2017/10/10

一太郎2017

一太郎2017をThinkPadX260にインストールしました。今更ながらの感がありますが縦書きのときATOKを使いたかったのでタイムセールを待っての購入です。一太郎2017はおまけみたいなものですが日本語と日本語文化に特化した機能や使い勝手があっていぶし銀の魅力があると思っています。ファイルを共有するときはWordに変換するだけで、仕事の文書や表などが含まれる文書ははじめからWordで作成すればいいわけです。ユーザーのオンライン登録でIDを確かめたら1997年の初登録のようでした。ちょうど20年前のことでWindows95当時です。その頃購入したIBMのデスクトップAptivaに付いていたアプリケーションのユーザー登録をしたときのものだと思います。そのソフトが何だったかが思い出せないのが歯がゆいところ。ATOKは、しかし、英語キーボードなのでどれだけ使えるのかわからない。そもそも英語キーボードなので入力システムはIMEとATOK、USの3つを切り替えながらでないと入力できない文字や記号があってややこしい。でも、すっきりしたデザインが好きなのでIntel MacBook proを使い始めたときからのチョイスです。たぶん12年前のことです。職場ではノートパソコンに青軸のUSゲーミングキーボードをつなげています。このThinkPadとともにキーボードが指にしっくり馴染むと自然体で仕事ができるように思います。とりわけ青軸はピアノを弾くときの感覚に似ています。初めてロードレーサーをオーダーしたとき自転車屋の店主が「身体に触れるパーツだけはいいものを使う」と言ったときのことが思い出されます。

2017/10/03

「予感」2題

先月、ふとしたことで映画「アンタッチャブル」のショーン・コネリーを思い出して今一度映画を観ました。この映画を初めて観たのは20年以上も前のことで、ケビン・コスナーを知ったのもこの映画でした。以来、ケビン・コスナーはお気に入りの俳優のひとりで、「JFK」で着用の眼鏡を調べて似たデザインのものを買い求めたこともあります。先月末に公開された「ドリーム」も早く観たいと思っています。でも、今回はジム・マローン役のショーン・コネリーなのです。シカゴ市警でパトロール20年のリタイア前の「しょぼくれた」巡査ジム・マローンがエリオット・ネスからアル・カポネを挙げるチームに誘われたとき、いつかそんな時がくるのではないかと心のどこかで予感がありながらそれを打ち消そうとしてきた逡巡と不意を突かれた姿に自分を重ねてしまいました。リタイアが近づいた時だからこそ動く心があります。当時コネリーは58歳で、舞台設定の1930年当時のリタイア前の役作りなのでやや老け感が目立ちますが存在感は圧倒的です。私は存在感は彼の十分の一もありませんが歳のとり方のモデルのひとりと思っています。彼はこの映画でアカデミー賞助演男優賞を受賞しています。モリコーネの音楽も素晴らしい。

土曜日の京都行は途中寄るところがあって車で行きました。往復の道中に聴いたのはNHKスペシャル「至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎 The Mystery of Stradivarius」のDVDの音楽でした。往復300kmずっと聴き続けました。テレビ番組そのままですが全編にわたってバイオリンの演奏が流れます。千住明の音楽がとてもいい。バイオリンという楽器しか奏で得ない情感があるように思います。音楽心が掻き立てられます。今日はそのCDが届いて聴きながらThinkPadに向かっています。この番組に登場する日本のバイオリン制作者の窪田博和氏は名古屋の弦楽器専門店シャコンヌ(株式会社)の代表取締役会長で、私の弓の毛替えはここでしてもらっています。彼の手によるニューのクオリティは相当なものだとか。彼のバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスだけを使った演奏会もあったようで次の機会があればぜひ聴きたいと思っています。バイオリンは心を波立たせる音楽を奏でます。こちらもキーワードは予感、か。

2017/09/30

「自閉症アバターの世界」

木曜日に風が変わりました。午後から北よりの強い西風が吹いて灰色の雲がかかって寒々とした光景となり、帰路は上着を着ました。寒冷前線の通過とはいえもうすぐ10月、一気に衣替えモードとなりました。今年のクールビズは9月末までです。

