2006/03/16

春一番とモーツァルト

■深い霧の中を飛ばして病院のICUに行きました。彼はモーツァルトの10枚組のCDを持って病院に行き、ICUにも持ち込んでいました。たくさんあるCDからどうしてモーツァルトなのだろう。私も思春期にモーツァルトと出会い、惹かれていきました。
■昼過ぎから降り始めた雨は、夜、ひとしきり激しく降ってやみました。続く強い風に冷たさはありませんでした。春一番?

2006/03/12

30000

■3月のポコ・ア・ポコは15家族のみなさんに来ていただきました。初めてのご家族も何組かみえて、お子さんのプロフィールをあれこれ考えることの多いセッションでした。できることならお子さんひとりひとりの育ちのことで言葉を交わしたいと思いました。“子ども理解”…それが第一歩であり、全てです。“全て”とは、個人を超えた社会の在り方そのもの、歴史観、哲学に及ぶことです。社会の枠組みが個人の枠組みに大きく影響します。
■南の風のサイトのアクセスカウンター30000を自分で踏んでしまいました。開設の1998年10月は前任校の1年目で、車いすで使う花壇をアップするためにサイトを作りました。その花壇を組み立てたのは9月の伊良湖トライアスロン完走の翌月曜日のことで、よくこんなにパワーが残っているものだと自分で感心しながら電動工具を使っていたのを思い出します。その花壇も私が異動する前に朽ち果ててしまいました。
■今日からF-1が始まります。今年こそ鈴鹿でレース観戦といきたい。
■週末の私の楽しみは料理です。パスタや具沢山のみそ汁、オリーブオイルとニンニクを使うレシピも入れたい。今日は明日からに備えてビーフシチューをたくさん作っておきました。年度末の慌ただしい日々が続きます。

2006/03/11

音に思う

■昨日はきらら学園の卒業式でした。卒業生を見ているとこの1年の成長がよくわかり感慨深いものがありました。教育計画の教育課程だけでなく、ヒドゥン・カリキュラム(隠されたカリキュラム 佐藤学)の積み上げの大きさを実感する思いがしました。高等部を卒業する生徒たちは学校という枠組みのない場での毎日が始まります。障害者自立支援法の施行と時を同じくして新しい生活を始める彼らの幸せを祈らずにはいられません。
■卒業生に送る歌は杉本竜一作詞作曲の「ビリーブ」でした。ピアノ伴奏は私が知らないアレンジで、テンポは楽譜の指定よりも少し速くて、AとBの間で少し急くルバートが入ります。このテンポ感がとても心地よくて、伴奏にしっかり付いて歌う先生たちも日頃から歌い慣れている養護学校ならではの資質なのでしょう。驚きました。私は頭がすっきりして覚醒水準が上がるような感覚がありました。そして、きらら学園の校歌はいつもながら心の奥深く染み入る歌でした。木造の体育館にやわらかく響くピアノと歌声は日常の中の非日常の空間です。このQOLを社会全体のものにしてきたいと、そう思わせる音楽の空間でした。
■でも、アナウンスは蒲鉾型の屋根の反響で聴き取りにくいというやっかいな体育館です。これは既存の音響システムにPAシステムを追加してかなり改善しました。県内の他の養護学校、高校の体育館でもやはりPAシステムを導入して聴きやすさの向上を工夫しています。注目するべき方向から注目するべき音情報が聴こえてくることはジョイントアテンションのみならず感覚統合の発達を積極的に支援することに他ならない。感覚の統合につまずきがある子どもの音環境を整えること、音環境の構造化も学習内容と同様にたいへん大切です。むしろ、音環境が整わなくては学習が成立し得ないと考えるべきで、意味のある音を提供することが大事だ。学校の音を整えること、それは20年前、初任の小学校が文部省の体力作り研究指定校で、その研究のプロセスで気づき、部分的にしていました。今また自分のこだわりの原点に戻る。
■3月3日、高等部のミニコンサートで弾いたのはエルガーの「愛の挨拶」のテーマです。バイオリンを弾くのは数年ぶりで、楽譜もなくて、やっとメロディーになるのはこの曲の冒頭と、チャイコフスキーの交響曲第3番第4楽章の第二テーマだけです。木曜日の夜、音楽室で練習していて、思うように弾けなくて、でも、だからといって焦るでもなく、ただただ、自分の音とのダイアローグに、忘れていた自分を取り戻すプロセスをクールに見つめる自分がありました。
■リビングのテレビで「アメリ」が映っていて思わず見入ってしまいました。フランス人はみんな変わっているのではないかと思ってしまう人たちの映画です。このような映画はどこか哀しげなものだがそんな気配は微塵もない。日常こそ彼ら彼女たちにとって宝箱なのだ。神にも感謝なんかしていない。自分に嘘をつかない。おかしな人たちだけど最高の人生と思わせる不思議な映画です。こんな映画をプロデュースしようという発想を生み出す文化に私は興味津々です。ところが音楽は保守的に思えます。それは伝統的というべきですが、頑なさを感じます。そういえば映像自体も暖色系で、まるでコダクロームです。私が知らない文化です。
■こうした色調はとても大切で、昨夜放送のあった「耳をすませば」をHDDに録画したらすごく鮮やな色で、それはこの映画の私の記憶色にない色だったので違和感があります。
■勤務先で使っているパソコンのキーボードを換えたら仕事のスタイルまで変わったように思っています。物が書ける、という感じです。指が納得している。これも感覚統合の悪戯にちがいない。Macもきっとそうです。

