り聴き込みました。
スプートニクスの「霧のロザリア」はなぜかCDアルバムに入ってなくて、また、iTunes Storeでもありません。大都市の駅中でワゴンを並べている店でも探し続けてもう何年になることか。ところが、今回、それは「山のロザリア」をスプートニクスが「カレリア風に」アレンジしたものではないかという書き込みをネットで見つけました。「山のロザリア」は昭和30年代にスリー・グレイセスという女性3人のグループが歌ってヒットしたとか。私は今まで知らずにいましたが原曲がロシアの曲らしいこと、また、スプートニクスが日本の歌をいくつか演奏していたことから腑に落ちたところがあります。ミュージック・ケアのCDでは続いて「霧のカレリア」が収録されていて印象がよく似ています。ちょっと聴いただけでは同じ曲に思えます。この経緯はわからないもののスプートニクスの「霧のロザリア」の演奏を比較的いい状態で見つけることができました。アルバムはAmazonのマーケットプレイスにありました。
あと、「スパニッシュ・コーヒー」のオリジナルもiTunes Storeで見つけました。フランク・ミルズの演奏です。これはその気になればすぐに見つけることができたものですが。「The Twentieth Anniversary – Together Through the Years」のアルバムと「スパニッシュ・コーヒー」をダウンロードしました。AmazonでもCDでありましたが収録曲に若干のちがいがあってiTunes Storeのバージョンにしました。順に聴いていくと知っている曲がいくつかあって、また、ミュージック・ケアの研修の余韻が残っている中で聴くとすごく新鮮です。スプートニクスもフランク・ミルズもアレンジの構造自体はシンプルですが音楽としての力強さは大きな存在感となっています。まさに音楽の仕組みが機能しているということ。
音楽の仕組みが機能しているということではクラシックがその最たる楽曲ですが、ロックもまた誤解を恐れずにいうなら格式という言葉を遣ってもいいくらいの構造感があります。YouTubeのチャンネル「Tina S」の演奏ではそのことがよくわかります。選曲もすばらしい。

2014/12/06

京都行

昨夜から天気が心配でニュースやネットの気象情報を見ていて、いよいよこれはと思って夜明けを待ってインプレッサのタイヤをスタッドレスに換えました。タイヤを物置から出して交換まで43分。右肘の痛みをかばいながらとしてはまずまずのスコアでした。

行き先は京都国際会館で、国立特別支援教育総合研究所が開催する「特別支援教育教材・支援機器等展示会」が目的です。できれば同会場で明日まで開催のATACカンファレンスにも行きたかったのですが明日は出張が入って叶わずでした。展示会はポスターセッションのようなレイアウトでデモンストレーションがありました。当たり前といえば当たり前ですがみんなすごくパワフルで会場は高揚感がありました。ほとんどが学校の先生で、先生はこんなにプレゼンが上手だったのかと驚くくらいで実に頼もしく思いました。病院内教室から遠隔操作の顕微鏡を使っての学習、学びにくさのある子どものための徹底したアナログ教材、東京大学先端研科学技術研究センターと連携したKinectを活用した子どもの認知の客観的評価、島根大学理工学部の発達支援にかかる教材ソフト、等々、説明を聴いて体験してと、あっという間の3時間でした。そして面白かったのが意外にも知り合い数人と出会ってお互い驚きました。よくぞピンポイントで出会ったものです。展示やプレゼン、知人との情報交換はこれからしなければならないことの多さを身にしみて実感するものでした。

