■7~8日、東京ディズニーランドとイクスピアリに行ってきました。ホテルはシェラトン・グランデ・トーキョー・ベイ・ホテルに泊まりました。まとめて“東京ディズニーリゾート”というネーミングで、9月4日には東京ディズニーシーがフルオープンします。
■東京ディズニーランドは実に11年ぶりです。やっぱりものすごい人人人で、朝5時に着いたのにすでに列ができていました。小さな子どもたちも楽しそうに何時間も待っているのにはほんとに驚いてしまいました。ディズニーランドって、一体何だろう…
■朝一番に行ったので“プーさんのハニーハント”もほとんど待ち時間がなくて、かえって壁面の物語を読む時間がなくて残念だったくらいです。プーさんは今いちばん人気です。ショップに行ってもプーさんだらけ! 何をしてもパッとしないけど、マイペースのプーさんからは“今のままの自分でいいんだよ”というメッセージが伝わってきて、“今”にアピールするところが大きいのだと思います。
■今回は、なぜか、“音”に敏感な自分にびっくりしました。“イッツ・ア・スモールワールド”の音は、古いAMラジオが精一杯音を出しているようで不快でした。アトラクション自体が古くて、だから、オーディオ機器も録音も古いのかも知れません。でも、もうちょっと生理的にやさしい音でもいいんじゃない?と思っています。
■ディズニーランド全体では音のマネージメントに感心しています。園内放送はないし、音楽も流さない。声を機器に通すときはそれなりの効果を求めるときだけです。直接的な説明はみんな肉声です。これがすごく心地よい空間を提供しているのです。
■園内に音楽が大きく流れるのはパレードのときだけです。私はエレクトリカルパレードの音楽が好きで、今回もそれがいちばんの楽しみでした。固定スピーカーとパレードの各セクションから流れる音楽は一体どういうシンクロをさせているのだろうと不思議です。
■イクスピアリでは宮崎駿の新作『千と千尋の神隠し』をみました。よかった。ほんとによかった。
■私の興味は音楽です。音楽は久石譲、今回はどんな音楽を作ったのだろう。『天空の城ラピュタ』も『魔女の宅急便』も『となりのトトロ』も好きなんですが、宮崎駿の映画音楽でいちばん好きな『耳をすませば』の音楽担当は、意外にも久石譲ではないのです。坂本龍一と『ラストエンペラー』で音楽を担当した野見祐二が『耳をすませば』の曲を書いています。久石譲の音楽を意識してきいたのはNHKスペシャル『驚異の小宇宙・人体』が初めてでした。以来、彼の音楽はよくきいてきたつもりですが、『耳をすませば』はちがったのです。久石譲の音楽はメロディーラインが絶品で、野見祐二の『耳をすませば』の音楽も似ています。でも、どこかちがいます。
■さて、『千と千尋の神隠し』の音楽は、今までの久石譲とは一味も二味もちがいました。あのストーリーならどうしてもそんな音楽になってしまうのかも知れませんが、私にはすてきな音楽でした。ちょっと“現代音楽”っぽくて多彩で、クラシック音楽みたいな楽器の使い方で、私は控えめな音楽を一生懸命きこうとしていました。映画が終わったら近くのCDショップでCDを買ってしまいました。
■映画そのものもよかったです。比喩とか直接的なメッセージとか、それはそれとして、宮崎駿のイマジネーションの自由さにあっと驚いて感動してしまいました。怪物のような神様たちがぞろぞろと骨休めにやってくる湯屋の姿は、いつか、夢でみたちょっとこわい光景なのです。すごく高いところで足元がない! 居心地がよいはずなのに、何か、終わりのないことをしている自分がいる。夢でみたそんな光景をスクリーンでみせられてるとぐいぐい引っ張り込まれてしまいます。
■千尋は川でおぼれかけたことがあります。ハクと空を舞うとき、そのときの記憶が一気によみがえります。川の水の中でハクと出会ったことを思い出すシーンには泣いてしまいました。自分の存在の不思議さ、自分って何? そんな哲学的な問いかけとひとつの答が『千と千尋の神隠し』にはあるのではないでしょうか。“神”というキーワードのとらえ方は私は曖昧ですが、『千と千尋の神隠し』に登場する神様たちは風呂に入るし酒も飲むしで、妙に人間臭さがあって楽しい。
■今回の旅はカローラフィールダーSタイプで中央高速道路を走りました。ディーゼルエンジンのルシーダとは比べものにならないくらい快適なドライブでした。
2001/08/11
東京ディズニーランドと『千と千尋の神隠し』
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