どうしてこの時この場所でこの人と出会うのだろうと、奇遇という言葉ではすまされないような出会いがあることがあります。今日もそうでした。「宇気郷 山里のひなまつり」でのことでした。響き合う、そんな感じでした。何を成すべきなのか、志のベクトルが時の流れの先で交わるのがわかりました。出会うべき人たちの出会いなのでしょう。4人の野郎の出会いのキーワードは、さて、私が思うところ、「風」でしょうか。
その「宇気郷 山里のひなまつり」では民家の玄関や縁側、窓辺に雛人形と昔の生活道具などが並べられて訪れる人を迎えています。ある家では開け放たれた窓から雛人形が顔をのぞかせ、ある家ではぜんざいを作って訪れる人を待ち、またある家では「ごめんください」と引き戸を開けると一人暮らしのおばあさんが出迎えてくれて雛人形から話が始まります。そうと気をつけていないと見落としてしまいそうなくらいの半紙の案内。静かな静かな山里の雛祭りです。今年度の「山村力(やまぢから)コンクール」で全国山村振興連盟会長賞を受賞しました。ひなまつりの案内はこちら、活動内容はこちらです。
先日、オレガノネオンライトが届きました。今日は「宇気郷 山里のひなまつり」の帰りに木と花の苗、そして、ダリアの球根を買ってきました。ダリアは私が小さな頃父が庭で育てていたような記憶があるものの花の姿は思い浮かばず、自分で植えるのは初めてです。育てやすそうで、つまり「放置」しても咲くようなので私にも大丈夫でしょう。売り場ではダリアの球根の反対側にブルームーンのバラの苗があって一思案しました。ポットに差してあった札に花の写真があってそうとわかったまで。ブルームーンは鮮やかな青ではなくて青ざめた青です。今日は一思案したものの明日は買いに行きましょうか。バラ作りは難しい。
2009/03/28
宇気郷 山里のひなまつり
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