2015/04/28

「ゴールドベルク変奏曲」

この土曜日、前回はいつだったか思い出せないくらい久しぶりの洗車をしました。かかった時間はなんと3時間を超えました。水洗いに続いてシャンプー、そしてコンパウンドで付着した汚れを落として仕上げはクリーナー入りのコート剤というメニューです。細かな汚れを完全に落とすことはできませんでしたがまるで別の車のようになりました。走らせるとやっぱり静かです。1週間前には車内を掃除機できれいにしたので実に気持ちがいい。やろうと思えばできたはずの洗車ですが、なんというのか、気持ちの余裕がないとなかなかできないものです。新年度がスタートして3週間余、お尻に火が着くどころか半分くらい燃え出していますがそれは仕事に勢いが出てきたということ。洗車はリフレッシュになりました。

そのインプレッサで毎日聴いているのはバッハの「ゴールドベルク変奏曲」です。TBS系のテレビドラマ「アルジャーノンに花束を」のバックにベッド・ミドラーや「ゴールドベルク変奏曲」が使われていてドラマをしっかり観る時間はないものの音楽にはまってしまいました。音楽は千住明とのこと。その「ゴールドベルク変奏曲」は誰の演奏だろうとネットで検索を試みたもののわからずですが、グールドの演奏がスタンダードになっていて他の演奏はほとんど聴いたことがなかったので私の耳には新鮮に聴こえました。それではと、手持ちのキース・ジャレットのCDを聴いたり、アレクシス・ワイセンベルク、コンスタンチン・リフシッツ、高橋悠治、熊本マリ、アンドラーシュ・シフのCDを順次取り寄せたりしています。アンドラーシュ・シフの演奏はCDがアメリカからの旅の途中なので一部を視聴しただけですが、これまでグールドとキース・ジャレットの演奏しか聴かなかったのが不思議なくらいそれぞれに魅力があります。今はインスピレーションがほしいとき、リフシッツ18歳のときの水しぶきが飛んでくるようなきらめきがある演奏が相応しいかもしれない

2015/03/13

写真の話

いつしか3月も半分が過ぎようとしています。今週は天気や気温までもが大きく変わる1週間でした。この前の日曜日にインプレッサのタイヤを夏タイヤに交換したら週明けに激しい風雪もあって早まったかと焦りました。早めにタイヤを交換したのは明後日京都に行く予定で、そういえばスタッドレスタイヤに交換したのも京都行に備えてのことでした。残念ながら雨のようですが。

この冬は玄関先のポットに植えたビオラがほとんど根付かず植え替えをしました。色は紫と白で初めての組み合わせです。春の光の本、どんな印象になるのか楽しみです。

年末年始の休みは例年パソコンのメンテナンスをしていますが、今回はカメラのファームウェアのアップデートなどをしただけでした。それだけといってもけっこうややこしいもので、マイクロフォーサーズのレンズのファームウェアはときとして同じメーカーのボディや純正のバッテリーとの組み合わせに限る場合があったり、SDカードで展開したプログラムをインストールしなければならなかったりと手順を確かめながら一思案することもありました。ファームウェアのアップデートは使い方によってはメリットを実感できないこともありますが安心感があります。あと、カメラのストラップを交換したり、金属ボディのカメラに革を張ったりもしました。金属ボディは存在感がありますがとくに冬場は手の体温を奪います。これはノートパソコンも同じです。強度さえ担保できるのであれば外装はエンジニアリングプラスチックやカーボンの方が使い勝手がいいように思います。また、金属は凹むと戻りませんがプラスチックは衝撃をある程度吸収するので助かったことがありました。こうしてカメラのメンテナンスをするのも今年はきちんと写真を撮りたいと考えているからですが、かといってわざわざ出かける時間もないのでネットで写真を見て“勉強”するくらいです。

このところよく見るのはニューヨークタイムズのツィートの写真です。ニュース性だけでなく、異なる文化圏の光景や人物が深い色調と巧みな画面構成で表現されている写真は何度見てもインパクトがある。どこからこうした表現が生まれるのかと考えることがあります。自分の記憶色がそこに凝縮されているとでもいうのだろうか。そうした写真の多くにはマグナムの銘があります。マグナム・フォトの創設者のひとりはかのロバート・キャパで、子どもの頃に見て目に焼き付いた写真の記憶とつながるものがあります。一言でいうなら硬質か。「かわいい」とはまるで反対。旧い人間ですな・・・