2006/02/25

『誰も寝てはならぬ』

■寒暖の差が大きくて体調管理に気を遣うこの頃です。先々週の雨の帰り道ではカエルが跳ねていて驚きました。まだ2月だよ!
■12日、2月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。子どもたちもお母さん方も場の文脈をよくわかってくださり、とても整理された空間のセッションでした。私にとってもひとりひとりにていねいにメッセージを送ることができました。みなさんに感謝しています。
■先週の木曜日と金曜日は四日市市消防本部で防火管理講習でした。座学ばかりでストレスが溜まりましたが、2日目の実習、とりわけ消防署屋上からの垂直型避難シュート体験は初めてでわくわくしました。座学ばかりといっても防火管理は人命を守るノウハウです。防火管理者の社会貢献のパラダイムをいつも意識していたいものです。
■講習の間にも消防署では救急車と消防車の出動があって緊迫した空間でした。そんな消防署の片隅にsaecoのエスプレッソマシンがありました。命懸けの職場とエスプレッソコーヒーになぜか腑に落ちるマッチングを感じて私の目は釘付けになりました。
■金曜日の朝、支度をしていたらテレビの速報で荒川静香がフィギアシングルで金メダルを獲得とのテロップが映りました。曲はバイオリンの『誰も寝てはならぬ』が印象的でした。開会式のパヴァロッティの歌もこの曲でした。いつもながらいい曲だと思います。パヴァロッティもいいけどバイオリンもいい。
■来週、バイオリンを弾くことがあって、先週、ケースから出したら弓の毛が何本か切れていました。張ったらまたパラパラと切れてしまいました。毛替えをして5年くらいになるでしょうか。ほとんど使わないままだったから弱くなってしまったのでしょう。弦は切れてなくて、チューニングをしたらバイオリンならではの鋭い反応の音がやたら大きく聴こえました。ところで、バイオリンを弾くといっても何を弾いたものだろう。そんな一思案がちょっとうれしいノイズです。
■仕事で使っているパソコンが昨年12月末に更新されて“生産性”が納得のレベルになりました。でも、机上の配置と使い勝手がうまくいかず、キーボードを別に買うことにしました。PFUのHappy Hacking Keyboard Lite2の日本語配列かな無刻印モデルの白です。キーのサイズはフルサイズのままテンキーどころかファンクションキーまで削ったモデルで、刻印はアルファベットと?な記号だけです。価格は5,800円とベーシックなキーボードにしては値が張りますが、キーの音は映画のシーンの“あの音”が思い当たる質感があって生理的に納得してしまいます。色は白といってもオフホワイトで、IBMのPCの旧き時代を彷彿とさせる味わいがあります。PFUは文字の刻印が全くないキーボードも作っています。キーボードに向かう度に神経衰弱のゲームをするみたい。これが2万円を超えるプレミアムで、カラーは“墨”もあって、モニタで見てもなかなか魅力的です。L2モデルはオプションのMac化キットでMacのキーボードに変わります。Mac miniのキーボードならこれがお似合いでしょう。