久しぶりに車で移動した京都はこれまでになく身近に感じました。寒々とした冬の空だったからかも知れません。

2014/11/22

ファジル・サイのバッハ

ミュージック・ケアで使うモーツァルトの「トルコ行進曲」に端を発していろいろな演奏を聴いていてファジル・サイと出会いました。彼が弾く「Alla Turca Jazz (Fantasia from the piano sonata in A major K331)」は直訳すると「トルコ風ジャズ」で、「Fantasia」とありますがモーツァルトのK331ピアノソナタへのオマージュといった風合いが伝わってきます。ジャズとオリジナルを自在に行ったり来たりしているかのようで「ジャズ風」とはちがう。一見格闘技のようでもある。一人二役の演技のようでもある。とにかく面白い。そんなファジル・サイのがバッハを弾くとどんな演奏になるのか。興味津々でCDの到着を待っていました。フランス組曲やイタリア組曲、珍しいところでは無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「シャコンヌ」が収録されています。これが意外にも古典曲の演奏の王道を行くような印象でした。でも、彼らしさはきちんと出しています。まず、音が明るく輝き軽妙であるようでいて1音1音が見えるようで存在感がある。そして、楽譜に忠実に弾きつつ、バッハの意図を再構成して音楽の醍醐味として聴かせてくれているかのようだ。ある意味しがらみのない演奏といえるかもしれない。バッハはきっとこんな弾き方をしたにちがいないと思ってしまう。すごく今日的な演奏なのに不思議なものです。

ところで、モーツァルトの「トルコ行進曲」の手持ちの演奏を聴き比べて面白いことがわかってきました。単純に演奏時間のことです。

マリア・ジョアオ・ピリス 4分31秒
グレン・グールド 4分07秒
イェネー・ヤンドー 3分43秒
杉谷昭子 3分39秒
イングリット・ヘブラー 3分33秒
スタニスラフ・ブーニン 3分05秒
ファジル・サイ 2分41秒
ファジル・サイ(ジャズ) 1分55秒

私はグールドが最長時間記録保持者とずっと思い込んでいましたがピリスが群を抜いて遅い演奏でした。演奏そのものに触れると何時間も言葉をひねってしまいそうでやめますが、高校生のときはこんなふうに聴き比べて演奏者の当て合いなどをよくしました。音楽室のパート練習室にラジカセを持ち込んで男ばかりでああでもないこうでもないとやるのは楽しいものでした。

2014/11/21

Apple離れ!?

インプレッサのHDDナビに録音した音楽を流しっぱなしにしていたらシャルル・デュトワの「白鳥の湖」に聴き入ってしまってしばらく繰り返し聴いています。デュトワのバレエ音楽はひたすら優雅で非日常がすごく身近に感じられます。リフレッシュに持って来いというわけです。もうちょっと寒くなったらチャイコフスキーの「悲愴」が聴きたくなってくることでしょう。それも待ち遠しい。

iPad miniに替えてASUS Pad TF303BL16LTE SIMフリーを使い始めました。iPad miniはiOS8にバージョンアップしたところたぶんCPUの能力不足で挙動が思わしくなかったり、また、iTunesとの同期がうまくできない現象が出てきたりと、そして、何よりも老眼にはあのサイズはやっぱりつらいところがあってのこと。ASUS TF303BL16LTEは10.1インチのフルHD、“格安SIM”やmicroSDが使えるなど使い勝手はなかなかのものです。樹脂製ボディは寒い時期でも持ちやすく、また、キズが付きにくいなど私は金属素材よりも気に入っています。造り込みもていねいで筐体パーツの組み込みは一切の隙間がなく、モニタの縁が絶妙な高さで液晶の保護や手がかりにもなっているなど納得です。SIMフリーも大きなアドバンテージでdocomoの回線を使ったMVNOは使い勝手も上々です。月2Gは私には十分です。Androidも今や熟成期に入った観があってKitKutはなめらかな動作です。ASUSは自作マシンのマザーボードメーカーであり、パソコンなどのデザインも前々から注目していました。お値段の方もなかなかのお手頃でしたが私が購入してからほどなく1割余も高騰したので人気と需要も高まったかと思っています。円安かも知れませんが。それにしてもiPad miniは次モデルへの切り替わり時に購入してわずか1年半、OSのアップデートに付いていけないとはいただけない。これでパソコンもタブレットもスマートホンもApple離れとなってしまいました。残ったのはiTunesだけですが長年の音楽資産を蓄えているだけにこれはちょっと手放せない。使い勝手もすこぶるよい。ASUS Padに数千曲を同期させています

2014/11/08

ビオラにバトンタッチ

しばらく更新のないまま11月に入りました。この間、たくさんのことがありましたが何かが大きく進展したということはないもののいくつかのきっかけを探し狙っていて収穫なしではなかったと思っています。実はこんな時間がけっこう大事と思っています。情報収集と自分なりの整理、そしてアウトプットです。何のことだかわかりませんね・・・

