2011/02/20

2月の日曜日のポコ・ア・ポコ

2月の日曜日のポコ・ア・ポコは12家族のみなさまのご参加をいただきました。春が近いからでしょうか、とても活気があるセッションでした。その中でも折り目切り目をしっかりつけるのは常連ならでは。初めてのお子さんもいつしか夢中になっての楽しいひとときでした。少し長い時間でしたが集中力が続いたことにも拍手を送りました。

2011/02/14

足が先か靴が先か

少し前にちょっと思い切ってトラッドの老舗のプレーントゥを購入しました。底も上革も硬く、頑固な職人が作ったかのようなビジネスシューズです。数年前から柔らかい靴を履くと足の形がくずれるような気がして、足をしっかり保護するタイプのものを選ぶようにしています。ところが試し履きのときちょうどいいと思う靴は足に馴染む頃になるととたんに形くずれをしてしまい、長時間履いていると扁平足になってしまったかのような足の形がくずれるような疲労感が出るようになります。
昨年秋に冬支度のブーツを調達に行った店でサイズ選びに迷っていると店の人がこんなことを言いました。「勤め始めた頃に先輩から教えてもらったんですけど、ブーツは最初血豆ができるくらいきついのを選ぶと2か月くらい経ってすごく足に馴染んできます」と。確かに、ちょうどいいサイズと思って買ったワークブーツはすぐに足が靴の中でごろごろと遊んでいるようになったことがあります。その日は3割引だったのでちょっと冒険をしてきつきつを選びました。もちろん、足先は1cmくらいの余裕があります。そのブーツは履いていると足が締めつけられている感覚があるのですが、脱ぐと足のどこにも痛みがないという不思議な靴で、週末しか履かないのにほどよくフィットしてきました。そして、そのブーツを履いていると足の形崩れの感覚がないことがわかりました。いい靴は足をつくるとでもいうべきでしょうか。今では色違いも欲しいと思っています。
ヨーローッパでブーツタイプの靴を履いていた時代があったように思います。パリの道がゴミにあふれていた頃のこと、靴はブーツタイプが実用的だったのかも知れませんが、編み上げのブーツはヨーロッパの人々の足を形づくってきたようにも思います。幅の狭い甲の高い足と聞きます。年のせいか、サンダルで長時間いると足が形崩れをしてしまいそうな疲労感を覚えるようになってそんなことも考えるようになってきました。でも、きつきつの靴を選ぶのはちょっと勇気が要ることです。
今回も履き始めて数日は失敗したかな、というくらいきつかったのですが、靴の結び方を工夫しているうちにほどよくフィットして、ネクタイで襟元をきゅっと締めるが如く、足元がしっかり身体を支えて自分の居所や姿勢が決まるような感覚がわかるようになってきました。足に靴を合わせて靴を選ぶものの、その靴が足のあるべき形や役割を教えてくれるという、足が先か靴が先かと思い巡らすほどのフィット感があります。造りは質実剛健で、メーカーの修理対応もあって10年はしっかり履けることを思うとコストパフォーマンスも高い。今日、雪の中を歩いたのに足が全く濡れなかったことにも驚きました。
今夜はDuneを聴きながらスコッチを味わう。

2011/02/11

信州特別支援教育カンファレンス2011

信州特別支援教育カンファレンス2011に行ってきました。明日は2日目ですが出勤のため今日1日のみ、日帰りでの参加となりました。中央道は雪で至る所でスローダウンしてオープニングセッションは半分も聴けませんでしたが、午後のDROPLETはしっかり勉強できました。信州特別支援教育カンファレンスはドロップレット・プロジェクト基調の感もありますが、それは支援の考え方だけで、コミュニケーション・シンボルの多様性についてはたいへん柔軟でリベラルなスタンスです。今の姿、持てる力からのスタート、子どもといっしょに何ができるかということです。教育、子どもの育ちの支援はそこがすごく大事で、私がドロップレット・プロジェクトをデザインだけでなく支持する所以となっています。今日の午後も1セッションだけPECSをクラスで取り入れた報告に参加して、その実践のレベルの高さに圧倒されました。教育もPDCAサイクルが欠かせないのですが、その緻密さとあたたかさがここそこに感じられるセッションでした。ひとつひとつのエピソードの質的評価が緻密な記録による量的評価できちんと裏づけられています。だから支援も構造化して組織力となって支援の横の広がりと継続が可能になっている。特別支援教育のフレームは京都市で生まれ、支援のベースとなるフレームの肉付けは信州で成されようとしているように思います。しばらく信濃詣でが続くことになるでしょう。

