2017/02/27

病弱教育の歴史

この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。

「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚気(かっけ)を発症して授業を続けることが困難になり、菰野の湯の山温泉付近に生徒を移してそこで授業を継続したという記録が残っています。興味深いのは、運搬が困難だった教材等を使う学習を省いて他の学習を進めたところ学習進度に偏りが生じたので挽回に努め、また、履修規則を変更したり授業時間を増やしたりして、さらに授業方法を改良したところ学業の進歩に「見るべきもの」があったということです。「病気が治ってから勉強しようね」ではなく、生徒をまとめて転地療養させただけでなく、学習内容を弾力的に扱って勉強を続けましょう、時には履修規則も変えましょうという思い切った対応がとられたわけです。当時の日本の国民の健康状態は決してよいものではなく、特別支援教育(障がい児教育)という枠組みではなく保健衛生の観点からこうした発想となったようですが、ここには現在の病弱教育にも通じる考え方や対応が含まれているように思います。」

やや意訳もありますが当時の配慮の趣旨に沿って現代語訳で要約したつもりです。実際のところはどうだったのかという疑問があります。昨年の夏の終わりに菰野の湯の山温泉付近を訪れて菰野町立図書館でも町史などの資料を当たりましたが手がかりはありませんでした。いつかまとまった時間ができたら現地調査をしたいと思っています。

病弱教育の歴史は国民の健康や保健衛生の状況の変遷とともに課題も対応も移り変わってきた経緯があります。変わってきたというより柔軟に対応してきたという方が実際のところだったと思います。健康は社会の状況によってあり様が変わってきます。指向する健康もちがってきます。もちろん心身にわたる健康という意味です。疾患構造の変化等をすべて社会状況と関連付けることはできませんが、病弱教育はそうした社会(家庭も含みます)の状況による心身の不調に困っているその時々の子どもたちを支えるスタンスを取り続けてきているものと考えています。この先もこのスタンスは受け継がれていくことと思っています。このことを忘れないためにも病弱教育の歴史を振り返って史実を明らかにすることは大切だと考えます。

2017/02/19

東京、京都、名古屋

先週末は東京、昨日は京都、今日は名古屋と、このところ移動距離だけは何様というくらいのスケジュールです。重なるときは重なるものですが、自分で動けば必ず出会いと学びがあることを実感しています。東京ではいつもながら仕事というより自分の勉強になっています。もっとも宿題をもらってくるので仕事は帰ってからですが。京都では訪問先で思いがけなく知人と出会って同じ志と知って驚きました。名古屋は音楽療法の勉強でこれも収穫多々有りでした。日頃パソコンとにらめっこしての仕事が多く、これがリア充かとしみじみと思いました。

京都は金曜日から前泊で行きました。ホテルはかつて学生の頃住んでいた界隈にあって、その周辺は卒業後も出張などで何度か訪れたことがあるので今回はとくに身近に感じました。京都駅の南の方で観光客が訪れることは少なく、いわゆる京都らしさは探さないとわからないのですが、私が住んでいたのはその地域の村長を務めていたという旧家の土蔵の2階で、そこだけは古都の趣きが詰まっていました。大きな門の脇の押戸から入ってよく手入れされた庭の敷石の上を歩いて土蔵に向かいます。私の部屋は京間2畳ほどの広さしかなく、天井は屋根に沿って傾斜していたので立って背を伸ばせるのは部屋の半分ほどでした。それでも居心地がよくて、下宿代も格安だったので助かりました。時には、電話に呼んでもらって母屋の玄関に入ると呉服屋が反物を何枚も広げて家人が品定めをしていた光景を見たことがありました。そうした暮らしと門の外の京都らしさの少ない町並みはミスマッチがあっていろいろ考えるところもありました。東京での仕事はあと1年半くらい続きますが、京都もこれからしばらく通うことになることと思います。自ら動けば出会いも学びもある。動けるときは動きたいと思っていますが、泳ぐのを止めたら呼吸ができなくなる鮫のような性なだけです。

