■ミュージック・ケアの総合研修に行ってきました。全5回中の第1回目です。講師は日本ミュージック・ケア協会認定指導者で私にとって初めての先生でした。8月の全国セミナーでヨーグルトのカップで作った楽器で不思議な音空間を体験させてくれました。同じミュージック・ケアでもセラピストによって雰囲気がちがいます。認定指導者ともなると持ち味十分ですね。
■ミュージック・ケアの研修は曲の使い方を覚えるだけでなく、ひとつひとつの曲を自分のものにするための場です。「音楽療法は療法士の数だけある」「音楽療法士になるための道は自己形成の道でもある」という言葉が研修のシステムに位置づけられているわけです。ハードですが楽しみな研修です。
■大阪には車で2時間でした。ずっと「おかあさんといっしょ」をきいていました。『ゆめ ゆき あめ』と『にじのいろとおほしさま』、『ちいさなおふね』ばかりきいていた。『にじのいろとおほしさま』では電子ピアノ、ローズの音が聞こえます。それがなんともノスタルジックでいい。『ちいさなおふね』はキーボードのバッキンブとアドリブっぽいフレーズがいい。堪能しましたが、帰りは高速道路を使わなかったので4時間余かかって往復6時間、それでも時間が足りないくらいでした。
■久しぶりにモノクロ・フィルムの現像をしました。腕は落ちている。フィルムの巻きむらがあって1コマ失敗しました。夏場はやはり現像液の温度管理が難しく今日は現像液が22度前後で現像が進むものと判断して、プレスト400をミクロファイン1:1希釈で9分ジャストで現像しました。大きな破綻もなく仕上がりました。モノクロは暗室で焼き付けをしたいのですがその設備はなく、フィルム・スキャナとパソコン、インクジェッタ・プリンタでプリントします。
■この頃デジタルカメラで撮った写真をパソコンで加工することが煩わしくなってきました。FUJIFILMのコンシューマー・モデルFinePix4700zで撮った写真がFUJIFILMのスーパー・デジタル・プリントで驚くほどのクオリティで仕上がってくると、パソコンでの加工は一体何なのだろうと考えてしまいます。銀塩はフィルムを意図的に使い分けて仕上がりにつなげていきます。デジタルはRAWデータで記録してシャッターを切るそのときまでさかのぼって画像を操作できます。デジタルの方が融通が利くわけ。だけど、jpegでさえコンシューマーが1枚1枚加工するなどちょっと考えられない。それなら銀塩フィルムの個性化、差別化と同じような加工システムをカメラに組み込む方が仕上がりのクオリティから見ても現実的な対応です。このベクトルを当初から明確にしてきたのがFUJIFILMの路線です。カメラでかなり加工してしまうからパソコンで加工すると色調もコントラストもシャープネスも破綻をきたしてしまう。だけどカメラでの加工がかなり高い次元での魅せる写真を提供しれくれるから加工の必要をそれほど感じさせない。FUJIFILMの卓見はその尺度として肌の表現性をとっている点です。FUJIFILMのFinePixの肌の表現のクオリティを見ると文句のつけようがない。納得してしまう。もちろんこれは人によってちがうわけですが、この頃の雑誌はFinePixの肌の表現性を高く評価するようになってきているように思っています。フィルムメーカーとして蓄積してきたノウハウの凄さを思う。S2proがニコン・マウントなのが残念ですが、FinePixの肌の表現が手に入るなら別システムを組んでもいいと思うほどです。1200万画素はダテじゃない!
■贔屓にしてきた近所のミニ・ラボがとうとうデジタルシステムになってしまいました。銀塩フィルムがこのシステムで処理されてしまうとデジカメ以下のクオリティになってしまうように思います。残念!
■先週、知人からバジルの苗というか引っこ抜いたバジルをもらって自宅の庭に植えました。今頃植えてどうなるものかと思いますが、来年は庭中バジルになってほしい!
2002/10/07
忙しい連休!
