2011/10/16

10月の日曜日のポコ・ア・ポコ

10月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまのご参加をいただきました。1か月に1回のポコ・ア・ポコですが、回を重ねることでプログラムの見通しや自分なりの過ごし方を見つけていくのが子どもの力のすごいところです。今日は絵に描いたように整然とセッションが進みましたが、これも参加のみんなで作り上げていくものなのです。ポコ・ア・ポコにゆったりと付き合っていただく保護者のみなさまに感謝しています。
今日届いたDVDは「グース」です。色がすごくきれい。フィルムはコダック、それとも富士フィルム? フィルム回帰を始めたこのタイミングにコダックが破産申告かとのニュースがあって驚いています。

2011/10/08

「千の風になって」の文脈

今日は緩和ケア病棟で亡くなった人の家族の会でした。そこでみんなで歌われた歌は2曲、「千の風になって」と「やさしさに包まれて」でした。死後の世界は誰も知りませんが、大切な人を亡くした人たちにとっての考え方というのか思いとして、私は四季折々の風に大切な人を身近に感じるように思っています。「千の風になって」の歌詞は言葉や国、時代によって異なる部分があるとのこと。(こちら)少なくとも大切な人の死について書かれているのでその違いはあって当たり前のことのように思います。最後にスタッフからこの選曲の文脈を聞いて私も共感するところでした。
ところで、緩和ケアを行っている病院は少なくないと思いますが、緩和ケア病棟となると県内には4か所で100床足らずしかありません。子どものホスピスは開設に向けて準備が始まったところです。本人はもちろんのこと、家族にとっても最期の大切な時間をともに過ごす所となります。男性の2人に1人が、女性の3人に1人ががんになるとのこと。もちろん、がんだけではなく、最期の時間をともにどう過ごすかという視点はもっと大事にされるべきと思います。
昨夜はiPhoneとiPadのiOS5へのアップデートをしました。iPhoneはちょうど復元の真っ最中にMacBookがシャットダウンしてしまってiPhoneそのものが起動しなくなるという最悪の事態になって慌てました。最終的に手動で「復元」をして戻りましたが音楽などのデータが膨大で要した時間は4時間余り。32GのHDDは空きが8.3Gとなって少々心もとなく、64Gの4Sの影がちらつきます。ところで、MacBookのシャットダウンの原因はACアダプターとコンセントの間をつないでいた30cmほどの延長コードでした。これは不覚!
肝心のiOS5は同じ3GSなのにiOS4の時と比べて画面の印象が一皮むけたようなクリア感と立体感があって驚きました。日本語入力も変換候補の文字が大きくなってねらった部分をしっかりタップできるようになったばかりでなく、QWERTキーそのもののミスタッチも少なくなったように思います。ソフトのアップデートで2年も前のハードが最新モデルの使い勝手になるのは驚くばかり。また、良心的だと思う。
iPadのiOSのアップデートは母艦のMacBookの電源を確保したおかげで順調に進みましたがそれでも2時間近くかかって完了となりました。こちらの使い勝手はSafariがタブ式になったことくらいで大きな変化はなさそうです。
アップデートの途中でMac OSのバージョンを最新のLionにしなければ使えない機能があることがわかって、このMacBookの処遇もいよいよ考えなくてはならなくなってきました。HDDを大容量のものに換装後、Mac OSをLeopardからSnow Leopardに、そしてLionへと順にインストールした後でWindows XPをBoot Campでインストールするという作業になります。半日では終わらないだろうな、と思う。HDDのクローン作成にも3〜4時間はかかろうというもの。一体いつになったらできるものやら・・・