2006/02/11

さまざまなミュージック

■昨日、3週間ぶりにいつもの勤務に戻りました。いつもの勤務とは12時間勤務(×_×)です。この3週間にいろいろなことがありました。入院していた身近な人が亡くなりました。寺の住職で、生前の法話を思い出しながら“命”そのものを思う日々です。
■今日、三重県療育研究会の多職種研修会でたいへん腑に落ちる話を聴いて、私自身の自分らしさを取り戻したように思いました。感覚統合の勉強をしたのは養護学校勤務1年目のこと、8年前です。脳幹網様体が覚醒水準に関係していることなど、前任校の狭い畳の部屋で勉強したことを思い出しました。あのときの研修がなかったら今の自分もなかったと思います。私の音楽療法と教育を支えているパラダイムのひとつは感覚統合です。
…ここからはメモ…
■人文系の仕事ばかりしているとコンピュータなど理科系テクノロジーで頭を使いたくなります。このところそんな状態ですがその時間もないと思っていたらコンピュータの方からアプローチされました。
■VAIOはHDDのクラッシュでした。最悪の結末でデータが取り出せません(×_×) データのバックアップは重要なリクスマネージメントなのに使用頻度が低いとついつい怠ってしまっていました。複数のマシンが常時稼働する環境を維持することもリクスマネージメントです。VAIOの後に来たのはEPSONのEndeavorNT350 White Editionです。画面の明るさはEndeavorが一枚上で、真っ白なボディと相俟って好印象です。CPUはCeleronMですがこのG4より速いかも知れません。動作の安定感はこのPowerBookと並ぶ印象です。ハードの造り込みもクオリティが高くてなかなかのものです。Windowsも悪くないと思わせてくれます。
■携帯のF902iにMacのアイコンを入れてみました。もともと“プラチナシルバー”のF902iはiPodと見紛うデザインですが、モニタを開けるとPowerBookライクで気に入っています。Appleが携帯を作ったらこうなるかも! 私のF902iはAFボタンのクリック感がなくて不良品かと思っていましたが、カメラモードの半押しAFロックと深押しシャッターの2段階ボタンの機能があって、そのために他のボタンのようなカチッとしたクリック感がないと判明。カメラモードでそのボタンを使うとすごく使いやすい。納得です。搭載受光素子、FUJIFILMのハニカムCCD400万記録画素の実力も相当なはずですが、取説を読む時間がなくてその真価を使いこなす術を知りません。きっと、デジカメいらずのはずです。携帯のモニタで見る限り、シャープで歪曲も少ないレンズです。F902iに組み込まれたテクノロジーは相当なものと思いますが、FOMAのアーキテクチャはやはりどこか脆弱です。電話なのに通話そのものが不安定に思います。
■FUJIFILMのデジタルの絵作りはFUJICHROMEライクで私は好感を持っていますが、CanonのEOSの絵作りもまた好きです。EOSデジタルの色は“あっさり”との評価が一般的ですが、その“あっさり”のニュートラル感は他にない優しさがあるように思います。“素材”としての懐の深さもあります。D30の絵作りから脈々と続くEOSデジタルの文脈にエールを送りたいと思うのです。20Dの後継モデルが出たらほしいけどD30も手放せない。このPowerBookのモニタの画像で目に優しいのはEOS D30のデータです。今では気難しいD30ですが、その気難しさもまた私は愛おしいと思わしめるのだ。
■ピニンファリーナ社を取材した「デザインルームの6か月」(NHK)のノーカット版の再放送がありました。どこか物足りなかった部分が埋め合わされていてこの番組の制作意図が伝わってくるように思いました。トリノオリンピックでテレビの番組表にはイタリア特集が増えてきました。
…今日に戻って…
■テレビのトリノオリンピックの開会式を横目で観ていたらフェラーリのF-1マシンとルチアーノ・パヴァロッティ、そして、オノヨーコが出ていました。私の気になる存在です。F-1マシンのミュージックとパヴァロッティのミュージックは私にとって最高のミュージックです。スキーの滑降も!

