2014/06/08

6月のポコ・ア・ポコ

6月のポコ・ア・ポコは6家族のみなさまにご参加いただきました。珍しく見学の方が一人もいなくて子どもたちの天下に見えました。いえいえ、ポコ・ア・ポコでは見学の方も大切なセッションのメンバーですが、子どもたちはその時々のその場の関係性にちゃんと合わせて自分なりの居方を見せてくれているわけです。“お利口さん”たちの“熟練”のセッションでした。この日、私のインプレッサは釘を拾って思いがけずタイヤ交換というおまけまであったことでまたまた印象に残るポコ・ア・ポコでした。

2014/06/01

いつの間にか6月!

ブログの更新もほとんどできてないままいつの間にか6月に入ってしまいました。

玄関前の夏の花はここ数年間インパチェンスと決めているのですが園芸店の店頭に苗が並ぶことが年々減ってきているように思います。今年は園芸店に行く機会がそもそもなかったこともあって売れ残りのようなところから見つけました。10本程度まとまった色の苗はピンクしかなかったのですが咲きそろってくるとそれでも微妙に色がちがうことがわかってきました。今日は朝から町内一斉大掃除、草取りで行き来する人が草木に目が行きやすい中、ちょっと不揃いなインパチェンスたちが控えめに咲いているように思えました。

色といえば思い立ってサングラスを新調しました。あれだな、と漠然と、でも、意外にしっかり決めて眼鏡店に行ったので指名買いでした。レンズは某ブランドのG15という色で、フレームも同じメーカーで定番のデザインのものです。巷どころか世界中で無数に使われているサングラスで、そう思うと興味深い見え方に思えてきます。G15もいわれてみればあれはこれかという色だし、フレームも映画「JFK」で地方検事のジム・ギャリソンを演じたケビン・コスナーがかけていたのが瓜二つのそれだったりするわけです。50代半ばにしてやっと辿り着いたの感もあります。思いがけずスポーツグラスのようなフィッティングでランニングやバイクにもよさそうです。今日は真夏のような日差しでサングラスのおかげで少しばかり運転もクールになったかのようでした。

2014/05/25

5月のポコ・ア・ポコ

5月のポコ・ア・ポコは6家族のみなさまにご参加いただきました。少人数だとここぞとがんばるお子さんがセッションを引っ張ってくれます。つまり、みんなの集中力を高めてくれます。そんなお子さんは不思議なことに日によって替わります。また、ぶつかりません。セッション毎に新しい発見があって新鮮です。来月のポコ・ア・ポコまで2週間という短さですがきっと新しい空間です。

2014/05/06

『交響曲を書いたゴキブリ』

翻訳家の村岡花子をモデルとしたNHKの「あんとアン」は活字を新鮮な眼差しで追った頃のときめきを思い出させてくれますが、この連休に思いがけなくやはり翻訳家の中山知子について思い出したことや新しく知ったことがありました。私が初めて中山知子を知ったのは小学校の音楽の副教材にあったインドネシア民謡の「ママのそばで」の訳詞者としてでした。オリジナルの歌詞はわかりませんが、その旋律は音が本来もつ機能のまま、まるで流れる水が岩肌の角を丸くした渓流を淀みなく進むようになめらかで、歌詞は水面に浮かんで流れる花びらのような、そんな表現が似合う歌でした。当時はインターネットもなくて調べようもなかったのですが、中山知子の名前はいくつかの歌の訳詞のところで見つけることができました。子どもたちがときめく言葉をよく知っている、児童文学者としての訳詞をされていました。今から30年くらい前のことでした。それが今どうしてまたあらためて知ることになったのかというと、トレパー・トッド著『交響曲を書いたゴキブリ』という本の翻訳者として名前を見つけたからでした。すでに絶版となって古書を取り寄せることにしましたが、どうしてわざわざこの本かというと、それは何となくピンときたということしかありません。翻訳者の名前だけでなく題名やそのときの自分の関心や気分など、何かが結びつけたとしか言いようがない。早く届いてほしいもの。中山知子は三重県生まれとのこと。祖父が「山田朝報」を創刊してその主筆だったらしいので伊勢生まれかも知れない