Apple

“信者”でない私にもスティーブ・ジョブズが亡くなったことはビッグニュースです。かつてMacは仕事で時々触る程度でしたが自宅でMacを使い始めてからかれこれ8年近くになります。今はG4のMacBook Pro12インチに続いてインテルプロセッサの15インチを使っています。Appleの製品は他にもiPodやiPhone、iPadと、いつの間にか一通りのアイテムが揃うまでになっています。仕事で1日Windowsを使って帰ってMacの画面を見るとほっとするものがあります。革新といえば革新ですが、触れた途端に「これだ」と直感せしめるデザインや使い勝手の妙故でしょうか。彼の死に際して寄せられたメッセージの中で私がいちばん共感したのはディズニーのロバート・アイガーCEOの「あれだけのことを成し遂げたが、彼がまだ何かを始めたばかりのような気がしてならない」という声明です。Appleの製品には何かしら先に続くものがいつも感じられるように思います。そして、とても強いアフォーダンスがある。学ぶべきことは多々ある。
ところで、auがキャリアに加わって何かと話題になっているiPhone4Sは今回も見送りです。モニタやバッテリーなどの改良点はちょっと見過ごせないほどと思っていますが、基本的に3GSで十分だからです。2年使って何ら不具合はなく、外装の傷みも最小限というのはすごい。まるでおもちゃでどこか華奢な印象は今も変わりませんが実は丈夫であと2年くらいは使えるのではないだろうか。

2011/10/02

トラベラーズノート in 京都

昨日は“トラベラーズノート in 京都”へ。早く着いたので京都駅のオープンカフェに寄って温かいコーヒーとアップルパイで遅くなった朝食としました。いきなりの秋の到来にジャケットがちょうどよくて、クールビズにもかかわらず大汗をかいていた金曜日はいったい何だったのかというくらいでした。
恵文社のギャラリーでは早くからたくさんの人がカスタムシールを自分のノートに貼っていたり、スタッフと情報交換をしたりしていました。「いい光沢ですね」「フランクリン・コヴィーを使っていたときのモウレヴィークリームを塗っていますがもう1年以上塗ってません」「これはラパナーです」という具合です。ほどなく中目黒にオープンする“ファクトリー”限定のスタンプなどの品定めをしてたら中央のテーブルから驚きの声が上がりました。パンパンに膨らんだパスポートサイズで、厚さは4cmはあろうというもの。しかも2冊。ツィッターではまるでメガバーガーと評されて言い得て妙だと感心。レギュラーサイズに3冊で重いと言っていてはまだまだ初心者だと思いました。
たかが手帳、されど手帳です。モレスキン使いもかなりの猛者がいますが、トラベラーズノートはカスタムに熱を上げるアプローチの方法もあって、発売5年にしてその周辺には熱心なファンを集めています。私もすでに3冊持ちで、5周年記念のキャメルは名入れをしてもらって温存しています。帰りのバスでカスタム用のシールを入れ直していると後ろの席から「行って来はったんですね」とうれしそうに声をかけられました。夫婦でトラベラーズノート使いのようすでした。
恵文社一乗寺店は京都左京区の町中にあって、本や雑貨のセレクトショップといえばいいのだろうか。音楽CDも置いています。店内はちょっと前の本屋さんの佇まいで、店の基調色はダークブラウンです。天井はたしか黒塗りの鉄骨で、ギャラリーの床は傷んだ板張りです。客層はその店内の雰囲気そのままのような人が多くて、自分がここで何を求めようとしているのかがはっきりわかっているような落ち着きを感じました。京都だからそこにあると思えてきました。
昼過ぎには帰路につくという慌ただしい京都行でしたが絡んだ思考回路を解きほぐすにはほどよいトラップでした。電車だったのでマンウォッチングもたくさんできて思うところも多々ありました。この年になって初めてわかることの何と多いことかと思います。
帰りに昨年京都駅前にオープンした大型カメラ店に寄ったら女の人が熱心に店員に質問していたり、ストラップ売り場ではいかにも女性をターゲットにしたデザインのものが多くを占めていたりと、地方にいてはなかなかわかりませんが女の人のカメラ熱も相当なものと目の当たりにしました。そういえば恵文社のギャラリーにも首にかけた一眼レフでトラベラーズノートの展示を写真に撮っていた女の人がいました。
夜は録画したNHK「世界ふれあい街歩き〜パリ オペラ座界わい」を観て、おしゃれとか身だしなみとか、語るべき自分をもつことの大切さについて考える。「音楽とは語るべき自分をつくり、持たせ、守らせるもの」という大阪の“街のピアノの先生”の北村智恵の言葉を思い出しました。日本は誇れるものがたくさんありますが、何か欠けているものがあるように思えてしまうのは私だけではないでしょう。これも昨日録画したNHK「らいじんぐ産」でのホストの佐藤可士和の言葉がひとつの示唆をくれています。「僕の仕事はいろんな企業を通して日本の物作りを世界にプレゼンテーション、コミュニケーションする機会が多いのですが、日本人は自分たちの強みに気づいてないことがたくさんあって、横串でみることがなかなかで(きなくて)、それは西洋の人がうまいと思っていて、わりとコンテンツがあるのにコンテクストがつくれなくて、そういう文脈がつくれると今まであるコンテンツがいきなり輝きだす、光輝くとすごく思う。」 この言葉に私はなるほどと思ってしまいました。“外の目”を持つことは大切だ。自分で持てなかったらそういう場に自分をさらすこと。飛躍するようだが教育の役割もそこにあるのだと思う。