2015/02/28

R・シュトラウス 2枚

この前、帰宅ドライブ中にNHK交響楽団のライブ放送でリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」を聴きました。まるで生き物のような音の動感に五感が目覚めるような感覚がありました。これはと思って調達したCDはカラヤンがベルリン・フィルを振った1974年録音の定番ですが録音の古さは如何ともし難いか。よくよく考えるとR・シュトラウスの音盤を買うのは学生時代の「ツァラトゥストラはかく語りき」以来で、1974年というとその少し前ですが音楽界としては同時期といえるでしょうか。「英雄の生涯」を聴いていると私が幾度かこの曲に入っていけなかったのはもしかしたらその表題ゆえかも知れないと気づきました。あと、このCDが届く前にペーター・シュライヤーが歌ったR・シュトラウスの歌曲集のCDを中古で見つけて入手しました。こちらは1979年の録音でやはり“同時期”です。ドイツ語は数個の単語意外全くわからないしそもそも詩はあまり聴かないという聴き方なのでシュライヤーの声とピアノをひたすら追うわけで、こちらは車で聴けたものではないので今日やっと“ながら”ながらもその細部まで聴きました。透明感のある声で端正に歌い上げるシュライヤーの歌はある浄化の作用があるように思います。バッハの宗教曲の福音史家はその最たるもので、当時、京都百万遍ののリチェルカーレでよく聴き入ったもの。

いつの間にか新年も2か月が過ぎようとしています。年々この時期は最もゆとりがなくなってきています。近くの菜の花畑も満開ですが楽しむ余裕がないのが残念です。

2014/12/24

「鑑賞に始まり鑑賞に終わる」

この土日はミュージック・ケア初級総合研修三重会場の第4回と第5回でした。ミュージック・ケアの研修では音楽をしっかり聴くことを意識します。使う音楽は同じなのにいつも新しい発見があります。「鑑賞に始まり鑑賞に終わる」のです。その気になればひとりで聴いていてもできそうなのに不思議なことにそれは難しいことがしばしばです。ところがミュージック・ケアの研修の余韻が残る間はそれもできるように思います。今回はスプートニクスとフランク・ミルズの音楽を文字通り聴き込みました。
スプートニクスの「霧のロザリア」はなぜかCDアルバムに入ってなくて、また、iTunes Storeでもありません。大都市の駅中でワゴンを並べている店でも探し続けてもう何年になることか。ところが、今回、それは「山のロザリア」をスプートニクスが「カレリア風に」アレンジしたものではないかという書き込みをネットで見つけました。「山のロザリア」は昭和30年代にスリー・グレイセスという女性3人のグループが歌ってヒットしたとか。私は今まで知らずにいましたが原曲がロシアの曲らしいこと、また、スプートニクスが日本の歌をいくつか演奏していたことから腑に落ちたところがあります。ミュージック・ケアのCDでは続いて「霧のカレリア」が収録されていて印象がよく似ています。ちょっと聴いただけでは同じ曲に思えます。この経緯はわからないもののスプートニクスの「霧のロザリア」の演奏を比較的いい状態で見つけることができました。アルバムはAmazonのマーケットプレイスにありました。
あと、「スパニッシュ・コーヒー」のオリジナルもiTunes Storeで見つけました。フランク・ミルズの演奏です。これはその気になればすぐに見つけることができたものですが。「The Twentieth Anniversary – Together Through the Years」のアルバムと「スパニッシュ・コーヒー」をダウンロードしました。AmazonでもCDでありましたが収録曲に若干のちがいがあってiTunes Storeのバージョンにしました。順に聴いていくと知っている曲がいくつかあって、また、ミュージック・ケアの研修の余韻が残っている中で聴くとすごく新鮮です。スプートニクスもフランク・ミルズもアレンジの構造自体はシンプルですが音楽としての力強さは大きな存在感となっています。まさに音楽の仕組みが機能しているということ。
音楽の仕組みが機能しているということではクラシックがその最たる楽曲ですが、ロックもまた誤解を恐れずにいうなら格式という言葉を遣ってもいいくらいの構造感があります。YouTubeのチャンネル「Tina S」の演奏ではそのことがよくわかります。選曲もすばらしい。