2011/01/29

はいだしょうこの「ぽよよん行進曲」

地デジ化をやっと済ませました。CATVなのでチューナーの交換と契約変更です。NHK-BSの録画は自宅の現状の機材では難しいようですが、そもそもNHK-BSを地デジのカテゴリーからはずしたことのコンシューマーレベルの不利益は決して小さくない。なのでこの機会に意地でもテレビを買い替えようとはせず、DIYでパラボラを立てようとしているひねくれ者です。物は大事に使いたいもの。テレビ放送もコンテンツを第一と考えています。
地デジの工事の待ち時間にiPhoneとiPadの音楽や動画の整理をしてiPadにもビデオを入れてみました。モニタが大きいので当然ながら見やすいし、とっさのプレゼンにも使えそうです。視覚的な情報とポイントを提供できることは大事です。PDFの資料もみんな放り込んでまだまだ余裕があります。ところで、i文庫は著作権が切れた作品を電子ブックで読めるアプリですが、ランキングを見ると太宰治や夏目漱石が上位にあります。日本の現代文学につながる古典が新しく読まれ、また、私のように再度読み返す機会を増やしていることの文化的な貢献は思いの外大きいのではないでしょうか。
iPadに入れたビデオにYouTubeにあった「世界仰天ニュース」ではいだしょうこが「ぽよよん行進曲」のフリを出演者たちに教える動画があります。何度観ても愉快でおもしろいのですが、いっしょに踊った後で「みんな自然と笑顔になれてる」とテロップが出て、「勇気がわいてきた 何でも出来るような気がする」という人(芸能界は不案内)がいます。その通り! はいだしょうこのリズミカルで輪郭のはっきりした立体感のある歌声と動作の見事なまでのマッチングがそのメッセージを力強く出しています。動作は指先まで美しく、意図があり、フレーズのまとまりとつながりが見事で、聴覚情報と視覚情報の高い次元でのマッチングというミュージック・ケアと相通じる核心です。自己肯定感を高いレベルで感じるのです。自分の存在の意味を社会的なフレームからも確信してしまうほどのパワーがある音楽、歌だと思います。

2011/01/27

銀座の写真

NHK-TV「ブラタモリ」の「池袋・巣鴨」を観てしまいました。観るつもりはなかったのですがこの番組はやっぱりおもしろいし、古地図を辿る目白から巣鴨にかけては土地の高低差があって興味津々です。1000万都市東京の歴史が凝縮されているようにも思います。一昨日の夜、久しぶりに入った書店で買った「Discover Japan」(えい出版社 2011)の「東京の秘密 東京⇔江戸 時をめぐる東京散歩」も今夜の「ブラタモリ」に見入った引き金になっているかも知れない。しかし、この本はこの1枚の写真を手もとに置きたかったので買ったつもりではあります。ところで、今夜の「ブラタモリ」でほんの少し流れた「A Whiter Shade of Pale」は聴き覚えがあってiTunesを探したらそれはサラ・ブライトマンだったのかも知れない。ケルトの音でした。
Ginza

2011/01/23

1月の日曜日のポコ・ア・ポコ

1月の日曜日のポコ・ア・ポコは8家族のみなさまに来ていただきました。子どもたちひとりひとりに目が行き届く人数で整然とセッションが進む様はまるで教材の映像を見ているかのようでした。子どもたちも居方がわかりやすかったようでした。今日は特別支援教育を大学で学ぶことが決まった高校生の参加もあって、若手を育てるというもうひとつの使命も考えながらでした。このこともあっていつになく基本に気をつけてしまったのかも知れません。ポコ・ア・ポコはいつも新鮮です。ご参加のみなさまに感謝、感謝です。
昨日は京都に行っていました。所用で大学のときの下宿周辺を回って懐かしかったり新しい発見があって新鮮だったりしました。私は築100年を超える古い土蔵の2階に書生のようにして下宿 していました。大きな門の傍のくぐり戸から出入りする古い屋敷です。その門も土蔵も当時のままで、時間があるときに訪れたいと思いました。時間が止まっているかのような不思議な空間に思いました。あの頃のように自転車で回りたいもの。

2011/01/19

ギター伴奏の「美しき水車屋の娘」

私が大学のとき夢中になって聴いた演奏です。歌はペーター・シュライヤー、ギターはコンラート・ラゴスニックです。FM放送で初めて聴いて大阪でのコンサートに行きました。そのときの放送は1980年のザルツブルク音楽祭の録音だったようです。コンサートは夢見心地で魅了されました。レコードも買いました。そして、今日、CDが届きました。調べるとiTunesStoreにもありましたがずっと見つけられませんでした。もう30年も前の録音ですが瑞々しさと感動は今なお新しい。当時の音楽雑誌に「この演奏を聴くともともとギター伴奏で作曲されたのではないかと思える」とあったことを覚えています。ラズコニックが学究派であることも。シューベルトの頃のことはあまり知りませんが、ギターやリュートがいちばん普及していたのではないかと思います。「美しき水車屋の娘」もリュートの伴奏で歌われていたかも知れない。それはシューベルトの歌曲だからこそで、シューマンはちがうかなとも思います。私はどちらも好きですが。