今日は帰宅して日没までの間に急いで玄関前の花を冬春バージョンに替えました。年2回、インパチェンスとビオラの切り替えを淡々と繰り返すだけなのでまさに「放置カルチャー」(horticulture)で、省エネかつハイCPなガーデニングです。この夏のインパチェンスは雨が多かったので見事なほど大きく育ってポーチの階段が半分くらい覆われていたのでビオラの小さな苗に置き替えたら階段が広くなりました。苗は2週間前に調達したもので小さな移植用ポットでやや弱っていましたが植え替えると2時間ほどで茎などがしっかり立ってきました。切り込みをていねいにして大きく育てたいと思っています。ちなみに今回の色はオレンジで、カーポート横には大きめのポットにトリコロールの苗を植えました。

ガジェットの話です。私のAndroidスマートフォンは夏からフリーズが頻発して再起動を延々と繰り返す毎日が続いていましたが本体が発熱しているときにフリーズが多くバッテリーの消費が大きいことに気づいてクッション性のあるケースから出して使うようにしたらフリーズが激減しました。フリーズは1日に1回でもあると困るので完全になくなってほしいのですがここ何日か1日に1~2回程度なのでそう困ることはなくなりました。今やスケジュールもGoogleカレンダーと同期させてほぼ100%デジタル化したのでトラブルがあっては困るのです。モニタは4.7インチでiPhone5から替えたときはすごく見やすく思ったもののカレンダーを1か月表示させるとやはり文字が小さい。だからといって6インチ以上のスマートフォンを持つのは使い勝手がよくなさそう。そこで思いついたのはスマートウォッチやヘッドセットの併用です。モデルチェンジが激しい業界なので私のEM-01Fもすでに取り立ててアピールするところはありませんがいろいろいじっているとよくできていることがわかるのでここしばらくは現役でがんばってもらい、SIMロック解除の動向も見極めたいと思っています。

2014/10/13

デオダート

ずいぶん前のものですがNHKの調査では十代後半に出会った音楽がその人の音楽の趣向を決めることが多いとのことです。そんな十代後半というとFM放送がステレオで聴けて録音できるラジカセを買った高校1年生が私の音楽遍歴の始まりといえます。事実、音楽ばかり聴いていたように覚えています。とにかく聴く音楽がどれも乾いた海綿のように自分の中に入ってきたといってもいい。クラシックと洋楽は手当たり次第に聴いていました。その中でもデオダートはちょっと異質な存在で目の前にアメリカの摩天楼が広がるような感覚に包まれました。先日、当時のそうしたアルバムがCDで出ているのがわかってまとめて4枚調達しました。邦題では、デオダートの「デオダート2」と「ツァラトゥストラはかく語りき」、ヒューバート・ローズの「春の祭典」、そして、ジム・ホールの「アランフェス協奏曲」です。名古屋駅前の地下街にダイヤトーンのショールームがあって「ツァラトゥストラはかく語りき」ばかりリクエストしました。レコードをかけるのはマッシュルームのような髪型の若い女性で、当時、もう30数年も前のことですから正規雇用の社員だったと思いますが、手際よくレコードに針を置くと自分の席に戻って文庫本に目を落としていました。少し薄暗いそのショールームはデオダートの電子音楽がよく合っているようい思い、今もデオダートのを聴くとその光景がよみがえってきます。音の記憶は不思議なものです。大学生の頃、今のようにコンピュータやスマートホンがあったらどんな毎日だったろうと時々考えます。私のことですからまちがいなくそんなガジェットに夢中になっていたことと思います。スマートホンにモーツァルトをいっぱい入れて聴いていたにちがいないし、パソコンもやっぱり自作していたでしょう。その頃といちばんちがうのは、今は音楽を聴く時間が当時の何分の一もないということです。交響曲を通して聴くなどここ何年も数えるくらいしかありません。ほの暗いダイヤトーンのショールームでデオダートに聴き入った頃がただただなつかしい。デオダートも十代後半の出会いです。