2014/12/06

京都行

昨夜から天気が心配でニュースやネットの気象情報を見ていて、いよいよこれはと思って夜明けを待ってインプレッサのタイヤをスタッドレスに換えました。タイヤを物置から出して交換まで43分。右肘の痛みをかばいながらとしてはまずまずのスコアでした。

行き先は京都国際会館で、国立特別支援教育総合研究所が開催する「特別支援教育教材・支援機器等展示会」が目的です。できれば同会場で明日まで開催のATACカンファレンスにも行きたかったのですが明日は出張が入って叶わずでした。展示会はポスターセッションのようなレイアウトでデモンストレーションがありました。当たり前といえば当たり前ですがみんなすごくパワフルで会場は高揚感がありました。ほとんどが学校の先生で、先生はこんなにプレゼンが上手だったのかと驚くくらいで実に頼もしく思いました。病院内教室から遠隔操作の顕微鏡を使っての学習、学びにくさのある子どものための徹底したアナログ教材、東京大学先端研科学技術研究センターと連携したKinectを活用した子どもの認知の客観的評価、島根大学理工学部の発達支援にかかる教材ソフト、等々、説明を聴いて体験してと、あっという間の3時間でした。そして面白かったのが意外にも知り合い数人と出会ってお互い驚きました。よくぞピンポイントで出会ったものです。展示やプレゼン、知人との情報交換はこれからしなければならないことの多さを身にしみて実感するものでした。

久しぶりに車で移動した京都はこれまでになく身近に感じました。寒々とした冬の空だったからかも知れません。

2014/11/22

ファジル・サイのバッハ

ミュージック・ケアで使うモーツァルトの「トルコ行進曲」に端を発していろいろな演奏を聴いていてファジル・サイと出会いました。彼が弾く「Alla Turca Jazz (Fantasia from the piano sonata in A major K331)」は直訳すると「トルコ風ジャズ」で、「Fantasia」とありますがモーツァルトのK331ピアノソナタへのオマージュといった風合いが伝わってきます。ジャズとオリジナルを自在に行ったり来たりしているかのようで「ジャズ風」とはちがう。一見格闘技のようでもある。一人二役の演技のようでもある。とにかく面白い。そんなファジル・サイのがバッハを弾くとどんな演奏になるのか。興味津々でCDの到着を待っていました。フランス組曲やイタリア組曲、珍しいところでは無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番から「シャコンヌ」が収録されています。これが意外にも古典曲の演奏の王道を行くような印象でした。でも、彼らしさはきちんと出しています。まず、音が明るく輝き軽妙であるようでいて1音1音が見えるようで存在感がある。そして、楽譜に忠実に弾きつつ、バッハの意図を再構成して音楽の醍醐味として聴かせてくれているかのようだ。ある意味しがらみのない演奏といえるかもしれない。バッハはきっとこんな弾き方をしたにちがいないと思ってしまう。すごく今日的な演奏なのに不思議なものです。

ところで、モーツァルトの「トルコ行進曲」の手持ちの演奏を聴き比べて面白いことがわかってきました。単純に演奏時間のことです。

マリア・ジョアオ・ピリス 4分31秒
グレン・グールド 4分07秒
イェネー・ヤンドー 3分43秒
杉谷昭子 3分39秒
イングリット・ヘブラー 3分33秒
スタニスラフ・ブーニン 3分05秒
ファジル・サイ 2分41秒
ファジル・サイ(ジャズ) 1分55秒

私はグールドが最長時間記録保持者とずっと思い込んでいましたがピリスが群を抜いて遅い演奏でした。演奏そのものに触れると何時間も言葉をひねってしまいそうでやめますが、高校生のときはこんなふうに聴き比べて演奏者の当て合いなどをよくしました。音楽室のパート練習室にラジカセを持ち込んで男ばかりでああでもないこうでもないとやるのは楽しいものでした。

2014/11/21

Apple離れ!?

