2016/11/26

週末

今日は職場が参加する駅伝で走りました。会場は鈴鹿青少年センターで、近くの鈴鹿サーキットからは遠吠えのようなバイクの走行音が聞こえていました。距離はわずか1,950mですが、これもわずかながらもアップダウンがあって、下りを慎重に走ると決めていたのにレースとなるとそのまま下り坂に突入してしまい、案の定、両膝の半月板を傷めてしまったようです。そもそもほとんど練習せずに走ること自体が無謀です。でも、足は重くて前に出なかったものの意外に走れるものだとわかりました。かといってマラソンを再び走るつもりはありません。やりたいのはロングトレイルです。ここ数年来ブームの百名山やトレッキングのテレビ番組を観てもなぜか山の頂上を目指そうとは思えないのです。

先週末は近くの園芸店がバックヤードのハウスで苗などの売り出しをしていてビオラばかり28本を調達、その日のうちに玄関前のポットに植えました。メインはお気に入りの黄色のビオラで16本、その他はパープル系にしました。あと、ポーチからのアプローチやブロック塀が苔などで黒ずんでいたので亀の子だわしで汚れを落としました。ほぼ1日かかりましたが見違えるほどになって年末の大掃除はしなくてもいいくらいになりました。こんなことは何でもないことなのに時間がなかったり気が進まなかったりで、スイッチが入らないとなかなかやり切れません。今回のスイッチは何だったのか、それがはっきりしない。

明日は年2回の三重子どものこころネットワークです。私も世話人のひとりなので運営に回ります。

2016/11/21

読書の秋に思う

今日は山間部の高校に出張でした。道中のよく手入れされた田畑や里山は曇り空の下でただただ静かでした。こんな冷たい晩秋の日もいいものだと思いました。

本を読む時間は限られていますが気になる本で絶版になっているものは押さえておきたいと買い求めます。ここのところとりわけ新潮社のクレストブックスがそうした本です。T.E.カーハート著、村松潔訳「パリ左岸のピアノ工房」(新潮クレスト・ブックス 2001)がそもそもの始まりでした。残念ながらこうした本は地方ではなかなか店頭でお目にかかるものではありません。手の届く価格のうちにと思うとますます本が増えます。

先月泊まった東京のホテルでは朝日新聞が無料サービスでした。その読書欄より(20161023朝日新聞朝刊読書欄「ひもとく 本で「つながる」翻訳家・文芸評論家 鴻巣友季子)

「今年は、『アウシュヴィッツの図書係』(アントニオ・G・イトゥルベ著、小原京子訳、集英社2376円)という翻訳書も出たが、人は極限状態でも、本を読む。言葉と想像力は人間の尊厳と生命力の礎だー 『戦地の図書館』は第2次世界大戦中、米国で発刊された「兵隊文庫」の活動を詳しく伝える。書物の威力を知っていたからこそナチスは1億冊もの本を焚書・発禁とし、米軍はそれを上回る1億2300万冊余の本をペーパーバックにして戦地に送り続けた。日本が贅沢を封じていた頃、米国兵はヘミングウェイやディケンズを読んでいたのかという感慨もさりながら、衝撃的なのは米国の選書方法だ。例えば『They Were Expendable(兵士は使い捨て)』という体験記が真っ先に「必須図書」に選ばれた。日本軍とのフィリピン戦で米兵が駒として消耗される現実を描く作品だ。「自分たちがなんのために戦っているのか知る権利が、兵士にはある」と軍も検閲に抗して主張した。(改行)知り考えることで、意味のない戦いを避け、平和の早い訪れを願う。こんな考えを現在の米国も世界中の国も持っていたなら、「聖戦」という幻のもとに無数の命と人間性が失われることもないだろう。しかもこんな選書は文字に対する信頼がなければできない。文学にふたたび力を、と願わずにもいられない。」