2006/01/29

幾たびかの旅

■身近な人が入院して病院通いが続いています。“命”そのものを思わずにいられないとき、人は価値観を揺さぶられます。医療というパラダイムと私たちの日常のパラダイムとをつなぐもの、それがひとりひとりの個人に委ねられている状態は私を落ち着かせません。患者だけでなく医師と看護師の負担は大きい。満床の大病院にはそれでも次々と傷病の人が来て慌ただしく、治療の場ではあってもセラピーの場とは思えません。現場は文字通りたいへんです。病院の6階の窓から見える松阪の夜景はきれいなのに…ほんとにきれいです。
■若尾裕著『奏でることの力』(春秋社 2000)の「この世で最後に聴く音楽」を読んで、私は、自分にとっての奏でることの意味を考えました。ときおり思い出しはしましたがそのために突き詰めて考えてはこなかったこのことを、今また考えずにいられません。病院で私が奏でるとしたら何を奏でるのだろう。ターミナルケアで“音楽療法”が成し得ることは何なのだろう。いや、音楽療法というパラダイムではなく、音楽そのものの領分のことです。私はまた幾たびかの旅に出る。
■辻邦生の文体に30年ぶりに触れました。辻邦生をむさぼるように読んだのは高校の頃です。今では古本屋でしか見かけない本を探す。これも旅。
■今夜の「情熱大陸」(毎日放送制作)はベルリンフィルの主席ヴィオラ奏者清水直子でした。昨年のジルベスターはモーツァルトプログラムだったようです。サイモン・ラトルのモーツァルトはヴィヴィッドで楽しい。「この世で最後に聴く音楽」はモーツァルトかも知れないと思うのだ。