2002/09/27
鈴の音がする宅急便
■このところアクセス・カウンターの数字がどんどん上がっているので更新が滞っているのを申し訳なく思っています。書きたいことはたくさんあって何度か書き始めてはいるものの、時間がなくて途中で「memo」フォルダに保存しています。MPVがガス欠で止まって冷や汗をかいたこと、新聞の切り抜きをしていてニューヨークのテロの追悼にモーツァルトの『レクイエム』が世界を駆け巡ることを知って思ったこと、アメリカのニューヨークのテロを撮ったフォトグラファーのこと、勤務先の養護学校の運動会に使う準備体操と整理体操の音楽をシンセサイザーの打ち込みで作ったときのこと、トマトソースを作ったけどオリーブオイルが足りなくてあの黄金のつぶつぶが冴えなかったこと、NHKの「にんげんドキュメント」で痴呆のお年寄りが現代アートと出会って生き生きした笑顔を取り戻したと知ってあらためて現代アートのパワーを思ったこと、発達に遅れのある子どもにとっての写真やビデオの価値、モノクロフィルムの現像液を作ったこと…いろいろあります。
■昨夜、鈴の音がする宅急便が届きました。(宅急便というからにはヤマト運輸です。)鈴の音がする宅急便なんてちょっと楽しい。中身は来月から始まる音楽療法ミュージック・ケアの総合研修の教材です。宅急便の中には、CD4枚、テキスト、楽譜、バチ、鈴、レジュメなどが入っていました。10月から12月にかけて、隔週の日曜日毎、大阪に通います。いつかはきちんと勉強したいと思っていた研修が始まります。楽しみですが身が引き締まる思いです。
2002/09/01
草刈りとピアノ…
■畑の草刈りをしました。草刈り機なら楽なものさと考えていたらとんでもないことになった。春前から放ってあるので背丈を越える草が一面に生えていて茎の根元はなんと3~4センチもある。もう草とは呼べない。木だ。かん高い金属音がして草が倒れる。椎間板ヘルニアの患部が疼く。フラフラになりかけたとき大きなハチの巣を落としてしまってハチの群れに追いかけられる。それでも休憩のときのなんと気持ちよかったことか。風が心地いい。2時間かかってやっと終わったら汗だくで腹ペコ! 体重はついに60キロ…5月のピークから8キロもやせてしまった。
■畑の帰りに書店に寄って久しぶりに『キーボード・マガジン』を手にしました。キーボード・トレーニングや音にこだわるエピソードを読んでいるとまたぞろピアノ心が…88鍵のキーボードが欲しい! タッチにこだわりたい! なに? B2000の下取りは○○○○○…もう、いても立ってもいられなくなってきました。今日、実家でピアノを弾いて、やっぱりアコピはいいなぁとしみじみ思ったばかりなので尚更です。
■実家のピアノは35年も前のものです。その音のなんと懐かしいことか。子どもの頃はあまり好きでなかったピアノですが、その音がいつしか私の何かを育んできたことに気づきました。父はピアノの選定をしませんでした。でも、その音は父の想いを伝えてきたように思えてならないのです。楽器は本来個性的なものです。楽器と弾き手と聴き手の数だけ音楽がある、そういってもいいでしょう。もちろんフルコンサートはいい。でも、どうしてフルコンなのだろう。音楽はフルコンでないと表現できないものなのか。音楽はコンサート・ホールで聴かないと「本物」ではないのか。コンサートもいい。だけど、音楽と人との出会いはもっともっと個別性があっていいと思います。
■夜、小曽根真のピアノをテレビできいた。自分もがんばろうと思った。
2002/08/31
ポコ・ア・ポコ・サマーセッションを終えて
■残暑は厳しいものの空はすっかり秋の色となりましたね。今日で8月が終わります。ポコ・ア・ポコ・サマーセッションも昨日で終わりました。
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションは見切り発車の部分が多かったのですが、たくさんの人に助けていただいてなんとか予定の17回と地域のサークルでの1回の計18回のセッションを終えることができました。会場を提供していただいた松阪福祉会館と橋西地区民センター、お子さんを参加させてくださったみなさん、応援に来ていただいた方々、バルーンなどを貸していただいた勤務校、みなさまに感謝しています。
■今回、計画から会場の確保、保護者への説明、機材の準備、セッションの進行などマネージメントをひとりでしてみて、地域でひとりでやっていくことの荷の重さを実感しました。自分に何が足りないかを痛感し、同時にいろんな勉強にもなりました。学校という組織では「先生」としてやっているかも知れない。だけど、裸一貫、障害児教育のプロとしてのお前の実力はどうなんだと問われると何があるのか。学校の先生でなくなっても頼りにしてもらえるのか。「養護学校のセンター化」にはまだまだ時間がかかるでしょう。こんなふうに地域でひとりでやっていくことはないかも知れない。でも、確かな自分を感じながら仕事をしたい…誰だってそう思ってますよね。
