2001/05/15

D・ケネディ『ビッグ・ピクチャー』

■このゴールデンウィークに買った本で、久々に読書に没頭した休日となりました。(新潮文庫)
■写真が好きな私には撮影から現像、焼付、そして作品にまつわる記述がこたえられない本です。また、登場するパソコンとプリンタ、IBMのThinkPadとCanonの携帯インクジェットプリンタという組み合わせは私がふだん使っているシステムと同じで、これも親近感があります。
■ストーリーは、一流法律事務所に勤める弁護士がさまざまないきさつからフォトグクラファーになるというもので、もちろん、これはまだ読んでないあなたにミステリーを紐解くおもしろさを残しておきたいためのほどほどの紹介ですが、安定した高収入の仕事を辞めて自分の感性と技術で作品を作っていくフォトグラファーになるという設定は“絵心”をいだいたことのある人ならぐっと惹かれるところではないでしょうか。写真は私にとって脇役以上の配役です。
■「あとがき」にもありますが、この本は、主人公が犯した殺人という罪がいつどこでどのように報いを受けるのかがもの足りなく、読んでいて腑に落ちないところがあります。

2001/04/29

JAZZ-BAR cook'n(クッキン)で考えたこと

■4月27日金曜日に津のライブハウス“cook’n”(クッキン)に行きました。剣山啓介カルテットのライブです。
■剣山啓介カルテットのメンバーはそうして演奏することが生業ではなく、本職は他にあると聞きました。演奏はプロはだしで、私は魅了されました。彼らは、昼間は私のように働いて、夜になるとライブハウスでセッションをするわけです。家庭(「家」ではありません)と職場の往復だけになりがちな毎日が続くと、そんな、非日常ともいえる世界をもっている人が輝いて見えます。
■昨年、横須賀に単身赴任しているとき、東京の新宿駅で出会ったブルース・ハープを奏でるスーツ姿の青年の姿をまた思い出しました。その頃書いたメールからのコピーです。
…いつだったか、会社や学校帰りの人でいっぱいの新宿駅の構内を歩いているとブルース・ハープがきこえてきました。ハーモニカで吹くブルースです。路上パフォーマンスです。僕は音のする方に行ってみました。すると、ネクタイにダークスーツのサラリーマンと思しき長身の青年がビジネスバッグを後ろに置いてブルースを奏でているのです。彼にとってそのひとときが彼のアイデンティティーなのかも知れません。痛快だと思いました。昼間はオフィスで黙々と仕事をしてアフターファイブの新宿駅で路上パフォーマーに豹変するのです。なんだかすてきでしたね。…
■世界は広いぞ!

2001/04/13

シーズン始動!

■2月から4月はじめまでの2か月間は私にとって完全にシーズンオフ。トライアスロンはもちろんオフなのだが、マラソンも、おまけに仕事もシーズンオフのような効率の低さです。原因は花粉症! 花粉症による通院、投薬の経済波及効果も大きいだろうが、マイナス効果はそれを上回るのではないかと思います。
■昨年は単身赴任もあってトライアスロンには1つも出ませんでしたが、今年からレース復帰と、さっそく、6月3日の2001大阪舞州スポーツアイランドトライアスロン大会に参加申し込み手続きをしました。51.5キロのオリンピックディスタンスです。このレースは以前に1回出たことがあります。そのときはO157菌が淀川で発見されたので大阪湾を泳ぐスイムはなくなってしまいました。先月オープンしたUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に近く、都会的で一味ちがうロケーションが気に入っています。
■昨日は久しぶりに泳ぎました。ターンをするたびにフォームがくずれてどうしようもないくらい体が泳ぎを忘れています。とにかく筋力が落ちている。ヒップがずいぶん小さくなって脚も細くなってなんともなさけない。バイクも新調したのでそれに負けないプロポーションでレースに出られるようにしたいと思う。

2001/04/10

指を切った

■この前の日曜日、タマネギを切っていて左中指の爪の横を包丁で切った。包丁で指を切るのは初めてだった。深い傷から濃いが血ゆっくり出た。一瞬、デジカメで写真を撮ろうかと思った。小さい頃はよくけがをした。けがをしない日はないくらいけがをした。ところが、いつしか、けがをしなくなっていた。だんだん自分の血を見なくなった。大人になって筋力がついてきたら、たまにするけがは大きく深くなっていた。血がたくさん出るようになった。痛みは、不思議に小さくなっていた。日曜日の切り傷もそうだった。意外に冷静に血を見ていた。

2001/04/01

『ハンニバル』先行上映をみた!