インプレッサのHDDナビに録音した音楽を流しっぱなしにしていたらシャルル・デュトワの「白鳥の湖」に聴き入ってしまってしばらく繰り返し聴いています。デュトワのバレエ音楽はひたすら優雅で非日常がすごく身近に感じられます。リフレッシュに持って来いというわけです。もうちょっと寒くなったらチャイコフスキーの「悲愴」が聴きたくなってくることでしょう。それも待ち遠しい。

iPad miniに替えてASUS Pad TF303BL16LTE SIMフリーを使い始めました。iPad miniはiOS8にバージョンアップしたところたぶんCPUの能力不足で挙動が思わしくなかったり、また、iTunesとの同期がうまくできない現象が出てきたりと、そして、何よりも老眼にはあのサイズはやっぱりつらいところがあってのこと。ASUS TF303BL16LTEは10.1インチのフルHD、“格安SIM”やmicroSDが使えるなど使い勝手はなかなかのものです。樹脂製ボディは寒い時期でも持ちやすく、また、キズが付きにくいなど私は金属素材よりも気に入っています。造り込みもていねいで筐体パーツの組み込みは一切の隙間がなく、モニタの縁が絶妙な高さで液晶の保護や手がかりにもなっているなど納得です。SIMフリーも大きなアドバンテージでdocomoの回線を使ったMVNOは使い勝手も上々です。月2Gは私には十分です。Androidも今や熟成期に入った観があってKitKutはなめらかな動作です。ASUSは自作マシンのマザーボードメーカーであり、パソコンなどのデザインも前々から注目していました。お値段の方もなかなかのお手頃でしたが私が購入してからほどなく1割余も高騰したので人気と需要も高まったかと思っています。円安かも知れませんが。それにしてもiPad miniは次モデルへの切り替わり時に購入してわずか1年半、OSのアップデートに付いていけないとはいただけない。これでパソコンもタブレットもスマートホンもApple離れとなってしまいました。残ったのはiTunesだけですが長年の音楽資産を蓄えているだけにこれはちょっと手放せない。使い勝手もすこぶるよい。ASUS Padに数千曲を同期させています

2014/11/08

ビオラにバトンタッチ

しばらく更新のないまま11月に入りました。この間、たくさんのことがありましたが何かが大きく進展したということはないもののいくつかのきっかけを探し狙っていて収穫なしではなかったと思っています。実はこんな時間がけっこう大事と思っています。情報収集と自分なりの整理、そしてアウトプットです。何のことだかわかりませんね・・・

今日は帰宅して日没までの間に急いで玄関前の花を冬春バージョンに替えました。年2回、インパチェンスとビオラの切り替えを淡々と繰り返すだけなのでまさに「放置カルチャー」(horticulture)で、省エネかつハイCPなガーデニングです。この夏のインパチェンスは雨が多かったので見事なほど大きく育ってポーチの階段が半分くらい覆われていたのでビオラの小さな苗に置き替えたら階段が広くなりました。苗は2週間前に調達したもので小さな移植用ポットでやや弱っていましたが植え替えると2時間ほどで茎などがしっかり立ってきました。切り込みをていねいにして大きく育てたいと思っています。ちなみに今回の色はオレンジで、カーポート横には大きめのポットにトリコロールの苗を植えました。

ガジェットの話です。私のAndroidスマートフォンは夏からフリーズが頻発して再起動を延々と繰り返す毎日が続いていましたが本体が発熱しているときにフリーズが多くバッテリーの消費が大きいことに気づいてクッション性のあるケースから出して使うようにしたらフリーズが激減しました。フリーズは1日に1回でもあると困るので完全になくなってほしいのですがここ何日か1日に1~2回程度なのでそう困ることはなくなりました。今やスケジュールもGoogleカレンダーと同期させてほぼ100%デジタル化したのでトラブルがあっては困るのです。モニタは4.7インチでiPhone5から替えたときはすごく見やすく思ったもののカレンダーを1か月表示させるとやはり文字が小さい。だからといって6インチ以上のスマートフォンを持つのは使い勝手がよくなさそう。そこで思いついたのはスマートウォッチやヘッドセットの併用です。モデルチェンジが激しい業界なので私のEM-01Fもすでに取り立ててアピールするところはありませんがいろいろいじっているとよくできていることがわかるのでここしばらくは現役でがんばってもらい、SIMロック解除の動向も見極めたいと思っています。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...