2011/09/19

9月のポコ・ア・ポコ等々

先週の日曜日は9月の日曜日のポコ・ア・ポコに11家族のみなさまに来ていただきました。久しぶりに小学校の教室を思わせる子どもたちのストレートな元気さがいっぱいでした。それでも静をしっかり共有できたのはすごい。毎回が新鮮です。
この3連休は毎日仕事でしたがたくさんの収穫がありました。事業仕分けや民間事業の経営感覚に触れて文字通り「目から鱗」でした。データのとり方と読み方、20年先の製品を今創ること、ドイツの政策、等々。そして、その人が放つオーラは今も余韻となって私のそばを離れない。自分を信じることと自問自答の繰り返しは大きな決断をする人の才なのだろう。前をしっかり見つめていきたいものだ。
今日は美術分野の大学教授と話をしていて、思いがけずダニエル・コビアルカの名前を聞いて驚きました。コビアルカの音楽はThe Nature Companyで流れていた「When You Wish Upon A Star」に魅了されてからというもの、セラピーの場面で何回か使ってきました。時空を超える音楽というべきでしょうか。
この3連休は移動も多くてインプレッサを堪能しながらのドライブでした。相変わらずATの動作は不可解ながらもジャストサイズと低いドライビングポジションは乗っておもしろい車です。遠出の機会がなかなかないのが残念。

2011/08/27

8月のポコ・ア・ポコ

8月のポコ・ア・ポコは13家族のみなさまに来ていただきました。初めてのお子さんは様子見だったり嬉しくてよく動いたりと、自分なりの参加のスタイルがすぐには決まりません。そのことを保護者はとても気にしてみえます。その気持ちはよくわかりますが、何回か参加するとその日のセッションの関係性を感じ取って親子いっしょに楽しめることがわかってきます。ひとりひとり参加の仕方はちがいますが、いっしょに楽しんでいただけるようにセッションを進めていきます。でも、今日は「見事!」という場面がいくつもありました。曲の終わりで「静」を共有する場面が「静」の名の通り確かなものとなっていました。ゴールまで今しばらくあっても見定めるものは誰もが同じはず。みなさまといっしょにいつも変わらないポコ・ア・ポコでいます。次回もみなさまのご参加を心からお待ちしています。