「人は極限状態でも、本を読む」の「極限状態」とは何も戦争や災害時に限ったものではなく、誰もが日常で出会るチュエーションでもあります。つらいとき、苦しいとき、出口が見つからないとき、追い込まれたとき、それはその人の極限状態と言えます。こんなとき、何かを決めたり行動するのではなく、ポーズ(一時停止)のボタンを押して本を開いて読むのです。すると自分を見つめる自分が現れます。自分を周りの状況とともに客観的にみることで大事なものは何かがわかってくるようになって冷静な判断ができるようになります。文学書を開いて活字を追う。写真集もいい。現実の厳しい状況は変わらなくても周囲の雑音に惑わされることなく前に進もうという気持ちになります。忙しいほど本を読みたくなるものだ。

2016/11/17

オープンダイアローグについて

オープンダイアローグについていくつか気になる情報があって斉藤環著「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)やオープンダイアローグを特集した「現代思想」(青土社)を買い求めました。ハフィントンポストの保坂展人氏の記事も然り。また、森川すいめい著「その島のひとは、ひとの話をきかない 精神科医自殺希少地域を行く」(青土社)の最終章はオープンダイアローグについて書かれてあります。どれもがたいへん興味深い内容です。そして、それは精神科医療にとどまらず社会生活や学校教育の場においてもそのエッセンスが活用できるように思われ、実際、学校教育の場ではすでに行われてきているのではないかと思うのです。先月、沼津市で行われた聞き書きワークショップとも共通するエッセンスがあるように思っています。

オープンダイアローグの核となる考え方、仕組みについては、斉藤環著「オープンダイアローグとは何か」(医学書院)の書評で橋本久仁彦氏が端的に記しているように思います。「不確実性への耐性」「対話主義」そして「ポリフォニー」です。この3つの言葉、フレーズは、物事はそもそも予定調和的に1点に収束するものではないというメッセージを纏っています。私は「物事」という現実の事象を示す言葉を用いましたが、オープンダイアローグは人の心そのものを支える仕組みとして営まれるものであってなおさらのことです。気持ちが揺れるからこそ人と人との関係は進み、ときには決別などの形に進む。しかし、そこで止まるのではない。また動き、進む。何か固定されたものがあるかのように思えるのは人の心が動かないからではないのでしょうか。こうして書き進めると至極当たり前のことのように思えるからまた面白いし、そもそもそんなものだと思えることが大事ではないかということになります。岡檀氏と森川すいめい氏の「自殺希少地域」についての著書2冊はそのことを明らかにしています。

思い浮かぶ映画の台詞があります。ジブリの映画「紅の豚」で、真っ赤な飛行艇で戻ってきたポルコを仰ぎ見ながらアメリカの飛行機乗りカーチスのプロポーズを断るジーナの台詞です。「ここではあなたのお国より、人生がもうちょっと複雑なの」

橋本氏の書評の見出しは「非構成的エンカウンターグループの豊かさ」であり、「構成的エンカウンターグループ」との対比がベースにあるといえるでしょう。その中に「あらかじめグループのねらいや目的を明確化し,アイスブレークやウォームアップ,出会いや気づきのワークなど多数の心理テクニックを用いて,決められた時間内に所定の効果をあげるやり方のほうが,学校や企業などでは歓迎される。」とあるように、現在の様々な場面で予め結果ありきの枠組みの中で物事を進めていこうとする傾向は多々見受けられます。しかし、そのことの限界がそこかしこで顕在化してきていることを認めざるを得ない状況になってきていると考えます。こうした状況下で底力を発揮し得るのは不確実性の中で対話しながら多様な考え方がありつつ物事を進めていくねばり強い取り組みではないでしょうか。必ず明日があると考えよう。

「Tomorrow is another day.」とはスカーレット・オハラがひとりきりになったラストシーンの台詞です。

2016/11/12

長くて短い一日

午前中は近鉄大阪線沿線の県立高校の創立100周年記念式典に出席した後、午後はこころの病気の子どもの教育の研究協議会に行ってきました。会場は大阪市立大学医学部で、まるで私のためにロケーションが組まれたみたいでした。