2017/02/11

カーナビのマップ更新

カーナビの画面にマップ更新の期限が2月11日という表示が出るようになったので販売店に問い合わせたところネットからダウンロードして自分でできますとのこと。そういうものらしい。そうだったのかと取説を読んで専用ソフトのインストールやサービスへの登録が必要等々の手順がわかったのが一昨日でしたが時間がなくて取りかかったのは期限前日の昨夜遅くでした。作業は悪戦苦闘の連続で、登録するサービスの種類の選択や製品のシリアルナンバー入力時のハイフォン省略等々、わかりにくいことこの上なしで途中で呆れてしまいました。SDカードへの転送中にエラーが出てカードのリカバリを求められたときはもうダメかも知れないと悲壮な心持ちになりました。こうしたコンピュータの作業や動作は、しかし、うまくいくときはまるで何ごともなかったかのようにすんなりとスピーディーに進むもので、環境が整ったら膨大なデータも滞りなく転送できて更新が完了しました。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の如く、だから手順をすぐ忘れてしまうのは困ったものです。今朝、更新したSDカードをカーナビにセットすると道なき道の山中を走っていた中勢バイパスや新東名などの新しい道路もきちんと表示されてほっとしました。カーナビに表示されない高速道路を走っていると休憩の取り方など見通しがつきづらいことがあります。カーナビがなかった頃は首都高速や阪神高速もルートを道路地図で覚えてから出発したものです。カーナビに頼りっぱなしなので危機管理もいい加減になりました。しかし、更新期限の前日深夜、更新期限当日に作業完了とは自分らしいか・・・

今朝、NHKテレビで芥川賞を受賞した村田紗耶香氏のインタビュー番組がありました。朝の支度をしながらふと見るとインタビューの場所はコンビニの店内でした。コンビニでバイトしながら小説を書いて「コンビニ人間」で芥川賞を受賞した後もコンビニでのバイトを続けていると聞いたことがあります。サイン会の会場もコンビニだったとか。今日、所々耳に入った村田紗耶香氏の話は共感するところがありました。例えば、父や母が育ててくれていること、それはほんとはどういうことなんだろうと考えてしまったとのこと。読む時間は、たぶんしばらくないでしょう。

新幹線は米原付近の雪のため名古屋で25分遅れて発車しましたが東京には6分の遅延で到着しました。東京は雲一つない快晴でした。

2017/02/10

「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」の音楽

年末年始があっという間に過ぎて気づけば立春でした。学校は卒業式の歌の練習が始まりました。昨日の小学部低学年の音楽でも「旅立ちの日に」を練習していました。子どもたち5人の歌声に小声で応援をしました。音楽作りには王道があって「旅立ちの日に」はその最たる作品だと思っています。音がきちんと機能している、という考え方です。

NHK土曜時代劇「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」は年越しで続いていて、録画はしないものの放送時間に家にいるときはその音楽に聴き入っています。音楽は吉俣良です。音楽も物語も配役もすごくいい。ひときわ激しい歴史の一幕を淡々と描く。それゆえ登場人物の情念が一層深く、重々しく、しかし、静かに迫ってくる。史実だろうかと、そんな一抹のひっかかりはあるもののそれはそれとしてと自分に言い聞かせる。やはり吉俣良が音楽を担当していた大河ドラマ「篤姫」も脚色にまんまとはめられてしまい、そのことをブログに書いたら歴史研究家からとコメントをいただいて恐縮したことがありました。「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」はようやくサウンドトラック盤が発売となってiTunes Storeで買い求めました。「メインテーマ」の旋律を奏でるのはバイオリンの中音域です。そのふくよかなあたたかい音色がたまらなくいい。そして、よく聴けば旋律はどこまでもたゆとう終わりのない旅のような時の流れに誘う。白黒つけがたい、はっきりさせられない、戸惑い迷う心に寄り添う音楽といえるでしょう。完結を予感させ、そのとおりにきっちり終わりがある音楽ばかりが音楽療法の音楽ではないと思っています。目の前の完結よりも遠くを眺めるような場、空間も同じように大切なはずです。

NHKの朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」の音楽も聴き入ってしまいます。担当は世武裕子、フランスで映画音楽を専門に学んだとか。控えめ、といういい方が相応しいと思うのですが、登場人物にそっと寄り添うような音楽は絶妙と思っています。浴びるように聴きたい音楽もたくさんあります。でも、こんな音楽をより身近に思うことも少なくありません。

週末は12月に続く出張で東京行です。雪の影響が気がかりです。

2016/12/28

グレン・グールド、幾度か

このクリスマスイブは夜の小一時間、伊勢のMcCafeで一人過ごすことがあって、ふと、思い出したことがありました。コンサート活動を止めてレコードなどのメディアでの演奏活動に切り替えたグレン・グールドは住まいを隠し、食事は町外れの「およそ彼のレコードを聴く人は行かない町外れのモーテルのレストラン」で食事をしていたと本で読んだことがあります。青春真っ只中の当時の私はこのフレーズが心に染み入ってグールドを崇め奉るような心境になりました。こうしたグールドに対する思い込みをもって音楽を聴くことが好ましくないのはわかっていますが、それは若さゆえの特権でもあり誰からも責められない領域です。そして、還暦前の今頃になってそうした音楽の聴き方がいよいよ肯定的に思えるようになってきました。今はそんな時間がなかなかもてないのでなおさらそう思うのかもしれません。好きな音楽を好きなように聴く、ただそれだけです。黒と思しきコートのポケットに両手を入れてベレー帽をかぶり湖畔に佇むグールドの姿は私の脳裏に焼き付いています。