2014/05/04

炊飯器の妙

家電の不調は炊飯器に順番が回ってきました。ご飯に芯が残っているように思って炊飯器をよく見ると内蓋のパッキンが破れて水分が漏れているようでした。けっこう古いモデルで補修パーツもなさそうなので新調することにしました。店で選ぶ時間もなくネットのレビューを見て即決でした。翌日昼前には届いて早速炊いてみました。水の量や炊飯モードは使ってみて米と炊飯器の特性に応じて頃合いを決めていくものですが、普通に炊いて米の一粒一粒が中心部まで均等に柔らかくなっていたのには驚きました。その炊飯器はプレミアムものではなく普及版です。ご飯がおいしいと気持ちまでほっとすることを今更ながら実感しました。ただし食べ過ぎの心配はある。このまま凝ると、この米にこの水、炊飯器はこのモードというようにどんどん深みにはまってしまいそうで自分にブレーキをかけています。昨年から家電関係はいろいろあって、リビングや浴室の照明をLEDにしたり、トイレの換気扇のタイマースイッチをゼンマイタイプからデジタルタイプに交換したりしました。今年はまだまだありそうな気がする

2014/04/29

ストラド

ストラドとはストラディバリウス作のヴァイオリンの通称です。昨年11月、NHKスペシャル「至高のバイオリン ストラディバリウスの謎」が放送されました。全編にわたってヴァイオリンの演奏が流れる番組でドラマチックな番組でした。ところが、この番組の取材の未公開映像を加え、また、大幅に再編集して今月放送されたETV特集「ストラディヴァリウス~魔性の楽器 300年の物語~」はまるで別物の印象がありました。

比較しての言い方ですが、前者はドラマチックな印象のBGMが全編に流れてセンセーショナルな番組作りを感じますが、後者はBGMも控えめでアカデミックな視点のエピソードが多く組み込まれているように思います。案内役の五明カレンの表情もちがって伝わってくるようです。なぜNHKはこの異なる編集の番組を制作したのだろうか。

後者の番組を見ていて私のヴァイオリンの形はアマティのそれにずいぶん似ていると思いました。表板と裏板の盛り上がりが大きくて幅がやや狭い。それは学生のとき大阪で偶然買い求めた楽器です。「ストラドコピー」ばかりの中、そういえば他に似たヴァイオリンは出会ったことがありません。一度、床に落として裏板を真っ二つに割ったことがあり、修理してもらったら力強い音が出るようになって弓と合わなくなってしまいました。かといって弓を買い換える余裕もなく今に至っています。また弾いてあげたいと、年々よく思うようになりました。

それにしてもこの2つの番組はヴァイオリンの魅力をヴァイオリンとかかわる人たち、演奏家、制作者、また、修理に携わる人たちとの脈々とした営みを追って高い密度で伝えています。ヴァイオリンは今も時代とともに演奏や制作に携わる人たちの熱い思いによって進化し続けていることがよくわかります。ヴァイオリンとともに、音楽とともに日々を重ねることの充実感や喜びにもっと近づきたいと思う。曲を細切れに聴くばかりの毎日はしばらく続く。

朝からの雨はしばらく乾燥続きだった地上にまるで注がれるように降り続きました。自宅前のハナミズキの並木の花は若葉に変わりつつありながらも曇り空をパステル調に彩りを添えていました。肌寒くて1日中セーターを着ていました。

2014/04/28

『こころ』の連載

朝日新聞を購読しておきながら夏目漱石の『こころ』の連載が始まったことを知りませんでした。少し前に漱石の顔写真が載ったページを見たのですがデジタル版で読めばいいやと見送ってしまっていました。「こころ 連載」で検索すると、この連載をきっかけに朝日新聞の購読を始めた人もいるとかで少なからず話題になっているようです。新聞で読む『こころ』は1回が適度な分量でちょっと立ち止まったり読み返したくなる不思議な魅力があります。高校大学といちばん読んだのは辻邦生と夏目漱石でした。それゆえの懐かしさもありますが何歳で読んでも目が釘付けになるように思います。今はKindleアプリでどこでも思い立ったらすぐ読めるのもいい