高校の創立100周年記念式典は細部にわたって周到に準備されたものの中でとりわけ私は“音”に感心してしまいました。式典前、この日のために編成されたOBらを含む吹奏楽は体育館後部のギャラリーに位置して体育館の空間に放たれた音が上から降り注ぐように演奏されてその効果は歴然としていました。また、アナウンスは特設のPAを介して凛とした声を体育館の隅々まで届けていました。生徒の司会も素晴らしかった。音のコントロール、設定でセレモニーのクオリティーは大きく左右されます。今日の“音”は見事というほどの作り込みと思いました。

午後のこころの病気の子どもの教育の研究協議会は学校からの報告ではなく、主催の国立特別支援教育総合研究所の研究報告と児童精神科医、心理士、大学教授らの助言とレクチャーでした。病弱教育をアカデミックの手法で紐解くたいへん興味深い内容でした。私自身が日頃よく遣っている言葉たちがある配列によって特別な意味と輝きを放つのを目の当たりにして驚き、自分の勉強不足を思い知らされました。また、ターミナル期の子どもたちの心理にアプローチする死生心理学についても知ることとなりました。医療的ケアの子どもが通常の学級で日常的に時間と空間をともにすることがその学級の子どもたちの支援的行動に顕著なプラスの影響を与えるが、医療的ケアの子どもが特別支援学級に在籍してもそのプラスの影響はないという報告も注目するべきものでした。こうしたベーシックな研究が積み重ねられることによって今後の教育のあり方が検討されることを期待し、自分もまたかかわっていきたいと思っています。

大阪市立大学医学部の4階の教室を出てものの数分で映画館に着きました。「君の名は」を観ました。時制の移動に戸惑うものの「私たちは、会えば絶対、すぐわかる」「私たちは何かを探して生きている」というフレーズは誰しも思い当たることがあるはず。宗教的な何かではなくピュアな感覚としてです。

今日は長くて短い一日でした。

2016/11/06

もの、モノ、mono

先月、東京の“町”を歩いていたときワイシャツのオーダーメイド専門店と思しき店がありました。店先に私でもオーダーできそうな値段が張り出してあってこれもありだなと思いました。というのは私のサイズはMとLの中間で、ものによって当たり外れがあっていつもチョイスに悩むからです。先日は老紳士然とした店員のアドバイスで首回りをやや大きめにしたところ胸囲や腹周り、そして腕周りまでもがごわごわして上着を着ると動きづらいほどでした。外れだったわけです。今日初めて着たワイシャツは同じ型を試着して購入したもので、前日着た大きめサイズの外れの感覚が生々しいだけにすごく動きやすく感じました。肩幅も腕周りもオーダーしたらこんな感じかなと思うほどのマッチングで自分の腕が軽くなってような気がします。しかも綿100%なので快適です。カフスボタンホールがあれば言うことなしですがこれがありません。

名刺のプリントが夏頃からぼやけた印象でどうも気になっていたことがあって、昨日、その原因がわかりました。名刺用紙がなくなったのでこの2日に調達に行きました。そのとき、同じパッケージで品番がちがう2種類が並んでいることに気づきました。よく見ると一方は「上質紙」、もう一方は「上質紙+薄層塗布」とあって1枚当たり10円ほど高めでした。もしやと思って「薄層塗布」をチョイスしたらこれが正解でした。夏前まで使っていた紙でした。印字は細めでくっきりとしていて色も鮮やかです。きりりとして端正です。心持ちもちがってきます。手持ちの名刺全部を入れ替えました。夏以降お渡しした名刺を全部交換したいくらいです。

2016/11/01

冬の予感

11月に入りました。今日は朝のうちに隣接の病院に救急車が3回来ていました。小児科救急の病院なので子どもの搬送だったことと思います。季節の変わり目はとくに重症心身障がいの子どもたちにとって厳しい時期です。すべての子どもたちの健やかな成長を願ってやみません。

朝の気象情報通り午後から天気が回復しましたが冬の空に変わってきました。北西の低い空にかかる灰色の冬の雲と冷たい風。雲が空に広がると陽光を遮って日食のように暗くなりました。鉄筋コンクリート造の建物の廊下はまるで夜のようでした。しんしん冷えるという言い方が相応しい湿気を含んだ冷たい空気が廊下の隅々まで広がっていました。決して明るいというイメージではない。でも、そんな冬のシーンもいいものだと思う。しばらくそうした籠もるような日が多くなります。そこに身を置き、この冬は何を考えるのだろうと思っています。帰路、今季初めて手袋をはめて運転をしました。