ならばと「グレン・グールド・バッハ・エディション」なる38枚のCDをiTunesに検索しやすいようにインポートしてこの冬はグールドが弾くバッハに溺れるように聴こうではないかと思い立ちました。あと、この秋に発売された「グレン・グールド・リマスタード~ザ・コンプリート・ソニークラシカル・アルバム・コレクション」(81枚ボックス)も実売価格がこなれてきたので購入することにして今日届きました。レビューによるとリマスターの方が音がいいとか。でも、LPレコードの味わいもまたいいものです。この年末年始はグールド三昧です。

2016/12/23

映画2本

冬休み1日目、年末の3連休の初日は朝から映画を観ました。「チョコレートドーナツ」と「私の中のあなた」です。字幕の一字一句も読み逃さぬようにと何度も戻っては確かめながら観ました。「チョコレートドーナツ」は1979年の設定で現時点では性的マイノリティについては歴史的叙述の色彩も感じました。障がいがあるマルコの日常はまた異なる要素が感じられました。この2本の映画を続けて観ていたとき、私は「Nothing about us without us !(私たち抜きに、私たちのことを決めないで!)」という言葉を思い浮かべていました。闘う、ということにおいてはポールとルディは果敢に行動しています。文字通り社会と闘っている。2本とも裁判が舞台にもなっています。でも、マルコはそうした闘いが困難です。それだけに彼の死は無言の訴えでありながら強く心が打たれる。「Nothing about us without us !」は障がいの有る無しにかかわらず人が生きていくときにもっとも大切にされなければならないことのひとつです。

「私の中のあなた」は先月DVDを買い求めて久しぶりに観ました。日本での公開は2009年、もう7年も前のことで、私が現在の病弱特別支援学校に前回勤務していた時のことです。その時は映画館で観ました。メインテーマもさることながら弁護士のてんかん発作を教える介助犬ジャッジが印象的でした。そして、両親を裁判に訴えるアナの言動に11歳ながら自立した人の姿があるように感じて惹かれました。また、兄、ジョディの姿を通して病気の子どもの多くのきょうだいの問題についても取り上げています。彼のディスレクシアと思しきところを理由に寄宿制のトレーニングスクール?に1年間行くことを両親から説き聞かされたり、夜の街をさまよったりするシーンに心が痛みますが、家族をある意味いちばん客観的に冷静に見ていたのはジョディでした。こうした緻密に作り込まれた映画「私の中のあなた」は名作だと思います。

今日は何ヶ月ぶりかでよく寝た1日でもありました。明日からまた始動です

2016/12/10

がん対策基本法改正

今朝は何事もなく新幹線に乗り込みました。今日はドラマがないなと思っていたら先ほど新幹線の車内ニュースでがん対策基本法改正が伝えられ、「学業と両立」という言葉に目を見張りました。ニュース提供の産経ニュースはこちらですがおそらく間もなくリンク切れになると思うので一部を引用します。

「この10年でがん対策や治療は進み、闘病しながら仕事や学校などの社会生活を送る患者も増えた。改正案では企業などの事業主に対してがん患者の雇用継続に配慮するよう求め、患者が適切な医療だけでなく、福祉や教育などの必要な支援を受けられるようにすることを目指す。」

法令は次のとおり。

(がん患者における学業と治療との両立)
第二十一条
国及び地方公共団体は、小児がんの患者その他のがん患者が必要な教育と適切な治療とのいずれをも継続的かつ円滑に受けることができるよう、必要な環境の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。

今週は一段と慌ただしかったのでニュースや新聞をゆっくり見る時間もなく1日のタイムラグで知りました。小児がん医療が進む中、小児がん経験者も増え続けています。晩期合併症などがある子どもたちも通常の学校にたくさん在籍しています。理解と支援の広がりと質的な向上のために病弱特別支援学校が果たす役割は大きいと考えます。また、今回はがんに係る法整備ですが、小児慢性特定疾患の医療費補助対象者数は704疾患、約15万人(平成27年度推計 厚生労働省)もいます。就学前の子どもを1/3としても小中学校、高校等年代は約10万人です。そして、特別支援学校及び特別支援学級の病弱教育対象児童生徒数は23,080人(重複含む)(平成27年度 文部科学省)で、その大部分は通常の学校に在籍しています。三重県では病弱特別支援学校が来年度から拡充されます。この機会に病気の子どもたちの理解と教育支援の充実に一層邁進することがミッションです。今回の出張もそのためのものです。「病気のときでも教育はできます 病気のときだからこそ行うべき教育があります」全国特別支援学校病弱教育校長会からのメッセージです。

