2016/07/09

Linux

ここしばらく週末を使って余っているパーツやバーゲンで買い足したドライブなどを加えて“試験機”を組み立てました。MBはmini-ITXですが一番安価と調達したケースはMBを水平に設置する構造だったのでmini-ITXとは思えないほどの大きさになってしまいました。その分冷却は問題なさそうです。ストレージは3年前までMacBook Proで使っていた1TBのHDD(2.5inch)をフォーマット、メモリは他の自作用にストックしてあったものを流用するなどしてケーブルやネジもストックから選り取り見取りといきたいところですが、mini-ITXゆえの制限をクリアするためにUSB3.0ケーブルやsata増設の拡張ボードなどを取り寄せることになりました。スイッチを入れるとケース正面のファンがLEDで淡いブルーに光るタイプだということがわかってちょっとびっくりです。なかなかきれいなものです。

OSは初めてLinuxをインストールしました。サーバー仕様ということでディストリビューションはCentOS7です。Linuxのインストールは初めてで少々緊張しましたが、立ち上がった画面を見るとまるでMacOSのようで驚きました。ブラウザはFirefoxがプリインストールされていてOSがLinuxであることを全く意識しないで使えます。オフィス系なども一通りプリインストールされていてWindows系のソフトを使わないのであればこれで完結してしまいそうです。CentOSはRed Hat Linuxの“無料版”とのこと。そのRed Hat LinuxといえばMacOSはRed Hat Linux上で動くプログラムで、MacBook Proを使っていたときに一度だけRed Hat Linuxのロゴが見えたときがありました。そもそもLinuxがAT互換機というかDOS/Vマシンで動くこと自体にコンピュータの歴史が垣間見えてすごく面白いと思うのです。

自作パソコンの楽しみのひとつはパーツ選びにあります。パーツは見ているだけでも楽しい。私がいちばん見入ってしまうのはCPUクーラーです。とりわけファンレスのヒートシンクはアートと思えるほどの意匠が伝わってきます。アクリルやガラスの窓のあるケースで組んでずっと見ていたくなります。そう、パソコンのパーツはそんな美しさを備えたものが少なくありません。それらをケースに組み込んで電源を入れると「工場萌え」の如き様相となります。だから自作は止められないという理由というかいい訳になります。マシンの性能をパーツの組み合わせでコントロールするのも自作の醍醐味です。

2016/05/29

ThinkPad T440s SSD換装

伊勢志摩サミットとオバマ大統領の広島訪問が無事終了したことに安堵しています。天気も味方をしました。この季節の三重の色や空気感もいいものです。木立の中で湿気の多い空気を吸うと自然と自分との境目がわからなくなるような感覚があります。晴れた日は色づいた麦畑が金色に輝いてきれいです。この季節に海外メディアが伊勢志摩を伝える機会があったことは嬉しい。でも、これからが正念場です。地域は自分たちで作っていくものです。

今朝、ThinkPad T440sのHDDをSSDに換装しようとクローニングを始めたらデータの転送速度が7MB/Sというとんでもない遅さで6時間以上もかかりました。データ移行はSSDメーカーの専用ソフトなのでその転送速度に何かしらの意味があるのだろうかと思いつつ、でも、換装後のT440sは快調そのもので満足しています。HDDの回転音もシーク音ももちろん聞こえないどころかケースファンの音も気にならないレベルになりました。つまり、発熱も少ない。起動は10秒余で「磯」の画像まで進みます。そして、何よりも衝撃に強いことが心強い。SSDの信頼性も上がってきているので起動ディスクは順次SSDに換装していこうと思うのです。