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションで使った曲は、ミュージック・ケア(加賀谷式集団音楽療法)の曲、大滝昌之先生の曲、童謡などです。どの曲もそのときの状況に応じて使うことの見極めが大事であることを痛感。さらに、曲を熟知していること。子どものようすに応じてアーティキュレーションを自在に変化させること。でも、いちばん大事なのはその日そのときの子どもたちの文脈をしっかり読み、読み続けること。セラピストがセッションの空間のすべてを常に感じていること。それがあって初めて曲も生き、子どもたちとのやりとりができることになる。そして、状況にもよるが、言葉がけは最小限にして音楽そのもので子どもたちとやりとりすること。子どもを積極的に評価し、セッションのねらいや活動について、ヒューマニズムに立脚した上で理論的に説明して保護者と話し合いができること。もちろん発達と音楽についての知識は幅広く深くもって応用がきかなければならない。具体的にはいろいろあるがまとめるとそういうところか…。
■楽器はヤマハのEOS B2000にテヌートペダルを付けて使用。タッチは物足りないがサンプリングのピアノの音はたいへんきれいで深みもあり、セッション全体の落ち着いた雰囲気作りに大きく役立ったと考えています。しかし、弾いて歌いながら子どもたちひとりひとりに近づけないのはどうしようもなく、ひとりでセッションをするには大滝先生のようにエレキギターの必要性を痛感しました。そうそう、ピアノならやっぱりグランド・ピアノがいちばん。テクニックは必要だけどね。
■秋は私自身のスキルアップのための勉強が続くのでセッションはしばらくお休みとなりますが、音楽療法を志すみなさんとの勉強会はもちたいと考えています。
■今夜のNHK-BSの深夜放送でフレディー・マーキュリーとクィーンの特集番組があります。つい先日は『ボヘミアン・ラプソディー』の特集番組が再放送されたばかり。どうして今頃F・マーキュリーなのだろうと思いながらも録画予約しておこう!
2002/08/09
ポコ・ア・ポコ・サマーセッションをして思うこと
■金曜日、週末! ポコ・ア・ポコ・サマーセッションも土日は休みでほっと一息です。プログラムはある程度決めているといってもその日の子どもたちのようすによってその場その場でプログラムを組み立てながら進めています。始まりの曲もいつも同じ曲でいいというものではありませんね。楽しくしているつもりでも緊張の連続です。セッションが終わってからもいろいろ考えることが多い。はじめの1週間は風呂に入ってバタンと寝てしまうくらいでした。でもやってよかったとしみじみ感じるこの頃です。
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションには日によって1人~6人のお子さんが来てくれています。ニーズに合わせて個人セッションとグループセッションを組み合わせています。内容も音楽ばかりでなく、個人セッションの時間には体の緩めや「ことば・かず」に音楽をプラスさせたりと、その子のニーズに合わせてゆるやかな枠組みで行っています。時間も子どもに合わせてしているのでこちらも気持ちに余裕があって、子どもたちも落ち着いていい表情を見せてくれることが多くなってきています。「自分が変わらなければ子どもも変わらない」ということでしょう。この夏は私にとってターニングポイントになるかも知れません…どの方向に向かうのだろう…
■ポコ・ア・ポコ・サマーセッションをしていると今までの自分のすべてが試されているのだと感じることがよくあります。子どもの見方や音楽の使い方など今までの知識と経験を総動員して、さらに子どもの文脈を読んで子どもとともに自分が変わらなくては子どもにプラスになる音楽療法のセッションはできないと考えます。ポコ・ア・ポコ・サマーセッションは半分近くが終わって、私自身、ピアノの弾き方や歌い方がずいぶん変わってきたと思っています。今日はしばらく会ってなかった重度の男の子と短いながらもふたりだけの時間をもつことができました。私がピアノを弾いて歌って、そして、彼が目で何かしら語ってくれたのは私の勝手な思い込みではなかったと思う。
■8月3日から5日の3日間、石川県で開催された日本ミュージック・ケア協会のミュージック・ケア第6回全国セミナーに行ってきました。宮本啓子先生の理論と実技は明快でとても気持ちがいい。参加者の意識も高い。情報量も膨大で頭がフル回転しても追いつかない状態でした。