2011/08/19

『ホーム スイート ホーム』

今日は前々任校のサマースクールでミュージック・ケアの実践の機会がありました。転任して4年目、これで4回目です。その学校は肢体不自由の特別支援学校で、年に1回だけのセッションですが、文脈をストレートに受け止めてくれて文字通りみんなでセッションを作り上げて行くプロセスが見えるようです。いつも人数が多いので私の動作も少し大きめで、これも私にとってはすごく勉強になります。1年、また1年と成長する子どもたち、いつも温かく迎えてくれる保護者のみなさま、サポートする先生方を結ぶつながり。その確かな関係性は特別支援学校でよく感じること。インクルーシブ社会の実現に向けて特別支援教育の果たす役割は大きいはず。
桐嶋かれん著『ホーム スイート ホーム』(アノニマ スタジオ 2011)が届いて少しずつ手にしていただけなのにほとんど読んでしまいました。この本のサブタイトルは「暮らしを彩るかれんな物がたり」で、写真は夫君上田義彦のものです。もちろん写真は期待通り。リバーサルフィルムの色。深みのある陰翳が色の仕組みを教えてくれているかのようです。加えて桐島かれんの文がすごくいい。中身もいいのですが、文そのものが淀みなく流れるようですっと入ってくる。見開きの写真のページに続いてやはり見開きの文という組み合わせはいきなりどこを開いてどこを読んでもいいという構造です。だからいつの間にか全部読んでしまうという仕組みなのです。それにしても、こんなふうにものを大切にする暮らし方は見習いたいもの。
夜は山の中の音楽ホールのようなコテージでヴァイオリンの演奏を聴きました。狭いホールなので私の席のすぐ左で演奏がありました。中低音域の音がとてもきれいで、その音が左耳から入ってくること、左の耳で聴いていることが新鮮でした。私の左耳は聴力は問題がないものの話を聴き取りにくくてあまり使わずにいたようです。ところが電話でメモを取ることが多くなって、最近やっと電話で左耳を使うことに慣れて来たところです。今夜はその左耳でヴァイオリンの音が堪能できたことでほっとしました。
さて、週末の朝はサンドイッチを作ろう。

2011/08/18

ABBA

やっと自宅にブルーレイレコーダーを備えました。お盆価格というのか驚くほどの価格で、ブルーレイ録画に1TBのHDD、しかも地デジ2チャンネル同時録画で今あるDVDレコーダーよりも低価格でした。サイズも薄型で奥行きも短くてとてもスマートです。機能といえばあまりにたくさんあって私の理解を超えていますが、BSアンテナへの電源供給も自動設定でどうしようかといじっているわずかな時間で設定が終わっていました。ところが録画したい番組がなくて、今日、やっと試すことができました。
NHK-BSの「北欧スペシャル」で録画できなかった「北欧から世界へ〜ABBA 時代が求めたハーモニー」の再放送です。ABBAは意外に録音の種類が少なくて、CD以外でまとめて聴くのは初めてでした。もちろん録音スタジオではありませんから見て聴いておもしろい。歌が生き生きしている。アグネッタとフリーダは声のちがいを意図的に生かしたとのこと。空を突き抜けるような澄んだ美しくも力強いふたりの声がとてもいい。番組のサブタイトル「時代が求めたハーモニー」はいつの時代でもあてはまるものと思う。ところで、この番組でミキシングのときボーカルのピッチなどをいじって重ねていると知って驚きました。やや不協和音に聴こえて厚みが出ているのはそのためだとか。それを割り引いてもABBAの魅力は変わりませんが。

2011/08/13

映画「コクリコ坂から」の音楽

今夜のレイトショーでやっと観ました。冒頭から音楽に圧倒されて字幕に武部聡志の文字を見つけてもう納得の91分でした。彼のピアノにはまったのは『キーボード・マガジン2008WINTER号』の付録CDの「卒業写真」でした。指が語る、そんな表現がふさわしいピアノの語り口調は何度聴いてももっと聴きたくなる音楽の醍醐味がたっぷりでした。今夜もそうでした。ピアノはさらに饒舌に語り、アンサンブルは音楽を成す骨格の最小限でありながら背筋をピンと伸ばす思春期のヒロインのまっすぐな気持ちを感情に溺れないで彩る。これ以上音楽の要素を削ぎ落とせないという危うさこそがストーリーにふさわしい。音楽は、でも、どこまでもドライで、それがたまらなくいい。ほどよく饒舌なのはピアノだけで、ピアノ弾きにしか書けない音楽だと思い知った次第です。ピアノのAの単音の連続が不安をイメージしながらもメジャーに続く発想はピアノの調律の音からか。