今週放送されたNHK-ETV「ハートネットTV」の「自閉症アバターの世界 第1夜 脳内への旅」「自閉症アバターの世界 第2夜 仮想と現実を生きる」を観て新たな文化に触れたように思いました。仮想空間「セカンドライフ」はそういえばそんなのがあったなぁというくらいの理解でしたが、近年は「人口」が減ってきた中で自閉症の人たちがそこに集い、共感し合いながら自分らしさを表現していると知ってシルバーマン著「自閉症の世界」の記述を思い出しました。ネット上でつながる自閉症の人たちです。現実の音声によるコミュニケーションと仮想空間の文字のコミュニケーションのそれぞれの微妙なちがいも興味深く思いました。英語の特性もあると思いますが、音声にしろ文字にしろ自閉症の人たちには英語の方が言葉を発するときのエネルギーが少ないのではないかと思いました。日本語と比べてのことです。英語は助詞がなく語順でニュアンスの妙を伝える場面が多いように思うからです。番組の録画はまだ1回観ただけですが学ぶことは多々あります。池上英子の著書「ハイパーワールド:共感しあう自​閉症アバターたち」(エヌティティ出版 2017)を取り寄せることにしました。

英語ということだけでなく、文化という点で番組のロケーションもセカンドライフもアメリカ以外のどこでもないという印象があります。一言ではやはり多様ということか。いろんな意味での多様さで、ベースとなるあり様はリベラルです。池上英子が社会学者であることも、そうした人文系基礎研究を行う環境があることも、また、その環境の物理的な豊かさも然りと思いました。

NHKハートネットTVサイト
池上英子サイト

今日は京都に行っていました。季節も天気もいいのにカーテンを閉め切った部屋で半日パワーポイントのスライドを見ていました。来週末の3連休も京都で缶詰めでしばらく京都通いが続きます。

2017/09/17

「私たちの音楽」

弦楽器専門店シャコンヌのカレンダーをよく見ると休日と思しきピンクのマーキングの日がどこかおかしいことに気づきました。8月にないはずの9連休があったり、9月にあるはずの3連休がなかったりで歯を磨きながら一瞬目が点になりました。よく見ると右下に「Shop Closed(休日)」とありました。このカレンダーの写真はアマティのバイオリンの表と裏、横から撮った写真3枚が白をバックに整然と並んでいて見ていると美術作品を鑑賞しているようです。ストラディバリよりやや細身でコロッとしているところは私の楽器と似ています。

そのアマティからウィーン・フィルハーモニー管弦楽団につながって、Wikipediaでこんな言葉を見つけました。ウィーン・フィルの「演奏はウィーン・スタイルであり、ウィーンの音楽センス(“私たちの音楽”)を持った指揮者でなければ指示に容易には従わない。」・・・「私たちの音楽」・・・私の中である言葉と結びつきました。“My Tribe”です。これはシルバーマン著「NeuroTribes: The legacy of autism and how to think smarter about people who think differently Kindle版」のあるレビューの見出しです。その読者はおとなになってからアスペルガー症候群と診断を受けた当事者で、この本を読んでthe Neurodiverse and Neurotypical world(神経多様性と定型発達のどちらの世界)にも有益であることに感謝の意を述べています。(要約です)見出しの「My Tribe」が表すものは、この本の表題「NeuroTribes」に少なからず我が意を得たりと通じるものがあったからでしょう。それを「My Tribe」というのは、性格でもなく嗜好でもなく、病気でも障害でもなく、自分のありのままの姿そのものということではないでしょうか。もちろんポジティブとしてです。そうしたことを考えつつ、今までの経緯を見極め、今の姿を見極め、そのうえでこれからどうしていくかについて言葉を交わしていかねばならないと考えます。その中で大切にしていきたいのは「私たちの音楽」なのです。

2017/09/04

映画とファッション

この土日は細々した用事で過ぎました。日曜日は早朝から町内一斉清掃で、その勢いで自宅の庭の草刈りをしていたら蜂に刺されました。蜂に刺されるのは小学生の時以来で胸騒ぎがしたのですぐに市内の休日診療所に行きました。大事には至らなかったのですが、概ね2週間以内にもう1度刺されると稀にアナフィラキシーショックを起こすことがあるが今年は多いので気をつけるようにと聞いてまた胸騒ぎがしました。子どもの頃、虫刺されは日常的なことでしたがいつしか弱気になっていたようでした。

土曜日は立ち寄った衣料品店で季節の移り変わりを目の当たりにしました。そういえば、ここしばらく細切れながら観た映画でもなぜかファッションに目が行きました。「ココ・アヴァン・シャネル」はココ・シャネルの審美眼が生み出す新しい時代を切り開くデザインであり、「秘密の花園」ではメアリーのえんじ色のニットの帽子のかぶり方が醸し出すエレガントかつ自立した魂を彷彿とさせる彼女の芯のあるしなやかさでした。やはり服選びと着こなしは大事とあらためて思いました。「ココ・アヴァン・シャネル」も「秘密の花園」も主人公の眼差しの強さが印象的で映画のメッセージを一層際立たせているように思いました。