■このセミナーで浜崎あゆみのバックダンサーをしていた人からフェイクダンスを少し教えてもらいました。彼はフェイクダンスと障害がある人のリハビリを結びつけたいとミュージック・ケアを志したとのことです。鍛えられた体、迷いのない動き、細部まできちんと決まる各部位、音楽との絶妙のタイミング…彼の動きに目を奪われていました。元XjapanのToshiさんのコンサートもあって知らない世界を知った次第です。
2002/07/21
背中の妊娠線
■先週、勤務先で腰痛検査がありました。椎間板ヘルニアがうずうずしているのでていねいに診てもらって、上半身はだかでベッドにうつ伏せになったらドクターが「最近、やせましたね」と言うではありませんか。びっくりして「わかりますか」とたずねると「妊娠線みたいなのがある」と言いながら背中のウエストあたりを指で何回かなぞるのです。背中の妊娠線というわけ。5月25日を最後に酒を飲まなくなって2か月近く、体重は6キロから7キロ減となりました。ジーパンは2サイズダウンだからウエストは6センチ細くなっています。体は軽いし体調もいい! スーパーの肉売り場で600グラム台のパックの肉を見ると、これを10個も身につけていたのかと自分でも感心することしきり。大した決心もなく酒を飲まなくなったのでまた飲むだろうと思いつつ2か月も飲まないでいます。ここのところ忙しくて酒を飲む時間というか気持ちのゆとりもないとえばそれがいちばんの理由かな…。
■ただやせるだけだと筋肉も落ちるのでそのへんは気をつけて毎日ウエイトをしています。そして、今日は45分間ジョギングをしました。パルスメーターの電池が切れていたので勘で走って、走り終わったときが120~130ですからバッチリです。ランナーズハイになってこれからというときに左膝の古傷が疼いて、無理をせずに止めました。炎天下のジョギングも水分の補給に気をつけていれば心身ともに爽快! やっぱりこの感覚は失いたくない!
■音楽療法のセッション「ポコちゃん」のことはずっと頭にあって、あれもこれもと準備物のリストが目に見えるほど。明日は1日出張で、夕方から機材を車に積み込む予定です。今回、日が迫ってからも読み直している本が何冊かあります。二俣泉の『音楽療法の設計図』(1999 春秋社)と『チャレンジ音楽療法士2002』(2001 音楽之友社)などです。後者は音楽療法の現場から多数の関係者が執筆していて最新の情報がつまっているのでその臨場感はビンビンと迫ってきます。そして、クライエント理解がすべての大前提であるという、ごく当たり前のことが今いちばん私の心をとらえています。(音楽療法関係の資料は少しずつアップしていきたいと考えています。)
■明日も暑いだろうな…
2002/07/07
『この星のぬくもり』を読み直す
■いつの間にか7月、気まぐれな梅雨空を見ているだけで日が過ぎてしまったみたいだけど、あれこれ考えることが多くてふと空を見上げると梅雨空ばかりという具合。それでも先週は屋外のプールに入って少し日焼けをしました。
■そう、シーズン到来!といってもトライアスロンは休止中のはずですが、水着を見に行ってレースウエアが目に入ったら胸騒ぎが…ところがウエアを試着して愕然としました。1か月で5キロの体重減とレースに出ていた頃の体重に戻ってものの、レースウエアを着ると脚も腕も細くなって尻と胸は小さくなって肌も張りがない姿が鏡に映る。こんなはずではないと見直してもこれが現実の姿。またあの頃の体に戻れるのだろうか…。ダンベルでウエイトはしていますが効果はいまひとつ。またスポーツクラブに行くことを考えています。
■メイコ・イワモト著『Everyday Tomato』(ニューズ出版 2002)を見つけて買いました。どのページもトマトがいっぱいでトマト料理のレシピが96品。寿司にもトマトを使うなどイタリア料理にこだわらずトマトを使っています。とにかく写真がきれいなので見ているだけで楽しい。それにしても料理用のフレッシュトマトはこのあたりでは買えないのだろうか。見たことがありません。
■「おかあさんといっしょ」でときどき耳にする歌で気づいたときはいつも曲名がわからないまま終わって、そうですね、もう10年も気になっている歌の題名が先月わかりました。知り合いの小学校1年生のお子さんが教えてくれました。そして、昨日、仕事で使う映像を探していて、9年前に録画した「おかあさんといっしょ」のビデオにその歌を発見! 『あしたはだれに会えるかな』(織田ゆり子作詞、上柴はじめ作曲)です。1コーラスだけの歌でもとは他の学校教育番組のために書かれた歌とのことです。題名のとおり、人との新しい出会いが子どもの世界を広げていくという詞で、詞だけでなく曲も自然な広がり感がある展開です。楽譜もないので採譜することになります。そのテープではあゆみおねえさんが歌っています。神崎ゆう子さんから替わったばかりの頃ですごくフレッシュな感じです。