■昨夜、3月31日にワーナーマイカルシネマズ桑名のレイトショーで『ハンニバル』の先行上映をみました。猟奇殺人、カルバニズムという異常の映像は相当なものでした。
■この映画はキリスト教圏の長い歴史と新しい技術とのコラボレーションかも知れない。舞台の半分がフィレンツェで、半分の舞台のアメリカもヨーロッパへの憧憬が滲み出ている画面でした。
■音楽は、バッハの『ゴールトベルク変奏曲』の主題が冒頭に流れ、ウインナワルツなどクラシックが使われていました。『ゴールトベルク』のピアノの音はアコースティックだと思いましたが、エフェクトがかかって不思議な音の場面もありました。
■CGは特殊効果という使い方ではなく、CGアートというべきコンテンポラリーを感じさせる映像でした。同時に、カメラワークによる画面構成はきれいでした。ここでもアナログとデジタルというコラボレーションを感じます。
■それにしてもフィレンツェは魅力的だった。イタリア、伊太利亜、いたりあ!

交流学習を始めるにあたって

この文書は私個人の意見です。
交流学習を始めるにあたって、ほんのちょっとわかってほしいな、と思うことをまとめてみました。
ご意見はメールにてお寄せください。
■交流は同じ眼の高さのおつきあいから
交流学習はボランティアや福祉の練習の場ではありません。お互いが対等に時間と場所、活動を共有し、人と人とのあたたかいふれあいを通して将来にわたる好ましい人間関係を育ててゆくものです。その中からボランティアや福祉の芽が育ってくるのはごく自然なことですが、はじめに同じ眼の高さのおつきあいの交流があるからこそ真のボランティア精神も育つのではないでしょうか。私たち教職員は今一度交流の原点に立ち戻って、交流をとらえ直したいと考えています。
■見つめあって、ふれあって、いっしょに笑って泣こう
おもしろいね、楽しいね、うれしいね、悲しいね・・・そんなとき、いっしょに笑ったり、泣いたりできる人が身近にいてくれることの安心感とやすらぎは誰しも同じはずです。重い障害がある人はまわりの人の助けがないと暮らしていけません。でも、「してあげる」「してもらう」という意識があると、いっしょに笑ったり泣いたりすることはできません。お互いが気まずい思いをして疲れるだけです。ゆったりとした時間の中で見つめあい、ふれあうことで心の底からともに笑ったり泣いたりできるのです。私たち養護学校の職員は子どもたちからたくさんの豊かなものを分けてもらっています。
■交流は双方が知恵と力を合わせて作り上げるもの
交流学習は双方の児童生徒にとって意義あるものとして行われています。でも、両校のちがいは求めるもののちがいにもつながっています。双方の求めるものをはっきりさせてつき合わせ、お互いを理解してさらに意義深い交流を実現してゆくためには交流学習にかかわる教職員の話し合いと協力が必要です。計画と運営はフィフティ・フィフティでいきましょう。養護学校のことがわからなかったらたずねてください。そして、養護学校にきていただいて短時間でもいいですから子どもたちといっしょに過ごしてください。
■交流の内容はゆったりと
大切な子どもたちをおあずかりする私たちは、ただでさえ少ない交流の時間を無駄にしてはならないと思って、次から次へと歌やゲームなどを続けてしまったりします。その場は盛り上がります。でも、両校の子どもたちがお互いを見つめあってふれあって、そして考えたり思いやったりするゆとりがそこに生まれるでしょうか。歌やゲームは集う楽しさを感じる交流には欠かせない内容ですが、交流中の移動とか待ち時間も同じように大切なものではないでしょうか。計画をたてて事前指導を行うときから私たち自身が豊かな気持ちを心がけて子どもたちと接したいものです。
■児童生徒への指導はそれぞれで
度会養護学校の子どもたちは年々障害が重度化しています。街で車椅子に乗った人を見かけることが多くなったとはいえ、初めて養護学校と交流をした子どもたちは強い印象をもちます。「病気?」「治るの?」「どうしてみんなと同じ学校に行かないの?」…障害がある子どもたちと家族が歩んできた日々の思いは障害のない人には想像できないくらい深く重いものがあります。一言で伝えられるものではありません。交流でともに過ごしたこと、感じたこと、思ったこと、考えたことは、交流が終わってから自分の力であたためなくてはならないものです。そうして時間をかけて深く考えながら子どもたち一人一人が答を見つけてゆきます。その過程で身近にいるのはそれぞれの学校の先生であり、子どもたちの家族です。いっしょに考えてあげてください。交流を行う学校の子どもたちへの指導をそれぞれの学校で責任をもって行う理由はそこにあります。
■交流学習をいっしょに育てていきましょう
ここまでお読みいただくと、交流学習の基本的な考え方は通常の小学校、中学校、高等学校での人権教育と同じだとお気づきだと思います。そう、それがノーマライゼーションの基本原理ではないのでしょうか。さあ、いっしょに交流学習を育てていきましょう。

