2026/01/11

枯れた花

 いつだったかNHKのテレビで京都の花を巡る創作家2人を紹介している番組を観ました。ひとりは日本画を描く女性、もうひとりは枯れた花の写真を撮る男性でした。日本画はすんなりと目に入ってきたのですが枯れた花の写真は目が釘付けになりました。わざわざ枯れた花を撮るのはどうしてなのか、すぐにはわかりませんでした。花づくりをしていると見頃を過ぎた花、花殻はどんどん取って捨ててしまいます。チューリップは花が盛りを過ぎると球根に栄養が貯まるように首をちょん切ってしまいます。でも、その枯れた花の写真を撮るのです。

この秋も終わる頃、玄関先のポットに植えたアンネのバラが一輪咲きました。アンネのバラは明るいオレンジ色で咲き始めてだんだん赤みが増して濃いオレンジで花が終わります。その色の変化がきれいです。そして、いよいよ萎れ始めると花びらは縮れて色は茶色に変わります。花びらは薄くなります。その変化がとても美しく感じられて毎日しっかり見るようになりました。でも、ちょうど忙しい時期だったので写真はスマホで撮っただけでした。

萎れて枯れたアンネのバラの佇まいはNHKの番組で紹介された写真家が撮った花を彷彿とさせました。その写真家を知りたいとネットで探しましたが情報はありませんでしたが、田島一成が枯れた花の写真集『WITHERED FLOWERS』(Akio Nagasawa Publishing 2020)を上梓していることを知りました。限定900部で入手は難しいと思いましたが1冊だけ見つけて取り寄せました。色調は紫が基調で萎えた花びらが重なって縮こまる姿は存在感がありました。これまで次から次へと花が咲き続けるように盛りを過ぎた花を摘んでばかりでした。散る桜もピンク色だからこそ注目されますが枯れた花や枯れゆく花もこれまで多くの人たちがその姿に思いを重ねてきたはずです。枯れた花と巡る人たちの営みにも気持ちを向けていきたい。


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