2006/01/22

crown nose

■先週は睡眠時間が短いのに眠くならない危険モードに入ってしまって土日は休養にあてる予定でしたが、連日の夜の会議や細々した用事で終わりました。
■先々週12日木曜日は昼を食べる時間も走って200kmという思いの外ハードな出張となりました。前任校で音楽療法と社会福祉の講演会がありました。先立ってプライベートセッションがありました。大滝昌之さんのギターと歌のライブは久しぶりで、録音ではわからない空気感が手を出せばまさに触れるような存在を感じる空間でした。知人が用意してくださったギターはハイクオリティのオーダーメイドでアンプはジャズコーラスという大滝昌之さんお気に入りのセットです。音楽の力、奏でることの意味をあらためて思い知りました。
■15日日曜日は1月の日曜日のポコ・ア・ポコをしました。13家族のみなさんに来ていただきました。ずっと通ってくださっているお子さんの成長は保護者の方にとっても私にとってもほんとにうれしいものです。そして、家から40分かけて歩いて来てくださる子どもとお母さん、100km近く車を走らせて来てくださるご家族のみなさん、ポコ・ア・ポコに価値を見出してくださるみなさんに感謝感激です。今回はずっと体調がすぐれなかったお子さんが1年ぶりでしょうか、表情豊かに参加していただいて、それはそれは自分のことのようにうれしく思いました。来月はどんな出会いがあるのでしょうか。楽しみです。
■金曜日の夜はケアリングクラウン研究会の第4回定例会に行きました。会場は名古屋国際センターです。今回のテーマは「ケアリングクラウンのコミュニケーション」で、ケアリングクラウンの文脈の核心といえる重要な内容についてでした。言葉はちがいますが、私が教育や音楽療法の文脈の核心ととらえているものと共通する部分が相当あると考えています。たくさん言葉が浮かびます。人と人とが織りなす相互性が築く豊かな関係性、心理療法「色彩ブロット描画物語法」(酒木保)の行程を重視する目的地を決めない旅ジャーニーの概念、セルフエスティームを高めること…。ケアリングクラウン研究会代表高田佳子さんのレクチャーはたいへん共感するものでした。この日は他にボディワークやグループディスカッションもありましたが、1日かけてじっくり学びたい内容でした。そして、さまざまな分野の人たちと出会い、言葉を交わすことができて価値ある時間となりました。疲労がピークでしたが行ってよかったと思いました。そのシンボルがこの日いただいたクラウンの赤い鼻かも知れません。私の宝物です。PowerBookのACアダプターにつけて写真を撮りました。
■この日、愛知県の作業療法士の人と名刺を交換して話をしたところ、精神科医療に携わる共通の知人がいることがわかりました。それぞれ分野のちがいはあっても、お互いの枠組みを超えたところで+αを求める人はいつの間にか隠されたネットワークで結ばれていくものかも知れないと思いました。それには自分からアクションを起こすこと! 内だけでなく外を見ること!
■年明けから音楽療法の評価について書くことがあってインターネットで調べていたらたいへん共感する文章に目が釘付けになりました。音楽療法の量的評価と質的評価について検索していてヒットしたサイトです。URLをたどっていったら、なんと、若尾裕さんのサイトでした。広島大学から神戸大学に移られたとのこと。若尾裕さんの著書(言葉)は私の音楽へのこだわりにいつも応えてくれます。音楽のことで行き詰まりを感じたときなど、ふと手にしたり思い出したりするのは彼の著書です。今回の音楽療法の評価の難しさの本質について腑に落ちる言葉を示してくれたのもやはり若尾さんでした。音楽療法の評価をめぐる議論の核心やポール・ノードフの“本心”は教育の現場で子どもたちと同じ時を過ごす私のこだわりそのものです。私も自分のこだわりに真摯でありたいと思いました。
■年明けに実家から芥川龍之介全集第1巻と第12巻を持ってきました。芥川龍之介全集を買ったのは書簡集を手元に置きたかったからです。1982年のことです。今は彼の“作品”の潔さに触れたいと思っています。言葉のリズムがしっくりきます。この頃よく思うこと、それは、公私の枠を超えた私自身のライフワークです。新しい年は大きな変化があるかも知れませんが、それは、私には自然なことなのでしょう。
■先週はVAIO SRの電源が入らなくなってしまいました。華奢な造りで腫れ物にでもさわるように使ってきましたが、4年半、使って使ってしてキーポジションのキーの文字は消えてしまっていました。VAIO SRは3代目、このPowerBookは5代目です。Windowsマシンでいちばん愛着を感じているのは2代目のThinkPad535Eです。スペックの制約があって実務では使えませんが、書き物をするにはいちばんです。私の指は今もTinkPad535Eのキーのタッチと配列を覚えています。音楽や仕事のことについて自分の言葉で書き物を始めたのもThinkPad535Eでした。横須賀の国立特殊教育総合研究所の狭い部屋で「久里浜だより」を書き続けたのも、DTMの打ち込みをして「おかあさんといっしょ」のコンサートをしたのもThinkPad535Eです。このPowerBookは私にとってのThinkPad535Eを超えるでしょうか…それは私の使い方次第ですね。