2000/11/03

Saecoとの出会い

■Saeco(サエコ)…キャノンデールがサポートするバイクチームです。そのチームカラーのレプリカフレームを近くのショップで見つけて8年ぶりにバイクを新調することにしました。フレームを予約したのが10月28日、そして今日11月3日、パーツを決めてきました。
■今年は5月から7月かけて単身赴任していたこともあってマラソンもトライアスロンもレースに出ないことにしていましたが、来シーズンからの復帰を目指して何か気持ちの切り替えが欲しいと思っていた矢先、Saecoのレプリカを10万円ポッキリで見つけてグラッときたわけです。トライアスロンをしているとキャノンデールはやっぱり気になります。これからはロードレースも視野に入れたいのでピュアレーサーのSaecoに乗れることになってうれしく思っています。
■完成は来月。それまでに体の準備をしておこうと、今日はジョギングをしました。運動しないと脚は細くなるしお腹は出る! そろそろ気分的に限界でした。久しぶりに走って気分爽快。来月は三重県飯南町の茶倉マラソンでクォーター、12月は地元の松阪シティマラソンで10キロを走る予定です。

2000/07/22

2000年・音楽漬けの夏

■音楽漬けの夏2年目です。この1年の間にもいろんな本集めて読んで、得るところがたくさんありました。今年は5月~7月にかけて神奈川県横須賀市の国立特殊教育総合研究所の短期研修に行きました。私のテーマは「音楽療法のよさを養護学校で生かすには」でした。そこで土野研治先生(養護学校教諭、全日本音楽療法連盟公認音楽療法士)の講義を聴くことができました。また、実地研修として、東京都内の2校の養護学校の音楽の授業と、1か所の療育センターの音楽療法のセッションを参観することができました。さくらんぼ保育園のリトミックを体験しました。そのどれもが貴重な勉強でした。

2000/07/04

久里浜だより31

■今日、最後の講義が終わりました。最後の講義は愛知県教育委員会特殊教育課主査の佐藤賢先生の『演習:体育の指導』でした。
■体育の時間の運動を子どもたちのハートレート(脈拍)から評価する話がありました。トライアスロン界では10年以上も前からハートレートを重要な指標とするトレーニング方法が主流となっています。学校でもようやくそうした視点が入ってきたのかと感無量、とは大げさなんですが、そういう思いもチラリ! 私もセンセーのはしくれなので、「いいと思ったら自分からやらなあかんやねえか」という声が…言い訳がましくなりますが、小学校勤務の頃は学年に応じて取り入れてました。理由は、すごく飛躍しますが、長い目で見て生涯スポーツへつながるかなと考えたからです。
■話をもどします。講義では、障害のちがいと体育の時間のハートレートのデータとの差とか、いろいろ興味深いデータがありました。動機づけでどれだけ「記録」が伸びるか、という点では、自閉症の子どもたちがいちばんよく伸びるとのことでした。動機づけでいちばんいいのは何だと思いますか? 先生の声かけです。
■あと、すごくおもしろい教具?を作りました。新聞紙とビニールテープでボールを作るのです。これでキャッチボール、バレーボール、サッカー、ホッケー、キックベースボールをしました。蒸し暑い体育館で大人が夢中になるほどおもしろかったです。中には「体育」が苦手な人もいたはずなのに! 障害のあるなしに楽しめる最高のボールだと思いました。知的障害の子どもたちはよく動くのだけど体をうまく使えてないから、ボールを投げられない、受けられない、蹴れない…そんな子どもたちにもってこいだと思います。投げやすい、受けやすい、蹴りやすいボールです。作り方はホームページに画像でアップしたいと思っています。ちょっと待ってください。
■最後の講義が終わって、免許の単位認定のレポートの課題が発表されました。課題からNISEのプログラムの意図がわかります。NISEでは、今、障害児教育で何が重要視されているのかということが。
■夜、荷物の箱詰めをしました。トラや帽子店の『誰かが星をみていた』をききながら片づけをしました。明日の夜、手話で歌う歌や障害児教育で使いやすい歌を歌って勉強する会があります。そのときに歌いたい歌があって伴奏をしてほしいとある人から頼まれて、今朝あずかったCDに『誰かが星をみていた』が入っていたのです。MDに録音させてもらって、結局、この歌ばかりききながら帰る仕度をしていました。久里浜に来る直前に教えてもらった歌なので、今度はこれをききながら帰り仕度をするのは、なんだかしみじみとしたものがあります。明日の夜の勉強会でも取り上げようと思います。