2014/04/27

4月のポコ・ア・ポコ

4月のポコ・ア・ポコは10家族のみなさまにご参加いただきました。初めてのお子さんや1年ぶりのお子さんもいっしょに楽しめるところもミュージック・ケアの懐の深さゆえです。なんと、福祉事業所の職員全員でお越しいただいたところもあっていつになく密度感がありました。新年度も1月になろうとしている月末で、子どもたちは背が高くなったような、また、表情もぐんと成長して凛々しくなって驚きました。来月も楽しみにしています。

2014/04/19

ユリア・フィッシャーのモーツァルト

ジャケットはユリア・フィッシャーが黒のノースリーブのワンピースと黒のハイヒールで右脚の爪先を上げてヴァイオリンを弾く軽やかな写真が印象的で、聴くと、これは演奏の印象そのものでもありました。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲集です。彼女のバッハは私を30年余前の京都の記憶を一瞬にしてよみがえらせたのに、です。このモーツァルトはまさにコンテンポラリーの音楽であり伸び伸びとした演奏は実に気持ちがいい。桐谷美玲が「愛のあいさつ」のヴォーカルで軽やかに歩くココディールのCMとどこか共通するものがあるように思います。モーツァルトが歩く様が見えるようです。小林秀雄は『モオツァルト』を「モオツァルトは歩き方の達人であった」という一文で書きだしている。清々しい空気感がある。それは解き放たれた空間で蝶が微風に乗って飛ぶような、一瞬一瞬に思いがけない発見と感動があるような演奏だと思う。ある意味、しがらみを感じさせない、でも、音楽の王道をしっかりベースとしたユリア・フィッシャーのモーツァルトは遠路のドライブのBGMとして最高かも知れない。

今日は半年余ぶりにiPad miniのiTunesの「同期」をしました。MacBook Proのダウンから7か月、iTunesのライブラリをWindowsに移して安定した運用が可能となったからです。ムービーもいくつか加えました。リビングで音をBlueToothのスピーカーに飛ばして流すとすごく贅沢な気分になります。夜はジョン・ルイスのバッハがお気にリですが。iPad miniの容量を64GBにしてまさに正解でした。音楽も映像もたっぷり入って電車等で移動のときもしっかり使えます。また、近々iTunesのAndroid版がリリースされるようでこれは待ち遠しい。

2014/04/18

ここしばらくのこと

新年度が始まってまだ3週間ですが私のモードはすっかり入れ替わっていて、でも、4年間のブランクは大きくて取り巻く状況の把握に努めているところ。そんなこんなでThikPad T440sの不調の改善を試みる間もなく代替手段でつないできましたがブラウザやメーラーがネットに繋がらないままでは仕事にも差し支えが出てきたのでいろいろ試してやっと直りました。詳細は触れませんがこれまで何だったのか、ということでした。

先週日曜日に名古屋で開催された小児科学会に行ってきました。いちばんの関心テーマ、DSM-5とADHDの診断等の教育セミナーはすでに定員に達していて聴くことができず残念でしたが「子ども支援シンポジウム」など貴重な勉強の機会でした。「長期入院時の移行を支援する」では重症・重度心身障害児(者)がそもそも知られていないことから医学生の早期体験を行っていることが報告されました。これは昨年度まで私が勤務していた肢体不自由の特別支援学校の取り組み「来て見て知って 肢体不自由の子どもの支援スキル」そのものでしたが、医学部へのアプローチが抜けていたと気づきました。また、こうした特別支援学校の取り組みを報告しようとしましたが総合討論が時間切れで果たせませんでした。やるべきことの多さはわかりますが「集中選択」です。

病院併設の特別支援学校では子どもたちは病院食です。つまり学校給食がありません。前回の勤務のときはきちんと昼食をとっていましたが今回は気がつくと1時2時ということが度々あって昼抜きの日が多くなってきました。それで辛いということは全然なくて、むしろ体調はいい。あわよくば少しスリムになってほしいと思っていますがどうだろう。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...