2011/01/02

世界は広い

新年あけましておめでとうございます。本年もポコ・ア・ポコをよろしくお願いいたします。
雪化粧の元旦と思っていたらいつもの抜けるような青空で、真綿のような雲が急ぎ足で西から東へと流れていました。
年末から読みかけの宮本敬文著『ウィスキー! さよなら、ニューヨーク』(マガジンハウス 2010)を元旦に読み終えました。これは著者自身の成長と成功の物語というだけでなく、アメリカの同時代史としても特筆すべきエピソードがいくつか記されているように思います。とりわけ、9・11以降アメリカ社会が優しくなったといういくつかのエピソードは印象的でした。9・11をポイントとしてアメリカはアフガニスタンに侵攻するにもかかわらず、その半年後にニューヨークに戻った著者がこれまでにない優しさを感じているのです。「9・11でニューヨーク全体が傷ついて、ニューヨーク全体が他人に優しくなったのかもしれない。短い2週間の滞在はあっという間に過ぎてしまった。優しくなったニューヨークは、至る所で感じられた。グロッセリーストアのレジで、ベーグル屋の店先で、街行く人々の表情で、優しさは溢れていた。いつもは他人に対してストレートに感情をぶつけていくニューヨーカーたちが、他人をおもいやるようになっていた。空を見上げた時に感じる違和感だけは、この滞在の最後まで変わらなかったが。」
今日は今日でNHK-TVの「南米大陸一周165日の旅」を観て、その場に実際に行かないとわからないことの多さをあらためて思いました。この旅を企画しているkumuka Worldwideもそうですが、この番組で旅をする18人の考え方にも大いに関心を掻き立てられました。まず自分の目で世界を見てから一歩を踏み出そうというスタンスはいつの時代の誰にも大きなターニングポイントをもたらすといっていいでしょうか。年末年始は関心が広がるきっかけがたくさんあります。

2010/12/22

緩和ケア病棟のクリスマス会

緩和ケア病棟のクリスマス会に同席する機会がありました。かつてはリハビリ用のプールだったというホールは天井まで続くガラスブロックを通して差し込む冬の日差しがやわらかく包み込んでいました。

患者さんは車いすやベッドで参加という方も多い中、自らサックスを演奏する方がみえました。「サプライズ!」です。3か月ぶりというアルトサックスはキーの動きがぎこちなくて、12月生まれの患者さんに贈る「A Whole New World」は途中からキーがずれてしまいましたが、キーを調整した後の「いい日旅立ち」と「Fly Me To The Moon」はプロの演奏の醍醐味たっぷりで素晴らしいものでした。緩和ケアにサックスを持って入院して、今日だけでなく病棟で演奏を続ける彼の姿に音楽が持つ力の大きさと深さをあらためて考えてしまいました。細い体で奏でる音楽のなんと力強いものだったことか。

病棟の廊下を帰るとき、開き放たれた部屋からバッハの「ゴールドベルク変奏曲」のピアノが聞こえてきました。CDなどを持ち込んでこうして毎日聴いているのでしょうか。私は緩和ケアで音楽療法を行うほどの実力も心の準備もなく、ただただ命の尊厳を思うばかりです。

そもそも緩和ケアでの音楽療法はどうあるものなのでしょうか。音楽は素晴らしいが決してオールマイティではないと考えます。音楽療法士は少なくともこのことを肝に銘じつつ、音楽に関するあらゆるアプローチを習得して臨床に臨むことが必須だ。いや、人と音楽への謙虚なスタンスがあって初めてセッションのスタートに着けるものではないのか。音楽を臨床の場で奏でる者は自分の音楽を押し付けるようなことがあってはならない。選ばれてこその領域であろう。

メリカントのピアノ音楽の楽譜が届きました。北欧、メリカントの音楽の透明感が今は身近に感じます。

2010/12/19

12月の日曜日のポコ・ア・ポコ

12月の日曜日のポコ・ア・ポコは 家族のみなさまに来ていただきました。今日も1歳半から16歳という幅広い年齢のお子さんでしたがいっしょに楽しめるところがミュージック・ケアの懐の深さです。今日は高校生も参加して「最近こんなに笑ったことがなかった」との感想をいただきました。いえいえ、あなたがそうして心を開いて楽しんでくれたからこそ今日のセッションがより密度の高いものになったのです。新しい年がよい年でありますようにとシャボン玉をプレゼントして終わりました。来年もよろしくお願いいたしますm(-_-)m
昨日は自宅の光回線の工事が終わって今日はLANの設定をしました。無線ルータは8年前に設置、「子機」は買い足してきた機材が混在していることから暗号化キーが何種類かあって、その見分け方がわからなかったのでなかなか難儀な設定となりました。わかってしまえばなんということもないので終わってから徒労感がどっと襲ってきました。無線ルータはNECのAterm WR8700N(HPモデル)で、光回線と相俟って文字通りの超速です。iOS4.2のダウンロードはiPadのとき9時間もかかったのがiPhoneではわずか50秒でした。容量は400MB余りです。何種類もの「子機」を接続しても難なく高速で通信する無線ルータは隔世の観があります。TVも接続可。一度知ってしまうと後戻りはできない。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...