■MPVのカーナビのコードがダッシュボードの前を這っていてどうも気になっていたのを直しました。運転席側にコードを回してハンドルのパネルの下にもぐらせただけですが、店で取り付たときどうしてそうしてくれなかったのだろうと不満があります。プロならもっとこだわりをもってきれいに仕上げるべきだと思う。
■プロといえば仕事の話を少々。この頃よく考えていることのひとつです。
■またまた曽根富美子著のコミック『この星のぬくもり~自閉症児の見つめる世界~』(ベネッセ 1997)を読み直しました。このコミックは自閉症スペクトラム障害の森口奈緒美さんの著書が原案となっている実話と考えていいようです。「ひらめ」という療育所の先生が登場します。森口さんはお母さんよりも先に年配の頭の禿げたひらめに慣れました。彼はまず森口さんをあるがままに受け止めて望ましい発達への支援をしていきました。森口さんは小学校高学年になってもクラスメイトは動く黒い影と認識されていたとのこと。自閉症スペクトラム障害の感覚入力の偏りを示すエピソードとして驚くほかありません。そのような認識の仕方をする子どもの理解は容易ではありませんが、コミックだとその不思議な世界がストレートに伝わってくるように思えます。この本は自閉症スペクトラム障害の子どもの親御さんにも薦めています。自分の子どもがそのような認識をしているのかも知れないと驚き、また、感動されています。私の目標はひらめです。子どもを理解してQOL(Quority Of Life)を高めていくための適切な支援をデザインしていくのが私の仕事!
■『この星のぬくもり』といえば今日は七夕ですね。PATHも星を見つめて夢を語り合うことから支援を考えていく考え方です。「まず夢を語ろう。夢みたいなもの大事。PATH(Planning Alternative Tomorrow with Hope「パス」)という考え方。PATHとは夢を絶えず持ちながらなんとかしていこうとグループで考えること。みんなで夢を語っている。かなうかも知れないがかなわないかも知れない。北極星は見えているけど手が届かない。誰が、何がいいとか悪いとかじゃない。『1.夢に触れること-北極星。2.ゴールを感じること。3.いまに根ざすこと。4.参加する人を明らかにすること。5.力をつける方法を見つけること。6.次の数ヶ月の作戦を描くこと。7.次の1ヶ月を計画すること。8.最初の一歩を踏み出すこと。』(http://www.inclusion.com)」
2002/06/22
2万本のひまわり
■「2万本のヒマワリが満開になっている」(朝日新聞6月19日朝刊)、そう聞いて心が動かないわけがありません。行ってきました。2万本のひまわりとはどのくらいのスケールなのか。映画『ひまわり』の見渡す限りのひまわり畑のイメージがありました。
■ひまわり畑は里山を少し入ったところにありました。里山の一角ですから見渡す限りというものではありませんが、近づくとまさにひまわり畑です。どうやって種をまいたのだろうと思いました。背丈2メートルを越すひまわりが整然と並んでいる中にさつまいもが植わっていたり、牛糞が山となっていたり、背丈が1メートルのひまわりの一角があったりと、今年は試しに作ったのでしょう。花は盛りを過ぎたところで残念でしたが、「来年は面積も1ヘクタールに広げて迷路を作り、子どもたちに開放したい」(朝日新聞)とのことですから期待しましょう。
■ひまわりといえば映画『ひまわり』を思い出します。悲しい物語と美しい音楽の映画でした。『ひまわり』はイタリア映画だったかな? イタリア映画はどうしようもないくらい切ない映画がいくつかありますね。『鉄道員』『道』『自転車泥棒』『ブーベの恋人』…泣かずに見ることができない映画です。そうそう、『道』とポール・ギャリコの物語『七つの人形の恋物語』とは何か関係ありそうに思えるコンセプトの共通点がありますが実際のところはどうなんでしょう。
■若尾裕の『奏でることの力』(春秋社2000)が届いて一気に読んでしまいました。帯に「人は音楽で何をしようとしているのか?…音楽療法からフリー・ミュージックまで最先端の音楽シーンに立ち会って考えたこと」とあるように、音楽と真摯に同時代を生きようとする人にとって音楽の今を俯瞰する意味でたいへんよくまとめられた本となっています。私自身、音楽で何をしようとしているのかと、ふと思うことがあります。14章「堅苦しさよ、さらば~音楽療法のトレーニング~」のキーワードは「堅苦しくなく、意味深い音楽」です。今日、車のFMでJUDY&MARYをきいてふとWiLL VSのCMを思い出しました。WiLL VSのCM曲『66db』は元JUDY&MARYのYUKIが歌っています。その曲と歌声が耳から離れない。だけどラジオを消してきいたCDはサラ・ブライトマンの『エデン』という畑ちがいといえばそうかも知れませんが私にとってはどちらも惹かれる音楽です。
