バジルがどうも元気がないと気になっていました。今夜、窓から見ると右から2番目の上の葉っぱが虫に食べられたような形になってほほとんど中央脈しか残っていません。これはたいへんと懐中電灯を持って庭に出ました。なんということだ。やわらかな若い葉っぱだけきれいに食べられている。誰が食べたのだ! 許さん! 虫は夜に活動しますが探しても見当たらない。ふと、いちばん右のバジルの上の方で何かが動いたような気がして見ると蜘蛛でした。蜘蛛はバジルを食べない。ところが、その蜘蛛の横で何かが動きました。よく見ると蜘蛛を嫌がって動く青虫です。バジルの葉っぱと同じ色で(バジルを食べたからそれもそうだ)蜘蛛がいなかったら見つけることはできなかったことだろう。落ちていた草の茎で青虫を土の上に落とそうとすると青虫は踏ん張ってバジルから脚を離そうとしない。ぐっと横に引っ張ったら、なんと、バジルの茎が下から折れてしまった。しまった! 箸でつまんで取ればよかった。横になったバジルが妙に鮮明に見えた。折れたバジル立ち直らず、である。もう1本茎が伸びていることがせめてもの救いだ。ふと、「はらぺこあおむし」の歌の1フレーズが聴こえてきた。こうなるとずっと頭の中で鳴り続ける。今もそのフレーズが頭の中でぐるぐる回っている(>_<)
2007/10/11
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