先週土曜日に奈良県東吉野村の明神平に登りました。東吉野村の大又駐車場をスタートして所々渡渉しながら川沿い登るルートです。ここは夜明けすぐの暗いときに初めて登ったので怖かったのですが明るい時間帯だとさほどでもなく登ることができました。どこに足を置いてどういうふうに登っていくのかという見通しが持てました。下山も同じでした。明神平は3回目ですが今回は明神平で遊ぶことが目的で檜塚まで行かないので時間も体力も余裕がありました。明神平では薄手のブルーシートを広げて空を見上げて寝転がりました。登り始めは雲が多かったのですがその頃には青空が広がっていました。真っ青な秋空にさまざまな形の真っ白い雲がきれいでした。ずっと見ていると映像で見た高高度の空の色を思い出しました。空を飛ぶ飛行機の機影も飛行機雲もはっきり見えました。登山というと頂上を目指すことが目的になりがちですがそんな滞在型とも言える登山の醍醐味を知った思いがありました。残念だったのは翌日は朝から用事があってテント泊ができなかったことでした。
2022/10/25
2022/10/10
バイクで走る時間
先週月曜日、貴重な晴れ間に仕事から帰って小一時間バイクで走りました。この前乗ったのは8月19日で実に1か月と2週間ぶりだったのでバッテリーは大丈夫かと恐る恐るスタートボタンを押しました。エンジンは何の躊躇いもなく瞬時に目覚めてすぐにあの少しばかりナーバスな息遣いのアイドリングになりました。たまらなく愛おしくなりました。山間部に通じる幹線道路でいろんな走り方をしました。ギアを落としてエンジンの回転数を上げるとアールズギアの心地よいエクゾースト音がします。バイクの振動も音も一体感もコントロール感もすべてが五感を刺激するのがわかりました。秋の日は釣瓶落としですぐ薄暮となりました。スピードメーターに目をやると液晶のオレンジ色が浮かび上がっていました。暗い中を走るのも久しぶりでした。この日はボックスを付けるまでもなかったのですがウエアのポケットにスマホと二つ折りの財布を入れるとフィルムのパトローネを付けた家のキーが入らなくなってしまいました。これでは困るとタナックスのバイク用ウエストバッグを調達することにして今日それが届きました。容量は6.3Lとのことでそこそこ入ります。身軽になることでバイクで走る時間が少しでも長くなればいい。
2022/10/09
鈴鹿の上高地
あっという間の10月到来。気温も急に下がって11月並みとか。昨日は鈴鹿の上高地という所に行ってきました。朝明渓谷キャンプ場駐車場に車を置いて山を登ること2時間半余り、初めてだったので道を探しながらの行程でした。登山道は緩やかに上がってときには下るというもので「山歩き」という言葉が相応しいものでした。私が鈴鹿の上高地を知ったのは「頂上を目指さない登山「鈴鹿の上高地」が人を惹きつけて止まない理由」というこちらの記事です。文字通り「頂上を目指さない」トレッキングコースを歩きたいと思ったわけです。昨日は気温も低く、この夏のきつかった山行(御池岳と入道ヶ岳)のきつさが嘘のように快適でした。鈴鹿の上高地は眺望はもちろんありません。清流と細い木立の緩斜面が広がるテント泊おあつらえ向きのロケーションでやや離れた所にテントが1張り見えました。午後の下山中には大きなザックを背負って登ってくる人たち7~8人とすれ違いました。知る人ぞ知るテント泊地といったところか。この秋は私もテントを背負ってぜひ訪れたいと思っています。
2022/08/26
菰野ピアノ歴史館のピアノとグリモーの「皇帝」
誰でも特別な意味をもつ曲があると思っています。私も何曲かあります。そのなかの1曲がベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」です。この曲は曲者で何かの拍子にふと思い出すとしばらく頭のなかで鳴り続けます。今回はちょっと長めで1週間超になります。そもそものきっかけは菰野ピアノ歴史館でベートーヴェン時代のグランドピアノと出会ったことにあります。そのピアノはちょうど調律の途中で調律師からベートーヴェン時代等々の説明をしていただきました。フレームは木製、ピアノ線を留めるピンは木に打ち込んであるだけというもので、音は小さく柔らかくて筐体とも弱々しく思いました。「これで「皇帝」を弾いていたのですか?」と尋ねてしまいました。それからというもの私の「皇帝」を探してやっと見つけたのはエレーヌ・グリモーの演奏でした。「皇帝」の名盤とされる演奏は知らないでもなかったのですが、今の私が求めるものとはちょっとちがうと思っていました。エレーヌ・グリモーの演奏はウラディーミル・ユロフスキ指揮ドレスデン国立管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)です。グリモーのピアノがとにかく力強くダイナミックでCDの帯にあるようにこの曲の「野性的」な面を押し出しています。テンポも音もグリモーが自分で作りだしているような自由さが感じられます。とにかく明晰さが感じられます。面白い。音響的というか物理的な抜き出し感もある。オーケストラも同じベクトルで走る。ベートーヴェンもこんな演奏を思い描きながら作曲したのではないだろうかとさえ考えてしまいます。菰野ピアノ歴史館のベートーヴェン時代のピアノでは絶対に聴けないし今の私は聴きたくもありません。グリモーの「皇帝」をベートーヴェンの墓前で大音響で流したいと思う。