2016/12/09

ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466の呪縛

正確には「アンネローゼ・シュミットの呪縛」と書くべきかもしれません。モーツァルトのこのピアノ協奏曲を初めて聴いたのは高校生の頃か大学生の頃か、今では定かではありませんが、気がつけばスコアを買い求めて彼女の硬質なピアノの音を頭の中で再現していました。その演奏、音は、この曲の絶対価値の如く聴き続けてきました。最近、アンネローゼ・シュミットのモーツァルトピアノ協奏曲全集なるものまで買い求めました。ところが、なのです。ふとしたことでiTunes Storeでマウリッツィオ・ポリーニの「Mozort Concertos para piano」を知ってこの曲の世界観が一変してしまいました。まず、オーケストラの音が軽い。バルセロナのオーケストラらしい。もちろんいい意味で軽い。蝶が風に扇がれながらも軽やかに舞うような天衣無縫の如く流れる。ピアノを奏するマウリッツォ・ポリーニは何歳の頃の録音なのだろうか。彼らしく芯を押さえながらもそのオーケストラとのマッチングは何ら違和感がない。聴いていて肩がこらない。この歳?でこんな楽しみ方を知るのも新鮮でとてもいいと思うのだ。

勤務先隣接の国立三重病院のエントランスと前のロータリーにクリスマスのイルミネーションが備え付けられて点灯し始めました。シンプルですがとてもきれです。運がいいとロータリー横のタクシー駐車場に止まった3台のタクシーの赤とルーフの緑のライトもクリスマスカラーで映えます。今週末は東京に出張です。東京のクリスマスのイルミネーションも楽しみのひとつです

2016/11/30

「ラブ・シュープリーム~至高の愛~」

これまで時々聴いてきた八神純子の「思い出は美しすぎて」を久しぶりに聴きだしたら止まらなくなって“八神純子ワールド”で彷徨ってしまっています。アルバムはあと2枚、正確には3枚、計4枚を持っています。「思い出は美しすぎて」「八神純子 2CD BEST 1978~1983」「Lonely Girl」です。この中の「ラブ・シュープリーム~至高の愛~」の聴き比べも面白い。ひとつは「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌となったバージョン、もうひとつは「Lonely Girl」収録のバージョンです。「宇宙戦艦ヤマト」バージョンは宮川泰の編曲で、彼の自在な編曲でアニメのイメージを彷彿とさせています。「Lonely Girl」バージョンは当時のニューミュージックというのか懐かしい音です。楽器の音そのものも懐かしい。そして、この2つのバージョンは歌詞がちがって印象を大きく変えています。「Lonely Girl」バージョンはおとなの男と女の物語、「宇宙戦艦ヤマト」バージョンはユニバーサルな愛のイメージのように思います。ところがこれがどちらもいいから面白い。どちらも彼女の歌、声の魅力を存分に伝えています。聴き込んでしまいます。歌は時として瞬時に大切なことを気づかせてくれるものです。「ラブ・シュープリーム」もそんな1曲です。

11月も今日まで、明日から12月となりました。今年もあと1月という方が月日の流れをより実感するでしょうか。私にとっては年度末への突入となります。風邪を引く間もないほどの密度の日々が始まります。10月に続く東京出張は土日の設定で助かりますが「ポコ・ア・ポコ」のお休みのわけでもあります。

2016/11/26

週末

今日は職場が参加する駅伝で走りました。会場は鈴鹿青少年センターで、近くの鈴鹿サーキットからは遠吠えのようなバイクの走行音が聞こえていました。距離はわずか1,950mですが、これもわずかながらもアップダウンがあって、下りを慎重に走ると決めていたのにレースとなるとそのまま下り坂に突入してしまい、案の定、両膝の半月板を傷めてしまったようです。そもそもほとんど練習せずに走ること自体が無謀です。でも、足は重くて前に出なかったものの意外に走れるものだとわかりました。かといってマラソンを再び走るつもりはありません。やりたいのはロングトレイルです。ここ数年来ブームの百名山やトレッキングのテレビ番組を観てもなぜか山の頂上を目指そうとは思えないのです。

先週末は近くの園芸店がバックヤードのハウスで苗などの売り出しをしていてビオラばかり28本を調達、その日のうちに玄関前のポットに植えました。メインはお気に入りの黄色のビオラで16本、その他はパープル系にしました。あと、ポーチからのアプローチやブロック塀が苔などで黒ずんでいたので亀の子だわしで汚れを落としました。ほぼ1日かかりましたが見違えるほどになって年末の大掃除はしなくてもいいくらいになりました。こんなことは何でもないことなのに時間がなかったり気が進まなかったりで、スイッチが入らないとなかなかやり切れません。今回のスイッチは何だったのか、それがはっきりしない。

明日は年2回の三重子どものこころネットワークです。私も世話人のひとりなので運営に回ります。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...