2006/01/09

心さわぐ年始

■昨日の朝日新聞朝刊のトップの見出しは「特殊学級『特別支援学級』で存続」でした。文部科学省が今月招集の通常国会に提出する学校教育法改正案とのこと。人的なリソースを確保する意味においては高く評価されますが、地域共生社会を目指す障害者基本法や発達障害者支援法、特別支援教育の理念の実現に向けた取り組みが減速することがあってはなりません。同紙に障害児教育が専門の大学教授が「妥当だ」とコメントを寄せているのは意味深長です。ますます地方の努力に俟たれている割合が大きくなってきました。先月脱稿した私のレポートも書き換えたい部分が出てきました。「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」の中央教育審議会総会での審議と文部科学省大臣への答申が12月8日、翌9日早朝に文科省のホームページに全文が公開されて1か月後の新聞報道がこれです。学校教育の改革のスピードは早い印象を持たれる人が多いと思いますが、障害者基本法の理念に比べて教育界のトーンは低いと言わざるを得ません。国際的にみてもそうではないでしょうか。WHOのICFなど地球的な規模の理念も日本から情報発信するくらいの志がほしいものだ。だったらお前はどうだ!と自分に問う。
■先週は地域の有志の集まりがありました。地域力、地域が潜在的に持っている力、地域に住むひとりひとりの力こそこれからの社会を作り得るのだと思いました。その社会が“新しい公”ではないかと。今求められているのは長期のビジョンです。ビジョンは理念がなければ描けない。そして、理念こそ人と人とを前向きのベクトルでつなぐものと思っています。
■今日は精神科と神経科が主な診療科目の病院で、精神保健福祉士、作業療法士、看護師のみなさんと音楽療法の勉強会をしました。精神科医療とミュージック・ケアに共通する要素がいくつかありました。勉強会の後で精神福祉士と作業療法士の方と話をしていて、学校とのパラダイムのちがいも実感しました。学校は成長や発達がパラダイムのベースにあります。でも、成人はちがうと思いました。成長や発達ではない何か、うまく言えませんが、人生の価値観そのものでしょうか。成長や発達が日々の目標ではなくなったと感じる年齢になったとき、人は何を価値あるものとして生きていくのでしょう。学校教育と長い人生との関係について真摯な考察が必要だと思います。
■いくつか終えましたが、書くべき物があといくつかあって、何をするにもそのことが頭を離れない。書き終えた物はひとり歩きをします。書いた物はそれ自体が新しい関係を作って行くものです。これはプレッシャーだけどチャンスは活かしたい。
■一昨日、ペンションモーツァルトから年賀状が届きました。年賀状の写真は宇宙から見た地球です。宇宙から見た地球は神秘的です。立花隆の『宇宙からの帰還』(中公文庫)は、宇宙飛行士たちの地球帰還後のさまざまな人生を描くことで宇宙飛行での体験の実体を探ろうとしています。この本を読んで私は宇宙から見た地球の映像を見る目が変わりました。宇宙の神秘が身近になりました。

2005/12/30

書くということ

■四日市の寒さはまるで北国のようです。凛とした寒さです。それが心地いいのだけど、雪がよく降ってこちらはたいへんです。仕事納めの朝も東名阪から見えるのは雪景色で50km制限でした。伊勢道と東名阪をつなぐ高架橋の路面は白くて背筋が凍りました。ひたすら慎重に走る。
■このところ車は見たこともないような汚れ方です。原因は凍結防止剤などのケミカルだと思うのですが、ボディ一面に汚れがこびりついている状態です。給油で寄ったガソリンスタンドで洗車することにしました。機械洗いで1200円は高いと思いましたが、洗い残しがなくて撥水コートはしっかり効いているし、車内もガラスやインパネを拭いて掃除機までかけてあります。待ち時間は15分。これで1200円は納得です。ここのところ車を洗う時間どころか眠る時間も十分にとれない毎日なので助かりました。そうそう、アテンザのアルミホイールの色はグレーではなくガンメタと呼ぶのが一般的だとわかりました。ずいぶん存在感がある車になりました。
■12月に入って続いていた書き物が一段落しました。時間がかかったのは高校と特別支援教育についてでした。自己像の形成、自己理解は誰にとっても大きな課題ですが、発達障害がある生徒の自己理解のサポートが高校の特別支援教育のもっとも大きな課題となってくると考えています。あと、音楽療法関係の機関誌に寄せる学校と音楽療法についても難しいテーマでした。特別支援教育はこれまで当たらず触らずにしてきた課題を真正面から突きつけています。現場のひとりひとりが踏ん張らなくては価値ある新しいページは開かない。書くことは相当なエネルギーを使いますが、自分自身を吟味することであり、意見をいただくことで糧とすることができます。新年1月の中頃にどちらも印刷物となります。
■帰りに寄った書店で本の雑誌のコーナーで足が止まりました。ここしばらく書き手モードだったので私のスタンスは物書きになっていたのかも知れません。そういえばずっと小説を読んでない! “斬新”とは“novel”のこと! この年末年始に1冊読めたらいい。