主題歌については何の予備知識もなく観たので原曲がすぐにはわからなかったのですが森山良子の歌で聴いた曲ということはわかっていました。家に帰ってiTunesの森山良子のアルバムから「さよならの夏」を探して聴き直しました。そして、武部聡志のアレンジの巧みさにこれまた参りました。鍵盤ハーモニカの使い方、音色も出色だと思う。“あの鍵盤ハーモニカ”の音です。手嶌葵の歌もほどよくドライでいい。

ところで、映画そのものは、昭和30年代の青春は私には少し早過ぎてノスタルジーも2階層でした。私は「学生運動にもビートルズにも乗り遅れた」世代で、かといって豊かさを心の底から享受できないと思い込んでいる古風なニッチな谷間世代です。映画の旧い洋館の「カルティエラタン」は旧制高校の寮か。それを羨ましく思ったその頃の自分をさらに懐かしく思う2階層のノスタルジーなのです。かなり複雑な人間模様があっさりと解けるストーリーも相俟って観る人によって感じ方が様々になる映画でしょう。

絵の方はジブリらしくないといえるかも知れないほど背中が語らないものだったように思います。ラストシーンが海を見つめるヒロインの背中だっただけに余計にその印象があります。でも、ドライということではそれも意図して描かれたものか? だから、興行的には、さて、どうでしょうかと少々気がかりでもあります。レイトショーとはいえ客席は1割も入っていませんでした。

2011/08/01

夏、夏休み、8耐、風の会

先週、出張の帰り道、東名阪道の御在所SAで夕食をとりました。平日の9時を回っていても子どもたちの声がして、そうか、夏休みだと気づきました。子どもの声はいいものです。この週末も高速道路のSAではたくさんの子どもを見かけました。そうして夏休みに行きたくてもどこにも連れってもらえない子どももたくさんいる。だけど、夏休みは自分の時間がいつもよりたくさん持てるはずで、その中でふだんとちがう体験したりそのことでいろいろ考えたりすることは自立の心を育てるうえでとても大切だ。子どもたちが夏休みに自分の世界を広げてほしいと願っています。
土曜日は鈴鹿8時間耐久レース前夜祭の風の会に行って来ました。風の会は10周年とのこと。いつもながらバイクをいちばん買わない人たちを招待するイベントに最新モデルを提供する内外のメーカーの心意気が粋だし、その気にさせるライダーたちはもっと粋だと思う。今回はイベントの最後にライダーひとりひとりから自己紹介があって、200キロ超で疾走する姿とは一見すぐには結びつかないような物静かな佇まいが印象的でした。今夜のNHK「ニュースウォッチ9」は昨日の8耐で優勝した伊藤真一選手を「被災地に力を!鈴鹿激走レーサー」のテーマで特集していました。彼は宮城県出身です。女子サッカーも然り、8耐も然り、一流のスポーツマンは、形、スタイルそのものが力強いメッセージです。彼の走りを一言で表現するなら「迷いのない走り」ということだと思います。コースにレールがあるかの如く疾走する姿は美しい。
NHKの「おひさま」のオープニングにいつしか歌が入っていて、今日はもとに戻って楽器演奏になっていました。歌は平原綾香。この曲「大切なあなたへ」は器楽曲としても歌曲としても聴かせる楽曲ですが、平原綾香の歌はよくマッチングしていて、まるでオリジナルとして作られたように思ってしまう。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...