ところで、この換装でいちばん苦労したのはThinkPadの裏蓋の脱着でした。ここがネックになりそうとはネット検索である程度予想してましたが案の定その通りになりました。とにかく外せない。やっと外れたと思ったら小物が落ちる音が・・・やばい・・・ネジが外れないように噛ませたワッシャははめようもなく諦めたもののSSDに換装して裏蓋を戻そうとしたら左手前だけ0.5mmほど浮いているではないか。たかが0.5mm、されど0.5mm、一か所のキズではなく全体のフォルムに影響があって美しくない。そこは裏蓋を外すときにプラスチックのカードを差し入れた場所で、もしかするとと思って変形させてしまったかも知れないところをカッターナイフで少しずつ削ると前面のはめ込みがきれいな一直線になってホッとしました。ThinkPadのこうした造形や品質は大和研究所のマネジメントなのだろうか。そう思いたいほどにThinkPadに惚れ込んでいます。優れた道具は美しいものだ。

コンピュータは仕事で毎日使っていて命綱のようなものですが、冷静に考えるとIT環境はそう整っているわけでなく、データのやりとりが一部手作業で時間がかかったり動作が不安定だったりと、コンピュータの機嫌をとりながら逆に使われているかの感もあります。朝、起動から動作が安定するまでに20分もかかっていては出鼻をくじかれるようなもの。また、コンピュータはほとんど文書作成マシンとして使われているレベルでクリエイティブなツールにはなり得ていない。総勤務時間縮減の取り組みにも有効に活用されているとは言い難い。ではどうしていくのか。イントラネットの仕組みと使い方を変えていくことだと考えています。お金も要るけど働き方のモードを変えていくことも必要です。これだけでは何のことだかわかりませんがやることは見えているので具体化に向けて進むのみです

2016/05/07

MISTONE

杉真理の1984年のアルバムです。当時はLPレコードから録音したカセットテープで聴いていたような、確かではありませんがきっとそうだったと思います。以前入手した「GOLDEN J-POP / THE BEST 杉真理」を車でよく聴くようになって「STARGAZER」を中古店で入手、そういえば杉真理といえば「MISTONE」と思い出して探しました。出物は少なくてプレミアムが付きかけたアルバムです。音は発売当時のままといえば当たり前ですが、そんな懐かしい緩い音です。リマスターもいいけどこんな緩い音もノスタルジーを超えたよさがあります。それにしても今どうしてこんなにも杉真理に惹かれるのだろうと考えながら聴くときがあります。大滝詠一も佐野元春も聴きますが、何というか、背伸びして聴かなくていい、等身大の表現があるのかも知れない、等々。杉真理は私より少し先輩で、30年も前にこんな「作品」を残しているのはやっぱりすごい

2016/05/01

自作マシンのトラブル

昨年から懸案だった自作パソコンの不調の原因がわかってやっと直すことができました。症状はモニタに映像信号が行かないことで、グラフィックが関係していることはわかっていたのですが原因がなかなか特定できずにいました。今日はサイドパネルを外したままケースを横にしてスイッチを入れることがあって、その状態だと何ら問題なくマザーボードの品番等が表示されて起動しました。それではと、立てて電源を入れたらダメ、横にして起動したまま立てたらダメと、いろいろ試していくうちにCPUファンを上方向に押すとモニタが映らなくなることがわかりました。ネジを外してファンを持ち上げるとCPUまで外れてしまって慌てましたが、一旦CPUを剥いでからCPU→ファンの順で取り付け直すと症状が出なくなりました。そのパソコンは一度電源を外したことがあって、そのときにCPUファンに無理な力がかかってCPUのグラフィック関係の接点が不調になった可能性があります。まさかのトラブルでした。今日はその後Windows10に無事アップグレードできました。CPUはAMD A8 5500で“中堅”どころとはいえなかなかのスピードです。ケースはFractal DesignのDefineを静音目的でチョイスしたもののこれも静音目当てにチョイスしたCPUクーラーのフィンとクーラーが大き過ぎてケースの遮音材を外すことになりました。しかし、それでも静か! リビングに置いてありますが音は全く気にならない。さて、一時しのぎで使っていたAthlon 5350+mini MBはこの先どう活かそうかとこれはこれで楽しみです。「自作パソコンは必要だから作られるのではなく作りたいから作られる」とは真実だと思う。