2016/10/30

「往復書簡 緋の舟」

昨日、手芸店の通路をはさんだところに大型書店があって、ふと目に留まった本を買い求めました。「往復書簡 緋の舟 志村ふくみ/松浦英輔」(求龍堂 2016)です。手作り雑貨についてブログを書いていたときに染織家の志村ふくみを思い出して手持ちの本を探したのでこれも何かしらの縁と思いました。書簡なので語り口調の文体です。とてもおだやかでありつつ新鮮かつ斬新な眼差しが感じられ、それらが豊かな言葉で綴られていて惹かれました。同時に、ふたりの透徹した眼差しと思考は芯の強さがあって圧倒されます。この言葉の中に入っていけるかどうか、読む人を選ぶ本かもしれません。名は体を表す。「緋」です。その名に惹かれます。

2016/10/29

手作り雑貨

ここしばらくメールマガジン類を順次解除してきてスマホがずいぶん“静か”になりました。でも、登録のときと比べて解除はなんとややこしいことか!

先週の土曜日、東京丸の内仲通りで手作り市がありました。京都百万遍の手作り市はお寺の境内に所狭しと店が並んでいますがこちらは道の両側に一列に並んでいます。パラソルも濃いグリーンで統一されていておしゃれです。minneやCreemaなどの手作り通販サイトに登録している“作家”が多いようでそのことを店先に掲示している店もいくつかありました。同じものを並べるにしてもこうした店構えだと質が高いように見える印象があります。手作り通販サイトは今やたいへんな賑わいで、利用したことはありませんが“鑑賞”させてもらっています。発想もデザインも仕上げも見ているだけで楽しいし何かしらの学びがあるように思っています。一人ひとりの知恵や技術がそうして“作品”として結実して多くの人たちとの接点を生み出しているこの現象に注目しています。私が時々行く手芸店の賑わいの理由もわかります。私はというとポコ・ア・ポコで使うグッズ入れなどは手作りしていてその色使いや生地の肌触りもメッセージとしています。ちょっとした袋類も手作りの方が使い勝手がいいのですが、ミシンの調子がおかしくなってからは手作りの機会がほとんどなくなってしまいました。そんなことも考えながら仲通りを歩いていたとき、そうか、NHKの朝ドラ「べっぴんさん」も手作りがテーマの物語と気づきました。今週はすみれたちがいよいよ起業に至るエピソードが展開されて観応えがありました。このドラマはまた、透明感のあるやわらかな光の使い方が素敵です。静かに、静かに流れるシーンに惹かれます。音楽も控えめでいい。

今日は自宅で一日デスクワークが続いたので気分転換にと買い物帰りにその手芸店に寄ってきました。買い求めたのは真っ赤な毛糸一巻きです。ポコ・ア・ポコのバチのカバーが傷んで数本外れてきているのでその修理と思ってのことです。編み物はほとんどしたことがないのでうまくできるかどうか心細いのですが何でもやってみないと気が済まない性格なのでとりあえずチャレンジです。