「皇帝」についてはかつてこのブログで取り上げています。2009年3月なので13年前の記事です。一部をコピペします。
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「河上徹太郎のベートーヴェン」
NHKのドラマ「白州次郎」第2回に河上徹太郎が登場します。東京の空襲で焼けだされた河上徹太郎が鶴川の白州邸に居候しているとき、彼がおもちゃのピアノでベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章のラスト2小節から第3楽章の冒頭を弾いて白州次郎の家族が聴き入るシーンがあります。こういうシーンに私はめっぽう弱い。至高の芸術は何が大切なのかを教えてくれる。太平洋戦争末期、おもちゃのピアノのベートーヴェンに農作業の手を止めて聴き入る白州次郎と正子、大根を洗う子どもたちの笑顔はひとときの輝きと戦争の愚かさを同時に表しているように思います。逆境のときふれる至高の芸術は何ものにも換え難い支えだ。白州邸の縁側に寝そべって「ピアノが弾きてえ」と右手の指を腹の上で鍵盤をなぞるように動かすシーンも「わかるわかる」とうなずいてしまいました。これこそフィクションだと思いますが許そうというものです。ただ、河上徹太郎がピアノ弾きであったことだけは事実と思いたい。
(中略)
この曲で忘れられないのは市民オーケストラの練習での出来事です。ピアニストが冒頭のカデンツ風のパッセージに続くEフラットの和音をフォルテッシモで鳴らしたとき、そのピアノの調律のずれが目に見えるほどの鮮明さでわかったのです。それは唖然とするほどで、私はプロのピアニストの技量に驚くばかりでした。「皇帝」を聴くたびに思い出す出来事です。
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ところで菰野ピアノ歴史館は古いピアノを集めて修復して演奏可能となってものを展示して1コインをプラスすれば弾くこともできます。古い楽器はいろんなところで見る機会がありましたが手を触れたり音を出したりすることができる状態で見るのは初めてでした。また、修復中や修復を待つピアノがあるバックヤードも見せていただきました。どちらかというと修復前のピアノの方がメッセージをたくさん発しているようでした。「このほこりは200年前のロンドンのほこりかもしれません」という調律師の説明は耳から離れません。いつかほこりがかかったままで写真に撮りたいと思いました。
2022/08/16
登山靴の話
先日、県境の山でテント泊をしてきました。荷物はそれなりの重さでしたが折からの睡眠不足なのか熱中症なのかすぐに息が上がって休み休みの山行となってしまいました。途中から常に意識がはっきりしないというのかけっこう堪えました。それでも歩けるし登れるというのは一体どういうことかとかえって不思議ですらありました。初めて使った60+10の大型のリュックは荷物を詰めるとフィッティングが難しくて背面長を何度か変えながらテント場を目指しました。夕食はおにぎりは喉を通らず、カップスープとゼリー、しばらくして素焼きアーモンドを食べました。しばらく眠ると体調が戻って外に出ると空もガスはほとんどなくなって満月と星、遠くの街の光が美しい夜になっていました。翌日の下山は沢伝いのルートで距離は短かったものの今から思い返すと足場が悪くかなり危険なルートでした。行程をかいつまんで書きましたが今回の山行のいちばんの出来事は登山靴の金具が1個外れたことでした。帰宅して靴を洗ってオイルを塗り込んでいたときにちょうど中央の位置にある金具が飛び出していて触れたらぽろりと抜け落ちたのです。よくぞ山で外れなかったものです。
この登山靴は本格的なものとしては2足目です。1枚のヌバックレザーで作られていて履き込むほどに足にフィットしてきます。春夏秋のスリーシーズンはもちろん積雪が少ない冬山もウールのソックスとアイゼンを使うことでカバーすることができます。地形を問わないオールマイティさが心強いし、何よりもこの靴に足を入れてシューレ―スをしっかり締めるとそれだけで全身の姿勢がビシッと決まって心もちも登山モードに切り替わるのです。それだけに金具がぽろりと外れたのはショックでしたが他の靴は考えられず、今日、修理に出しに行ったときに同じモデルをもう1足調達してきました。ちょうどモデルの切り替わり時期でアウトレット価格だったのはラッキーでした。明日からリフレッシュ休暇に入るのでじっくりオイルを塗り込みたいと思っています。ちなみに留め金の修理は6週間を要するとのことで戻ってくるのは9月末になります。