2016/04/24

春の庭仕事

九州の地震被害の映像は目を疑うほどで心が痛みます。建物やライフスタイルなど、地震への備えを根本的に考え直す時かも知れません。今日もスーパーに買い物に行って、もし、こうして買い物ができなかったらどうなるのだろうと考えてしまいました。また、最近、自宅近くの公園の海抜が表示板で示されるようになってトレッキング用の腕時計の高度計が設定しやすくなったことで、行った先々の意外な高度に防災意識も高まりました。「もし、ここで」という発想です。「ここ」というは自宅や勤務先だけでなく移動途中や出先、旅先も含みます。

いよいよ草木が伸びる頃となってこの土日に庭の草刈りや玄関先の夏の花の苗植えなどをしました。先週するつもりでしたが古新聞を片付けているときに紙で指の付け根のところを切って断念。昨日の朝もステンレスのざるを洗っていて左手親指に飛び出していたステンレスの針金が刺さって傷つけてしまいました。でも、リフレッシュもしたくて庭いじりをすることにしました。昨年の秋にきれいに草取りをしたのに冬の間にこんなにもというくらい草が生えました。並べて植えた数十本のアジュガももちろんしっかり根を張って紫色の花をたくさんつけました。フェンネルやホスタ、ミントなども新しい芽が大きく伸びていました。そして、今年の玄関先の夏の花はペチュニアにしました。インパチェンスは昨年台風で全滅したので替えた次第。庭にはシーズンオフで値段を下げていたクリスマスローズなども植えて約2時間、しばしの頭のモード切り替えにもなりました。

2016/04/02

オーケストラ、再び

年末から年度末にかけて、この4か月はいつもエネルギーを使います。それだけに4月は待ち遠しく、桜の花はひときわ愛おしく見えます。今年も4月を同じように迎えることができたことに安堵を覚えますが、春を迎えることに年々慎重になっている自分があります。それだけにバランス感覚というのか、オフタイムは大切と考えていたところ、こんなときにこんな誘惑がと少しばかり驚きつつ乗ってしまったのがオーケストラです。3月末に初めて練習に参加しました。その日はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の譜読みで弾けたものではありません。これはしまったと思いましたが、エル・システマの子どもたちのようにがんばるしかありません。でも、正直なところ自分のモードの切り替えになったようで誘ってもらってよかったと思っています。楽器は40年近く前、アルバイトで貯めたお金で大阪で買ったヴァイオリンです。今回、弦はガットからナイロンに張り替えて梅雨時に何度も切れるようなことがないようにしました。この先どんな展開になるかわかりませんが、わからないこと自体が楽しみです。

今日から読み始めた本は「ハーバード大学は「音楽」で人を育てる」(菅野恵理子 アルテスパブリッシング 2015)です。副題は「21世紀の教養を創るアメリカのリベラル・アーツ」です。

2016/03/12

エル・システマ

今日、相馬子どもオーケストラがベルリン・フィルと協演したことがニュース番組の中で放送されました。2年前の4月6日日曜日の朝、NHKの「明日へ-支えあおう-桜を奏でて~福島・相馬「音楽」の絆~」で震災被災地でのエル・システマの活動が特集されました。(エル・システマについてはこちらから)怪獣の名前は「ラ」で終わるものが多いがオーケストラは「お金がかかる怪獣」だということを聞いたことがあります。奏でるのはちょっと取っつきにくい印象のクラシック音楽。ところがどうしてどうして、ベネズエラで始まったエル・システマの実績はそうした懸念を払拭するものであるばかりか子どもたちの成長に大きく寄与し、地域社会に力強いメッセージを発信するものとなっています。そのエル・システマが東北大震災の被災地で始まったのです。オーケストラの楽器はどれも簡単に奏でることはできません。一人ひとりの小さな努力と奏で合わせる営みの繰り返しです。子どもたちがそのステップを一つずつ進んで成長していく姿、それは、きっと豊かな未来があるという気持ちにさせてくれるのです。