2016/10/28

音階

音階練習で思い出しました。本棚から探しての抜き書きです。

わたし自身の場合は、恋人ではなかったが、いつかエーヴ・ラヴァリエール嬢の部屋で出会ったあの若いお針女の魅力に(もっと正確にいえばさまざまな魅力に)、恋愛感情に近いものを感じていたと言うべきだろう。彼女は、ある有名な洋裁店で働いていた。夕方の七時に仕事場を出ると、最初に来たバスに飛び乗り、クリシー広場で降りる。それから、コーランクール街をくだって、わたしのアパルトマンの階段を大いそぎで駆けのぼり、部屋の入り口で、わたしと顔を合わせるのだ。わたしもそこで、胸のしめつけられる思いをしながら、いらいらと待っているというわけだ。
「ねえあなた・・・わたしを待ってちゃだめよ。・・・勉強しなくちゃ。さあ、早く、ヴァイオリンを・・・」
彼女は、部屋のすみの窓のそばに座り、まるでお祈りでもするように掌をくみあわせた。それから、もううっとりとしたような目を伏せた。・・・・夜が、窓ガラスのところまで迫ってきていた。うすくらがりのなかで、わたしは、心をこめて、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド、と音階をひいた。一方、そのすてきな若い女性は、わたしが音階を解いたり結んだりするのを耳にすましながら、涙をこぼしてくれたのである。
「ねえきみ、何かほかのものをひいてほしくないの?」
「どういうもの?」
「モーツァルトとかさ!」
「いや、いやよ!」
「なぜだい? じゃ何かきれいなソナタをひこうか・・・バッハか何かの?」
「いや。わたしたちのあいだに、誰か知らない人がいるような気がするもの。・・・音階をひいていると、あなたがわたしに話しかけてるみたいなの」
(ジャック・ティボー著、粟津則雄訳「ヴァイオリンは語る」より)

大学のときに読んで以来、何かきっかけがあると思い出しては読み返しているところです。ピアノを習っていた子どもの頃は意味がわからなくてつまらなくてすごく嫌だった基礎練習、音階練習が「弾きたいように弾く」ための必須練習とわかってから、でも、そのためだけでなくピアノと話をするように弾くようになったのが音階練習でした。楽曲ではなく音階練習はピアノとふたりだけで話をしているような感覚になります。もちろん、それは自分との対話でもあるわけです。粟津則雄の訳もすごくいい。

2016/10/27

情緒について

改革や改善という言葉で物事が語られるとき、私は今の有り様に至る経緯、文脈を紐解こうと想像力を目一杯に働かせようとします。かつて、京都市立堀川高等学校の大学進学実績を躍進させた当時の荒瀬校長がNHKの「プロフェッショナル」で取り上げられたとき、校内を漂う荒瀬校長の姿が印象的でした。「漂う」とは番組中の彼の言葉です。五感を研ぎ澄まし、光や陰、風、空気、通奏低音のような雑音の中に身を置いてそうした文脈を探ろうとしていたのではないかと思いました。今回の東京行の車中で読んだ本は斉藤環著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書 2016)です。読み始めてすぐに「情緒」という言葉が出てきます。松崎葉一著『情けの力』を取り上げ、「宇宙飛行士の選抜試験でもっとも重要なのは「情けの力」、すなわち情緒性なのだという。(中略)宇宙空間では何が起こるかわからない。まったく想定外の出来事に対応するには、知識や論理の能力だけでは不十分だ。むしろ知識や論理で立ちゆかない事態をどう冷静に乗り切れるかが問われるわけで、そこで「情緒性」が重要になってくるのだという。」と書いています。常に判断と決断をしなければならないポストにある人は少なからずそうしたことに気づいているように思います。私が「情緒」という言葉を考えるきっかけになったのは、10余年前に私のポコ・ア・ポコの音楽療法の場を訪れた人からセッションを「情緒的」と感想をメールで伝えていただいたことです。このとき私はその意味がすぐにはわからず、今以てそのすべてをわかっているわけではありませんが、少なくとも「情緒」という言葉を身近に考えようとしてきました。それからほどなく、藤原正彦氏の「祖国とは国語」をテーマとした講演記録を読む機会があって私の中で結びつくものがありました。「『学問』とは、語彙の習得であり、思考を言語化することである。国語を学習する目的は次の3点である。①読書を通して国語力をつけることにより教養を身につける。②国語力をつけることで、論理的な思考ができる。③論理の出発点となる仮説を選択する力である情緒を養う。」判断や決断は決して知識や論理ばかりでできるものではないことをそのときの我が身を重ね合わせて理解することになりました。決断したことを受け止める自分があり得るかどうかということであり、同時に、決断した結果と付いてくる責任に真正面から対峙する自分がすでにあるということです。教育は1年先や5年先、10年先だけでなく、少なくとも半世紀先のあるべき姿を念頭において絶えず質的な向上に務めなければならない営みです。長い旅であり、一日一日の積み重ねでもある。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...