2014/10/12

10月のポコ・ア・ポコ

10月のポコ・ア・ポコは4家族のみなさまにご参加いただきました。いつもよりちょっと少ない人数というだけですが、この空間こそとがんばるお子さんもいて動作もちゃんとできてグッズなどの受け取りや袋に返すことも積極的でした。みんなわかっているのです。それはふだんの姿でわかっているはずなのに形としてできるとまたちがううれしい気持ちになります。次回は11月30日で1月半のブランクがあります。楽しみにしてその日を待っていてほしいと思っています。

2014/10/05

いくつかの音楽シーン

昨日今日と終わってみれば走りに走って300km超という距離でした。仕事と所用とついでの用事、おまけに台風対策が付いてきました。インプレッサで移動中ずっと聴いていたのは佐野元春でした。先日録画したNHKの「名盤ドキュメント 佐野元春“ヴィジターズ”NYからの衝撃作 30年目の告白」を観始めたら音楽を分析的に聴くことの面白さと全然旧さを感じさせない当時の彼の音楽にとりつかれてしまいました。24トラックの録音パートを足したり引いたりしながら組み合わせて聴くシーンは面白い。そして、ニューヨークでレコーディングした「VISITERS」の緊張感がたまらない。このアルバムは日本では意外な印象を持った人が少なくなかったようですが、でも、これはあることだと思いました。例えば、MALTAの「EXCELSIOR」や松田聖子の「Citron」はアメリカとの縁が深いアルバムで、どちらもちょっと異質かなと思える肌合いやどこまでも抜けるような音が印象的です。佐野元春の「VISITORS」も同じ香りのするアルバムと思っています。襟を正して聴いてしまうところがある。音はクールですが緻密で、聴くときやっぱりテンションを要求されてしまう。でも、これは嫌いではない。

昨日は所用にちょっと足を延ばして名古屋の弦楽器店までヴァイオリンの弓の毛替えに行ってきました。その店は名古屋市立科学館の向かい、白川公園の横に移転していました。高く伸びた並木の前に立つやはり背の高いビルの3階の窓からはヴァイオリン工房が見えました。店内は落ち着いた濃い色の木の壁でした。もちろんそこでは毛替えの話が日常会話のようにできました。こうした意匠の店にこうした人たちが集い、こうした話がふつうにできること、そんな空間からはここしばらく遠ざかっていました。そして今日は、勤務校隣接の病院のエントランスでコンサートがあって小編成のオーケストラを聴く機会がありました。入院患者はベッドや車いすでしばしのコンサートに聴き入りました。これも非日常ですが目の前に展開するひとときでいいものでした。12月には勤務校の子どもたちのクリスマスコンサートもそのエントランスであります。これはちょっとしたサプライズです。

2014/09/30

弓のケースの話

バイオリンとチェロとコントラバスの弓の長さはどうちがうのか。楽器の大きさに反してバイオリンの弓がいちばん長いということは以前聞いたことがあって比べたこともたぶんあったと思います。バイオリンの弓の毛替えをするときにどうやって弓だけを店に持っていくのかがずっと解決しないままでしたが、コントラバスの弓のケースに難なく収まることがわかって今まで何を悩んでいたのかと少々情けなくなりました。なぜコントラバスの弓のケースが、ケースだけが家にあるのかはさておき、バイオリンの弓がいちばん長くてコントラバスの弓がいちばん短いと思い込んでいたのでそもそも試すことをしなかったのです。もしかしたら弓の長さというのは毛の長さのことかもしれません。コントラバスの弓はとにかく大柄で、もしやと思ってそのケースにバイオリンの弓を2本入れてみると入りました。これはこれはとほこりを拭いたところほとんど傷んでなくて留め金の色がくすんでいた程度でした。このケースは20年くらい前のものですが、よく見ると作りがとてもきれいで底と蓋のわずかな隙間も見事なほど均一で表面の黒いクロスもぴったり貼られたままです。弦楽器の値段はそれこそピンキリでこのケースもスタンダードクラスと思いますがこのクオリティはすごいと思った次第。コントラバスの弓のケースにバイオリンの弓を入れて持ち運ぶというのはちょっとおもしろい。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...