2017/09/02

9月1日の空

8月末の季節の変わり目は劇的でした。前日までの蒸し暑さから打って変わって乾燥注意報が出るほどの過ごしやすさで終日エアコンのスイッチを入れることはありませんでした。仕事も前日で一区切りがついていて、9月からの新しいスタートに備えて様々思い巡らせながら準備をしていました。

9月1日、2学期のスタートはどこまでも青く広がる雲一つない青空の下、本校と分校、病棟や病室を回って始業式を執り行いました。病院に入る前にタブレットで空の写真を撮りました。病院内教室と病室でその青空の写真をタブレットで見せて「これなあに?」と聞きました。「海!」「空?」「何も写ってない!」 すごいね! どこでも正解がありました。今日の空でした。次に病院の建物も入った写真を見て子どもたちは満足そうでした。9月1日の空は雲ひとつない大きくて高くてどこまでも青い空でした。

2017/08/30

夏の終わりに思う

まだまだ暑さ厳しく夏は終わらないのですが、8月の終わりが近づくと過ぎ行く夏休みを惜しむ子どもの頃の漠然とした季節感が甦ってきます。夏休みが終わって授業が始まる9月1日は子どもの自殺が1年でいちばん多いので各方面からたくさんのメッセージが届きます。こうした社会は誰も望まなかったはずです。事は9月1日だけのことではないと思っています。いろんな子どもたちがいっしょにいておだやかな空気感に包まれる空間を生み出すことに知恵を寄せ合いたいと思う。

この土日は岐阜市で開催の日本育療学会に出席していました。初日には日本育療学会のヒストリーと周辺情報の講演もあって収穫大でした。すべての事象には必ずわけがある。経緯がある。見えてないところに核心の意味があるのだと思っています。同時に、今はなきものにも今に至る経緯が必ずあります。想像力を意識して働かせ、過去から学び、今を作り、未来があるために語り伝えたい。そのために核心を探り求めたい。

この夏にとりわけ関心を寄せたのは鯨岡峻先生の関係発達の考え方です。鯨岡先生の著書はプレミアム付きを除いてほぼ全点をそろえることができました。その全てを読み通すのは時間的に難しいので今は自分のアンテナが反応するところからあちこち啄むようにして読んでいます。鯨岡先生は関係発達の「論」に留まらず、いつか鯨岡先生ご自身が研究の対象となるように思います。

リペアショップから連絡があって革のリュックの修理が終わったとのことです。

2017/08/24

鞄の修理の話

先日、市内のスーパーに店を出しているリペアショップに革のリュックの修理の相談に行ったところ、店のなりを全身で表しているかのような店員さんがてきぱきと対応してくれて実に頼もしく、また、楽しい会話のひと時となりました。私が持ち込んだのは総革の黒のリュックで、スーツにも合うので毎日の仕事で使っていました。私の腰痛の解消はこのリュックのおかげです。ところが7月下旬にメインのファスナーを縫い付けてある下糸が1か所切れているのを発見しました。放っておくと糸がどんどんほつれていくのは時間の問題と思ってすぐに使うのを止めました。それは正解だったようで、その店員さんの説明では、今なら直線縫いも可能で安価な修理代で済むとのこと。糸は紫外線のためにやや赤っぽく変色していて色合わせを考えますということで預けてきました。縫い目は今の縫い目をひとつひとつトレースするのだとか。説明は具体的で修理の仕組みや素材についても次から次へと澱みなく話すようすはすごく楽しそうで私の頭の回転もついつい乗せられてしまうような感覚になりました。「どうしたら安く上がるかな?と考えながらぶつぶつ言ってるんですけど・・・」 提示された修理代は予想をはるかに下回るものでした。もう1点、これも総革のビジネスバッグも直してもらうことになりました。こんな店、こんな職人さんは地域の魅力化に一役買っていると思います。

10月から11月にかけて、週末の京都の宿を5泊分予約しました。予算上カプセルホテルになりましたが知人のすすめもあるおしゃれな意匠のようで楽しみです。ユースホステルやドミトリーで外国の人と過ごす時間も楽しみだったのですが、今秋の京都行は夜も自分の時間がほしいのでそれはまたの機会とすることにしました。9月に入って気がつけば年末だったということになりそうです。