2022/07/13
バレエピアノ
先日、YouTubeMusicで偶然バレエ「ジゼル」の第1幕のバリエーションを聴いてはっとしました。ピアノの音は長年弾かれたアップライトピアノのくたびれ感いっぱいでもう調律しようがなく微妙に崩れたピッチのミルフィーユというあの感じでした。これはなんだろうと思いました。でも、魅力的なのです。映画「リトル・ダンサー」でボクシング教室と同じフロアで練習するバレエ教室で風体の上がらない中年のピアノ弾きがタバコを吸いながら奏でるあの感じです。かつて、ずっと前、体操の床だったか新体操では生のピアノが弾かれていたように思います。マイクが拾って拡声された音はもうピアノの音とは言えないものでしたが不思議に私は惹かれました。その感覚がよみがえったこともあってかYouTubeMusicの「ジゼル」の第一幕のバリエーションを聴き入ってしまいました。地方の街のバレエ教室然としたピアノはどこかノスタルジックでさえあります。
ところがピアノ音楽として十二分に聴き込めるバレエピアノ(というジャンルがあるようです)に出会って驚きました。ウィーン国立バレエ専属ピアニストの滝澤志野のピアノです。「ヌレエフ版『ライモンダ』のグランドフィナーレで、パ・ド・ドゥから全員のユニゾンになるアポテオーズです。」と説明のある動画のピアノは繰り返し聴いてしまいます。時々浴びるように音楽を聴きたいと思うのですが自分が求めている浴び方がこれまでとはちがうことがわかってきました。音楽に包まれているような感覚でしょうか。奥行が感じられるとも言えるでしょうか。
バレエピアノはオーケストラ譜をピアノで弾くのできっとピアニストによって演奏はちがうのでしょう。もともとオーケストラのために書かれた楽曲です。たくさんの楽器それぞれの音色と10本の指では奏でられない作り込みがある。オーケストラの壮大を求めるのではない。バレエピアノはその“再現”のためにパートの“渡り”によって音楽が織物のように織り込まれるのでしょう。
2022/06/10
雨上がりのブランコと子どもたち
この4月から大学教員となって附属学校園の支援室に勤務しています。私の部屋は附属小学校と運動場に間にあって子どもたちに囲まれながらの毎日です。臨床哲学者の鷲田清一氏は大阪大学総長だったとき総長室の真下に保育園を設置したと氏の講演で聞きました。大学は子どもたちの声が響いていることが大切だとも。平成20年、小児がん支援の団体が主催する講演会でした。それから14年、時々思い出していた鷲田氏の言葉の真意を身をもって知るところとなっています。
今月はじめの雨上がりの日、附属小学校の運動場はまだ乾いてなくてやわらかく、ブランコの下の掘れたところは泥水が溜まっていました。20分休みに運動場に出た子どもはまばらでした。3年生くらいの男の子がひとり、ブランコの下の水たまりに靴をわざとふれるようにして水しぶきを上げて漕いでいました。それを3人の女の子が前から見ていました。男の子はギャラリーがいるのでサービスしようと思ったのか次第に水たまりに深く靴を入れてさらに大きな水しぶきを上げて勢いをつけて漕ぎだしました。女の子たちは2~3歩下がりましたがまた近づきました。もちろん子どもたちがどんなことをしゃべっていたのか、また、その表情もわかりませんでしたが男の子も女の子たちも夢中になっているようすでした。チャイムが鳴ると男の子は泥水の中に降りて水びたしになった靴を気にしながら歩きだし、女の子たちも何事もなかったかのように校舎に続く階段に向かって走っていきました。
子どもたちの行動のほとんどはおとなが考えるような目的や意味を持ってはいないと思うことがあります。そう身体が動いてしまうのだと思います。それは「自発性」と呼ぶということすら思いつかないほどのものかもしれません。でも、前述のブランコを巡る光景は私の目をくぎ付けにしてしまいました。その行動に意味はないのでしょうか。目的も意味もなく子どもたちは過ごしているのでしょうか。