2005/12/23

冬本番

■11日日曜日、12月のポコ・ア・ポコをしました。11家族のみなさんに来ていただきました。この日も午前中は出勤という慌ただしい毎日でしたので、ポコ・ア・ポコはほっとする空間でした。動と静のコンビネーションがいつになく心地よかったです。サンタさんは来年呼ぶことにします。
■この日は帰ってアテンザのタイヤをスタッドレスに換えました。タイヤはYOKOHAMAのiceGUARDでサイズは215/45R17、雪がない路面ではソフトで静か、ハンドルにはそれなりにクイックに反応するけどアクセルのオンオフにはまるで鈍感になってしまいました。でも、さすがに雪には強く、昨日の大雪をものともせず走ることができました。昨日、鈴鹿と四日市は20cmくらいの積雪があって、至る所でノーマルタイヤの車がスタックする中、MTなので下り坂も不安がありませんでした。松阪から四日市まで7時間半もかかってしまいましたが…とんでもない誕生日でした。7スポークのグレーのアルミホイールはそれなりに凄みがあってちょっとあやしい雰囲気です。「となりに止めたくない」と言われました。あと、5mmのスペーサーを入れてオフセットを+43にする予定で、ますます「となりに止めたくない」車になりそうです。
■18日日曜日はオペラ「ヘンゼルとグレーテル」に行きました。この前オペラに行ったのはいつのことだったのか思い出せないくらい久しぶりでした。オペラは最前列で観る!とは私のセオリー、オーケストラピットのすぐ前の席に座りました。
■オーケストラピットといっても、指揮者、シンセサイザー、パーカッションの5人と譜めくりの2人だけ。シンセサーザーはヤマハのSTAGEAでした。この演奏が素晴らしくて私は聴き入ってしまいました。音だけはオーケストラに聴き替えてましたけどね…このことは自分でも不思議でした。管パートのアーテキュレーションはとりわけ抜群で、STAGEAはこんな使い方も想定して開発されたのだろうか…だとしたらヤマハのプロデュースはすごい。STAGEAの奏者の音楽性はもちろん素晴らしい。1幕と2幕は右スピーカーの電源が入らなくて物足りない音でしたが、私はオーケストラに聴き替えながら音楽を堪能しました。
■「ヘンゼルとグレーテル」は日本語上演で、聴き取れない歌手は何語で歌っても聴き取れないものですが、主役は実力十分でほんとに楽しむことができました。主役は私の知人で、こんな時間を持ち合わせていることにただただ感動です。私もまた奏でたいと思いました。非日常の空間を持ちたいと思いました。非日常と日常はいつも同じ刹那にあるのだけど、私は器用じゃない。非日常だけの時間を持ちたい。
■この土日はフィギュアスケートグランプリフィナーレ2005も堪能しました。浅田真央が滑る度に成長する姿がいい。彼女のフリーはチャイコフスキーの「くるみ割人形」でした。今までにない「くるみ割人形」を聴かせてくれたのは彼女の舞です。身体で表現することの力を教えてくれました。安藤美姫のフリーの音楽はジャズナンバー「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で、ヴァイオリン・ソロが私をただ事では済まない時間に誘う。エキシビションはフィギュアスケートならではの+αの楽しみです。でも、規定のプログラムがあってこそエキシビションが映えるのだと思います。
■「情熱大陸」は花屋・東信で、またまた血が騒ぎました。彼の文脈は「どう反応するか」…緻密で濃密な時間がありました。心騒ぐ時間こそ次の扉を開くのだ。
■今日はNHT-TVで「デザインルームの6か月~伊・スーパーカー誕生」があってとりあえずHDDに録画しました。観て驚きました。フェラーリ・ロッサのデザインはピニンファリーナで、日本人デザイナーの作品でした。彼、岡山清行はピニンファリーナのチーフデザイナーなのだろうか…信じるのは自分の才能だけ、妥協はしない。今年の彼の作品はジュネーブのオートショーで最優秀を獲ったとのこと。コンセプトを貫く彼の姿は孤独だが気高い。番組で登場するトリノの車たちの姿と音、そして、バックの音楽が私を惹き付けました。明日はアテンザでアンドレア・ボチェッリの歌を聴きます。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...