音楽や美術などのアートそのものと音楽療法などのセラピーとの間、そもそも間があると言っていいのかどうかも吟味が必要なところですが、その間、ギャップのようなものはやはりあると思える場面は少なからずあるように思います。例えば、入院している子どもたちを対象とした音楽療法と、優れた演奏家の音楽に触れることは少なくとも同じではない。では、どこがちがうのだろうか。音楽療法が医師から処方されるなどの制度面のちがいではない。その場の音楽、奏される音楽、流される音楽そのもののあり様のことだ。このことはずっと私の中で渦巻いている疑問で、もしかしたらそうかも知れないと気づいたこと、それは、音楽を奏する者の音楽に対する謙虚さです。でも、これはアートとセラピーという間にあるのではない。そのどちらにいるかによるちがいではない。それはわかっているはずなのに、でも、アートとセラピーの間には何かしらのちがいがあるように思えてなりません。それともその場の人と人との関係性だろうか。音楽にふれるとき、私は、自分がアート寄りにいると思うとき、また、セラピー寄りにいると思うとき、そのどちらもあります。そもそもそれは両義性を含むことですが、でも、どうしてこんなにも悩ましいのだろうか。音楽を聴くだけだったら、たぶん、こんな悩みはないのだろう。音楽を意図的に使うとき、音楽にも人にも最大限の謙虚さと思慮深さを欠いてはならないことだけは確かだ

2016/03/11

風邪

今週、デスクワークが続いて身体を冷やしてしまい、不覚にも風邪を引いて病院に行くことがありました。症状は37度台の発熱と頭痛で、インフルエンザではなかったものの味覚などの感覚がおかしくなって不思議な体験をしました。何でもない物音が頭に響いて不快感があったり、加工度が高い食品は刺激が強くて食べられなくなったりです。言い換えると、人の手が加わってないもの、状態ほど、人にやさしいということだろうか。とりわけ今回の味覚の“わがまま”は食事だけでなく他の生活スタイルにも及ぶものがあるように思いました。こんなとき、自分のカフェを開きたいと思うのだろうか。

3月も半ば近くになって年度末、新年度という節目がすぐ近くに迫ってきました。ここ10年、年明けから年度末にかけて費やすエネルギーは年々大きくなってきていますが、その結果は正比例してきていると見ています。結果といっても常に変化し続けるプロセスから切り取った1シーンです。少々大胆になってもいい時期かも知れません。また、それが役回りだと思っています。風邪でそんなことを考えるひとときがありました

2016/02/05

三重県立かがやき特別支援学校

応募いただきました県民のみなさま、校名選定委員会のみなさま、教育委員会はじめ関係のみなさま、素敵な校名をありがとうございました。感謝、感謝です。

詳細はこちらからご覧ください。リンク先のPDFはこちらです。

2015/11/08

武蔵野で考えたこと

昨日は都立の病弱特別支援学校の研究会に行ってきました。武蔵野の雑木林が残る広い敷地に平成に入ってから建てられた校舎は内装に木がふんだんに使われていて廊下も広く、すばらしい学習環境でした。人権学習、教科学習、キャリア教育とそれぞれ3年、計9年にわたって研究を積み重ね、編纂された指導事例集は、都立の病弱校が28年度で閉校となる中で歴史的文書として位置づけられるものと思います。全国で病弱特別支援学校が減少傾向にありますが、文部科学省の学校基本調査(27年度速報値)では「けが・病気」で30日の授業日を超える長期欠席の児童生徒が37,000人余もいることから病弱教育の知見は今後ますます求められてくるものと考えられます。また、今回はPATH(Planning Alternative Tomorrow with Hope)の実際を授業で参観することができ、感銘を受けました。しなければならないことはたくさんある。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...