私の目をくぎ付けにしたのはブランコを中心とした目に見えない糸、伸び縮み自在な糸に互いに結ばれているかのような、でも、決して結ばれてはおらず引力のような何かによってそこに寄せられているような子どもたちの姿でした。子どもたちは一見バラバラで勝手に動いているように見えてどこか絶妙な距離感を保っているようでもあり、きっと、何か合理性のようなものがあるのかもしれない。女の子たちはただびっくりして見ているのかもしれないし男の子が靴をびっしょり濡らしてしまってどうするのだろうと心配しているのかもしれない。男の子はどうしてひとりでブランコに乗っているのだろう。見てくれる子たちがいてちょっといい気分かな。チャイムで終わっていなければいつまでも続き、私もまた見続けたであろう光景でしたが、チャイムが鳴らなかったとしても子どもたちは何ら予感させることなく次に夢中になるものを始めていたことでしょう。例えばちょっと走るとか、それこそ何でもない何かに。
あの日のあの光景の意味を求めることはそれこそあまり意味があるとは思えませんが、その光景が示唆する子どもたちの経験にはおとなが思いもよらない大きな何かがあったのではないかと考えています。それを「学び」や「成長」ましてや「発達」といった言葉で何かがわかったように片づけるのではなく、何度も子どもたちの姿を思い返し、思いを巡らして、言葉を尽くして、現象学でいうところの「経験構造を描き出す」営みに身を置くことの何と地平がひらかれていることかと思います。あまりに壮大で簡単なことではありません。先達たちの考え方に助けを求めることもめずらしくはない。それでもその一部しか言語化できないかもしれない。しかし、保育や教育に携わる先生たちはそのことの大切さをたとえ薄っすらであっても経験として知っている。簡単に答えが出るわけではないけれどもそこに身を置き留まって考え続けることを気づかい、心をくだくことこそ子どもを知るかけがえのない道筋だと考えます。
2022/05/05
Xperia 10 III Lite
昨日、自社回線最後発の携帯事業のキャンペーン期間中に手続きをして1年余そのままだったプランをやっと開通させました。手持ちの端末が対応しているかどうか怪しかったのですが液晶画面が全体黄色っぽくなる不具合が出るようになってきたのでそのキャリア専用の端末を購入して乗り換えたわけです。MVNOと一見同じブランドなのにMNP扱いで、1年余前に届いたSIMカードを再発行の手続きをしたMNPナンバーを使って自分で開通するという経験をしました。これまで店頭で物々しく手続きされてきたのはこんなに簡単だったのかとこれは驚きでした。
新しい端末=スマートフォンは「lite」とあって「light」ではないのですが「軽い」という意味合いのようで、実際、端末が届いたときはこれまでのものから二回りくらい小さかったのでこんなはずではなかったと思いました。当然ながら字(フォント)が小さいのです。使っていけるのだろうかと一抹の不安がよぎりました。ところが、いろいろ設定していくうちに軽いので手や腕に負担が少ないことがわかってきました。また、縦に細長いので画面のキーボードの端から端まで指が楽に届きます。解像度はFHDですが小さい字もくっきりしていて視認性はすこぶる良い。また、スクロールが高級万年筆のような“ぬらぬら”で生理的に馴染む感覚があります。そして、自社回線だとデータ通信が速いのか表示を待つストレスがかなり減りました。地方都市だと縁がありませんが5Gにも対応しています。まだ使い始めて1日ですが身体に馴染みます。大きなスマホのメリットは使ってわかっていますがしばらくこの“軽さ”を愉しみたいと思っています。一点、懸念しているのはROMが64GBということで256GBのmicrosdカードを使うことにしました。ポケットに入れても“重い”感じはなく軽快です。
私がスマートフォンを使い始めたのは2009年リリースのiPhone 3GSで、当時は「どうしてそんなものを」と懐疑的に見られていました。それから13年、NTTdocomo誕生の1992年からちょうど30年の歴史で最大のエポックは料金の値下げではなかったのかと思っています。携帯料金の高さが若者の他の消費意欲を削いで経済全般が沈む原因のひとつになったのではなかったのかと考えています。契約時の「オプション」の抱き合わせ商法も罪深い。「これはすぐ解約してください」と販売員が説明することの何という不条理か。その解約はウェブ上で手続きをするので簡単ではなく、それができない人は少なくないと思われる。生活困難な人たちが情報と職と収入を得るために支出を切り詰めて携帯をもつことは残酷ですらある。iPhone 3GSのように小さく軽いXperia 10 III Liteをジーンズのポケットに入れていろんな風景のなかを歩きたいと思うのです。
2022/03/12
キエフ・バレエの「白鳥の湖」
ロシアの侵攻前から私のインスタグラムのアカウントにキエフ・バレエのバレリーナから時々「いいね」をいただいていてウクライナの状況は他人事ではなくなっています。ほどなく、キエフ・バレエがYouTubeで公演を公開するということを知りました。そしてキエフ・バレエの「白鳥の湖」を繰り返し観ることになりました。
