「可憐な可憐なピアノトリオ」というリストがAmazonにあって、リストのトップにニューヨーク・トリオの「過ぎし夏の思い出」があります。廃盤らしく、マーケットプレイスで入手しました。録音は2002年、ニューヨークです。素の音がそのまま聴こえる録音で、小さな頃弾いていたピアノの音を思い出すような臨場感があります。ベースもドラムもなつかしい音です。ジャズのピアノトリオを聴くとそこに音楽の原型を肌で感じるように思うことがあります。
仕事の帰りに寄った書店で『現代のエスプリ2009.5 ピア・サポート 子どもとつくる活力ある学校』(ぎょうせい 2009)を買い求めました。ピア・サポートとは何か。この本の冒頭にこうあります。「ピア・サポートとは、単純に人が人を支援するということ」(トレーバー・コール 2005)そうか、そうだろうなと思いました。小難しい理屈は支援を難しくします。「あ、それはこうだよ」「それはむずかしいよね」そんな自然発生的な人間の心理のプリミティヴな寄り添いや手助けは人と人との間を温かくします。理屈抜きです。こうした営みがあってこそ社会制度も生きる。「学びあい」も凡化させるとピア・サポートという言葉が表す営みになるのではないか。ピア・サポートを少し掘り下げて学びましょう。
バラはほんとにやきもきさせる花です。毎朝毎夕、葉っぱの1枚1枚を見て回ってしまいます。先週の土曜日に植えたバラが新しい環境になじんでつぼみが見えかけました。成長のなんと早いことか!
2009/04/17
可憐な可憐なピアノトリオ
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...
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