2024/02/02

野村芳兵衛と穴掘り、そして「生成としての教育」(矢野智司)へ

先日、何かを読んでいて、池袋児童の村小学校に勤務していた頃の野村芳兵衛のエピソードとして、彼がしばしば子どもたちに穴を掘らせていたというくだりがありました。その出典が紛れてしまってここに記せないのですがこのことを取り上げた論文があることがわかってきました。

豊田和子「幼小接続カリキュラムの視点から野村芳兵衛(1896~1982)を読み解く ─「遊び」と「学習」を中心に─ 」(名古屋芸術大学研究紀要第38巻 201~215頁(2017))より引用します。筆者は幼児教育の立場から取り上げるとしています。

①土いじりの指導
 運動場の片隅に子どもたちが「共同動作で」掘った穴(直径1間半、深さ1間)がある。子どもたちは、歌を歌い、破れたバケツに縄をつけて、その縄に多数の子どもがつかまって歩く。穴の中に二三人が入って、鍬で掘っては土をバケツに入れる。子どもたちは最初は戦争ごっこに使い、後には筵を敷いて中で遊んだり、おにごっこの時に使っている子どもたちは、富士山を中央に野尻湖などまで造るらしい。
直径1間半、深さ1間をメートル法に直すと、直径約2.7m、深さ約1.8mなので本格的というか子どもの遊びの域を超えたスケールだと思います。
 この遊びに対して野村は、「なんとも云えず、のどかである。学校生活も、半分はこののどけさがほしい」と感想を述べて、「指導上の注意」として、「1.味を発見せよ(生活観照)、2.けがをしないよう見守る(これが唯一の指導)、3.服装も軽快で、土がついても心配のないものに」という3点を挙げて、とりわけ、生活観照の観点から、「味」を発見することを促す。「味」とは、「黒土の感覚、身体の健康、共同動作の体得、動植物の観察、大地の神秘」を挙げて、ひたすら子どもの生活観照の立場を求める。
この論文の野村芳兵衛の見解「指導上の注意点」から筆者が「とりわけ」と取り上げている「生活観照」は穴掘りに夢中になった経験がある私にはすっと落ちるものです。私は小学生の頃に庭や畑によく穴を掘って瓦礫などを掘り出したので叱られたことがあります。山間部の小学校に勤務していたときは雑草を捨てるための穴を掘り始めたら止められなくなって首まで入る深さになったことがあります。なぜ穴掘りはそんなにも面白くて子どもを夢中にさせるのか。その理由はともかく、穴掘りを解釈する野村の言葉は「そういうことなのか」と思わせます。野村が指摘する「生活観照」の「味」の「黒土の感覚」と「大地の神秘」は身体感覚として共感します。身体感覚として、というのは文字通り身体を使った実感を通してであり、野村が示す「身体の健康」に当たります。野村は遊びを発達などの有用性の視点から捉えるのではなく生命性にふれる生成の営みとして見ているわけです。

このことについては矢野智司が著書『自己変容という物語 生成・贈与・教育』(金子書房 2000)で端的に述べています。そして、今回の長野県伊那市の小学校の公開研究会資料の紀要で信州大学の畔上一康が援用しています。矢野は同書の「「発達としての教育」と「生成としての教育」」のところでこうした「生成としての教育」は有用性を否定したもの、「発達としての教育」と相対するものとして論を進めています。その冒頭を引用します。
 「最初の否定」、つまり動物性を否定することによって人間化するプロセスへの企てを、「発達としての教育」と呼ぶことにしよう。それにたいして、「否定の否定」、つまり有用な生の在り方を否定して、至高性を回復する体験を、「生成としての教育」と名づけることにしよう。
畔上一康が矢野の「生成としての教育」の概念を援用したのはある意味学校教育の否定と捉えられます。「発達としての教育」と「生成としての教育」は、しかし、その相対する要素を子どもたちが受け入れることを強いられることで現状の学校教育が一見成り立っているように見えるのではないか。おとなたちはそのことに気づかずに「発達としての教育」に重きを置きがちであり、様々な教育問題につながっていると考えられます。こうした論の詳細はさておき、畔上が今回の紀要で矢野の「生成としての教育」を取り上げたことを評価したいと思います。その小学校の取組みはまさに「生成としての教育」であると見ているからです。(敬称略)

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