その動画から伺えることは、イギリスのロイヤルバレエやニューヨークバレエのような“洗練”ではなくバレエの原風景を伝える芸術性と考えています。
小澤征爾指揮の「白鳥の湖」は楽曲としての醍醐味があってそれはそれは堪能していますが、ふと、これでほんとに踊れるのだろうかと思ったことがあります。
シャルル・デュトワ指揮の「白鳥の湖」はフランスのエッセンスあふれる華やかな演奏でバレエの舞台が彷彿とします。
一方、キエフ・バレエの「白鳥の湖」はそうした“洗練”はあまり伝わってきません。肯定のスタンスでの捉えです。オーケストラの音色は録音のせいかも知れませんが今風の“縦の線”がそろった切れ味鋭い演奏ではないように思います。ゆるさが伝わってきます。バレエの踊りに合わせよう、踊りやすくしようという、そんな気遣いがあるようです。なんだかゆったりしている。バレエ自体もそうです。細かなところが詰め切れていないのではないかと素人目にも映ります。でも、でも、なのです。バレエの歴史と神髄というとても大切な文脈を守り通し伝えているウクライナの芸術文化の核心がそこにはあるのではないかと考えます。荒い言い方ですが土着的な魅力があるように思います。
ロシアの侵攻を機にその公演の動画をYouTubeに公開したことの切羽詰まったウクライナ国民の願いが伝わります。もうひとつの“洗練”であり、失われてはならない文化の継承であり、人間存在の証の現れでもあると思います。力強さがあります。
「客席の子どもの声はカットしたら!?」等々、録音も“洗練”から距離がありますが、客席のそうしたおおらかな“雑音”も愛おしく思うのです。こうした芸術と国民一人ひとりの日常をプーチンは破壊している。失われつつあると危惧される存在の一つひとつに思いを馳せます。
帝政ロシア末期、なぜこのような芸術が社会的にも風土的にも厳しいかの地に生まれたのか。社会史ではなく心性史の観点からどう捉えられているのか、関心があります。
ちなみに、この「白鳥の湖」はテロップが入って物語がわかりやすいです。
2022/02/12
ですます調という文体
いわゆる博論本で「ですます調」書かれた本があります。他にはちょっとない文体です。「ですます調」だと読みやすい、つまり、理解しやすいかというとそうくことではなく、本、著者が語りかけてくるようで興味深く読みました。かくいう私もこのブログは20年以上「ですます調」を基調に書いています。「ですます調」で書くときと「である調」でかくときと何がちがうのでしょうか。私は単に印象に留まらず内容やときとして文脈が異なることもあり得ると考えています。
先日、ある教育実践の事後研修会の講評と助言を仰せつかって資料を用意することがありました。その過程で自分にしっくりくる体裁として、パワーポイントの資料は「である調」で書き、子どもたちの様子を現象学的に分析した文章資料は「ですます調」で書くことになりました。前者はかちっとした仕上がりで、後者は語りかけ調でソフトタッチですがわかりやすさという点では引用も含めてわかりにくさがありました。でも、文体で書き分けたことは今のところ間違っていなかったのではないかと思っています。「である調」では記述が難しいことが「ですます調」ではなんとか言語化できそうと思って書き綴る感じです。もちろん、現象学的分析においてもそのほとんどが「である調」で記述されているので「ですます調」はごく少数派です。
そんなとき、ハイデッガー著『存在と時間』の翻訳をさらに調べていくと、なんと、「ですます調」で訳されたものがあることがわかりました。岩波文庫の「旧訳」です。先の引用部分はこのように訳されています。
情態性は少しも反省されていないので、むしろ情態性は現存性をばまさに、配慮された「世界」へと無反省に譲り渡し引き渡されているさなかに襲うのです。気分が襲うのです。気分は「外」からくるものでもなく、世界・内・存在の仕方として、この存在そのものから立ち昇ってくるのです。(ハイデガー著、桑木務訳『存在と時間(中)』 岩波文庫 1961)
「ですます調」もさることながら「をば」という言葉に目が点になりました。口語体というのかカジュアル調というのか、この訳を紹介したブログには「講演調」とあり、「ハイデッガーがしゃべるのである」などとありました。桑木務訳は古本しか入手できませんがしばらくその文体に浸っていきたいと思わせる魅力があります。対面で誰かに話しかけているような、対話しているような、でも、ぶつぶつと独り言を言っているようでもあります。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
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Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...