2007/06/21

吉田秀和と加藤周一

今日の朝日新聞の朝刊に吉田秀和の「音楽展望」がありました。はて、こうした批評は夕刊の文化欄のテリトリーではなかったのかと思いますが、夕刊の購読数がかなり減って来ているようで朝日は朝刊に引越させたのかも知れません。今日の見出しは「理のある演奏 解釈尽くし奏法追求 新しく美しく蘇る曲」です。彼の音楽批評はいつもコンテンポラリー(同時代)というスタンス、最前線に身を曝す言葉が整然と並んでいて緊張感があります。今日も時事評から入っています。冒頭で加藤周一の名前を見つけて私は重い文章を一気に読み通しました。「例えば、加藤周一さんのコラム。彼はー特に近年は、世の流れに逆らっても、信じるところを主張する。彼は常に知の限りをつくして「理」を説く。」吉田秀和も加藤周一も著書は座右のものでした。加藤周一の『羊の歌』『続羊の歌』(岩波新書)は時が経つのを忘れて何度も読み返したものだ。このふたりがこうしてマスメディアに名前を連ねていること自体が心強い。

職場にWindows Vistaが入って少しずつ触っています。モニタは鏡面タイプで、デザインで頑張ったVistaはその魅力をアピールしています。直感的に安定感があるOSです。XPが安定感でかなりいいところまでできていたのでここしばらくは買い替え需要はないと思いますが、手持ちのXGシステムが動くなら1台はほしいところです。

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