2017/08/22

地域スクールにて

市の社会福祉協議会が主催する障害児の地域スクールで音楽療法のセッションをさせていただきました。13人の子どもたちのほとんどが初めてで、これもほとんどが初めてのボランティアのみなさん、そしてスタッフと、みんなで30数人でした。ほとんど初顔合わせでしたが冒頭からミュージック・ケアの空間を見事なほど共有することができて驚きました。私も子どもたちはもちろんのこと、その場のみなさん一人ひとりの眼差しや表情がつぶさに見て取れて時間が細分化されて時間が伸びたような感覚を味わっていました。不思議なひととでもありました。地域スクールの前身は障害児サマースクールで、この立ち上げにかかわったのは15年ほど前のことになります。運営の実績がこんなふうに表れるのはほどよい関係性で継続されているからでしょう。次は25日の午後です。

2017/08/20

シルバーマン著「自閉症の世界」を読む

夏休み唯一のフリーの週末でした。昨日はリフレッシュ、今日は自宅で雨読の一日でした。実り多い週末でした。

スティーブン・シルバーマン著「自閉症の世界 多様性に満ちた内面の世界」(正高信男・入口真夕子訳 講談社ブルーバックス 2017)を読んでいた時、自閉症の子どもの「治療」で「対話のレッスン中にちゃんと集中しなかった」ビリーという七歳の少年を平手でたたいている。」のところで思い出したことがありました。平成12年(2000年)、国立特別支援教育総合研究所に短期研修で赴いたとき、「叩いて自閉を治す」というような表題の本を見たように覚えています。不適切な行動を起こす直前のタイミングに子どもを平手で叩いて行動を起こさせないようにするというものです。これはいかがなものかと避けていたのですが、史実として確認しておきたいと思って情報を探してもネット上では見つけることができませんでした。方法として同じでなくても、「自閉的行動をまず消去しない限り自閉症児は学習できるようにはならない」等としてそれがアメリカで行われていたというのです。同様の「治療」は電気ショックを用いることなどにわかには信じられないことも記されていて自分の無知を責めてしまうほどです。

この本を読み進める中で何点か疑問に思ったことのひとつに、著者はDSM5に全く触れていないことがあります。DSMⅣまでの経緯は背景を含めて記述があるにもかかわらずです。DSM5のドラフトは2010年に出ているのでシルバーマンが知らないわけがありません。これをどう読み解くか。少なくともDSM5への期待ではないでしょう。では何なのか。この本の題名から著者のメッセージを推し量ってみます。

オリジナルの英語版(kindle版)の題名は「NEUROTRIBES」です。neuroとは神経の意味で、DSM5では自閉症関連は「Neurodevelopmental Disorders(神経発達症群)」にカテゴライズされています。自閉症やアスペルガー症候群はASDとされました。知的症なども含めて神経発達上に課題がある症例としたわけですが、原題のneurotribesは直訳すると「神経の種族」で、まるでDSM5に真っ向から挑戦状を突き付けているのではないかとも受け止められるネーミングと思われます。しかし、この本全体の文脈からしてあらたな診断名の提案のようなものではなく、この題はあくまでも現時点での自閉症の研究プロセスの状況を表している、つまり著者にとっても「仮題」ではないでしょうか。今後の研究に俟ちたいというメッセージだと考えます。そもそも自閉症について詳細に書いておきながらautismを表題とせず、neurotribesとネーミングした著者の意図に思いを馳せながらじっくり読みたい本です。

しかし、邦訳についてはネット上で意訳や誤訳、割愛の指摘が少なからずあって、私もなんとなく読みづらいところがあると感じていました。かといってオリジナルの英文ですらすらと読めるわけではありません。翻訳ものは意訳や誤訳、割愛に触れてなくてもそうしたことがあるものとして読むスタンスが大事です。シルバーマンの「自閉症の世界 多様性に満ちた内面の世界」はそれを承知のうえで教育に携わるみなさんに広く読んでほしいと思っています。

ちなみにkindle版の副題は「The Legacy of Autism and How to Think Smarter About People Who Think Differently」です。「legacy」という言葉は「東京2020のレガシー」等々で使われるので却って訳は難しいと感じています。

※以上、後日修正の可能性があります。

このkindle版、今朝はたしか790円でしたが昼過ぎに690円となっていて思わず購入してしまいました。私の見間違いだったのだろうか・・・ 今日は、あと、メルロ=ポンティの「知覚の現象学」も何日か迷った末にオーダーしました。両義性についてやはり原典を当たっておきたいと考えました。これも翻訳ものですがオリジナルはフランス語か・・・

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...