■今週はVAIOのネットワークが不安定になってリカバリしました。考えられる原因は不要ソフトをアンインストールしたことです。ですからリカバリ後は不要ソフトのショートカットを削除しただけでアンインストールは一切していません。リカバリの過程でauのPacketOneカードのドライバがからんでいるようにも見受けられました。リカバリはCドライブのみで、Dドライブのデータはバックアップはとりましたがそのまま残しました。メーラーはしばらくOutlookを使っていましたがやたら重くてきめ細かな操作ができないのでやっぱりBecky!2をインストールしました。Becky!2のプログラムはCドライブに、設定とデータはDドライブにと簡単に分けることができます。ThinkPadからのデータ移行もコンパクトフラッシュであっという間です。すぐ使うことができました。さすがBecky!、信頼しています。VAIOの設定はあとシンセサイザーのハード音源の認識が残っています。USB-MIDIドライバのインストールの手順をまちがえたのでやり直しです。
2002/06/13
XGworksとMU500のWindowsXP対応プログラム
■XGworksの音源にMU500をVAIOにつなぎました。VAIO-SRはレガシデバイスがないのでUSB接続となるわけですが、ドライバはヤマハのサイトからダウンロードしなければなりませんでした。インストールしても鳴らない…MU500の接続切替がUSBになってなかった!
■XGworksと音源モジュールのUSBドライバのWindowsXP対応プログラムはヤマハのサイトからダウンロードします。
■XGworksはVer.4.05、MU500のUSBドライバはVer.1.61となっています。
2002/06/09
本日のトマトソース
■トマトソースを作った。ちょっと引き合いもあって今回はホールトマトを初めて10缶も使いました。8缶までは作ったことがありますが10缶ともなると寸胴の8分目近くまであります。ボールにあけた10缶分のトマトの量からしてオリーブオイルもたくさんいるだろうと1カップ半使うことにしました。このオリーブオイルにニンニクやセロリを入れるとまるで煮込んでいるみたいです。おまけに新タマネギから水分がたくさん出たのかますます煮込みっぽい。一体どうなるだろうと思いながらトマトを入れるとオリーブオイルが表面に層を作るくらい浮いてきました。これは失敗かなと思いましたがとにかく煮込む。20分が過ぎてもいつものようにとろみが出てきません。オリーブオイルはかき混ぜているうちに見えなくなってしまいました。いつもならオリーブオイルが金色のつぶとなって輝いてきます。それがない。どうも水っぽい。セロリ、タマネギ、ニンジンを出して、煮込み始めて40分近くになってやっととろみが出てきました。そして、よく見ると、今までにない小さな金色のオリーブオイルのつぶが一面にあります。トマトとオリーブオイルがよくなじんだようです。塩とよくある乾燥バジルを入れて味見をすると、トマトの酸味とタマネギの甘味、そしてバジルの香りがなんともいえないくらいマッチしています。こんなトマトソースは初めてで我ながら感動! ただ、黒く点々と見えるバジルがいただけない。フレッシュバジルは無理にしてもせめて“スィート・バジル”を使うべきでした。“スィート・バジル”ならまだ緑色がかろうじて残っています。香りは乾燥ものが強いですけどね。途中で出したセロリとタマネギ、ニンジンは鶏肉といっしょにトマトソース煮にして食べました。美味!
■近く楽器店で村井靖児著『精神治療における音楽療法をめぐって』(音楽之友社 2001)を見つけました。音楽療法の手法はともすると療法士の個性との密接なかかわりの側面からのみ受け取られることが少なくありません。しかし、音楽がもつ機能を客観的にとらえなければ音楽療法が社会的に認知されることは難しくなってきます。この本は精神治療をベースにしながらも障害児教育における音楽の使い方について客観的に考えるヒントを数多く示してくれています。全173ページという少ないスペースですからひとつひとつの項目についての記述も限られてきますが、音楽の力の大きさを再認識するに十分な内容です。腑に落ちる説明です。音楽は誰にも味方になってくれます。音楽の懐の深さを思いました。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
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Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...