■土曜日、朝から地元のムーブメントのセッションに出て、午後は名古屋に行って音楽療法セミナーに参加しました。セミナーはアメリカのスザンヌ・ハンザー博士の講演で、テーマは「統合医学における音楽療法研究」でした。音楽療法の社会的認知が進んでいるアメリカならではの余裕のようなものを感じました。
■この講演は通訳を介して行われましたが、スライドの英文と邦訳とのニュアンスが異なるように感じました。誤訳というのではありません。文脈がちがうということです。このちがいはどこからくるのか? 文法だろうか、それとも、文化のちがいなのだろうか。そもそも西洋の体系で語られることが多い音楽療法や医学です。欧米の言語の方がなじむのは当然かも知れません。
■日曜日は半日新聞の切り抜きをしていました。そして、新聞を資源回収のために束ねようとしたら荷造り紐が見つからなくてまた山積みです。でも、それは宝の山です。
■この週末に「デビッド・コパフィールド」のビデオを見ました。VHSで2巻、3時間余りもありますが原作のダイジェスト版のはず。でも、ディケンズの温かい細やかな眼差しを十分に感じることができました。きっと俳優たちもこの本がほんとに好きなのでしょう。
■昨日今日と出勤すればまたまたてんてこ舞いでした。そんな中、暗くなってからいただいた温かいココアのなんと素敵な香り、そして、甘くてちょっぴり苦い風味に一日の疲れがどこかに飛んで行ってしまうようでした。
■本田美奈子さんが亡くなったとテレビが教えてくれました。今夜は彼女が歌うカッチーニの「アヴェ・マリア」ばかり聴いて帰ってきました。
■毎日思うこと考えることはたくさんあります。それを書き留める時間がないことにため息が出ます。そうそう、書き留めるといえば、フランクリン・コヴィーのクラシックサイズがこのところ大活躍といったところです。
2005/11/08
秋の夜長のココア
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