『誰かが星をみていた』 Someone Watching the Star

アフリカの星を みて
ゾウたちは そだった
くさはらに ねころんで
流れ星を みてた

南極の星を みて
ペンギンは そだった
氷山に ねころんで
流れ星を みてた

いつでも 星は あった
誰かが 星を みていた
過ぎていく 時の流れ
星だけが 知っている

ニッポンの 星をみて
ボクたちは そだった
物干しに ねころんで
流れ星を みてた

■ (みなさーん、最近、星たちをゆっくりみてますか? そういえば私は久里浜の星をみた、という記憶がない! 帰るまでに夜の海岸でゆっくり星をみたい!)
■明日明後日は自己研修です。渋谷のこどもの城などに行ってきます。しつこく!

久里浜だよりを読み返して(2005/1/21)
■久里浜だよりの最終号は研修全体について書こうと考えていましたが言葉になりませんでした。メールマガジンを送りつけられた勤務校のみなさんへのお詫びもせずに久里浜だよりは終わってしまいました。そのことをずっと引きずってきました。でも、それがいつしか私のパワーの源になっていることに気づきました。
■この冬休みの勤務先の養護学校での勉強会で使うスライドを作っていて、私の大きなターニングポイントはこの国立特殊教育総合研究所での研修だったとあらためて思いました。第一線の研究者と実践者と出会えたこと、その情熱と真摯さに私はひれ伏す思いの毎日でした。研究することの大切さを肌で感じました。そして、比喩的ですが、私はそこで言葉を学びました。言葉が大切なのだと思い知りました。2か月の講義録は3穴のルーズリーフ数百ページにもなりました。私の宝物です。現任校に赴任して7年が過ぎようとしています。異動があるかも知れません。この7年の間に教えていただいたことを自分の言葉で多くのみなさまにお伝えするときがきているものと思っています。
■最終日の翌日、千葉淑徳大学発達臨床研究センターの音楽療法のセッションを見学させていだたくことになっていましたが台風でセッションは中止となってしまいました。これがとても残念でした。一昨年のセミナーでも台風が来ました。私が淑徳大学に行こうとすると台風もついてくる…今年度も天災に翻弄されっぱなしのスクールバス係でした。いや、まだあるかも!

2000/07/03

久里浜だより30

■今日は1日中演習でした。教材教具の作成です。私は研究協議のグループのレポートの仮想指導案に出てくるパネルシアターを作っていました。
■私たちのグループには美術が専門の人が2人いるので絵はバッチリです。宇宙をイメージした表現活動がテーマなので蛍光絵の具とブラックライトを使います。プレゼンテーションは5分足らずでしたがハプニングがいくつもあって爆笑爆笑でした。
■パネルシアターの教材もいくつかコピーできたので夏休みはパネルシアター作りもしたいと思っています。東京都立調布養護学校の中学部の音楽の授業で使っていた『おもちゃのチャチャチャ』もあります。いろいろ作ってみたいと思います。自分で絵が描けたらいいのに! こちらに来て美術の先生はいいなぁと何度も感じました。(逆に音楽の先生はいいなぁと言われますがそれぞれ悩みがあるのだよ!)
■夕方にNISEの是枝先生のムーブメントの実技がありました。ロープやフラフープ、バルーンを使いました。バルーンはやっぱりいいものですね。初めてバルーンを体験した人たちは感動してました。
■この土日は東京行脚をして、本と楽譜、楽器などを買い集めていました。1か所に3~4時間いるので1日に2か所が限度です。クレヨンハウスや楽器店など回りました。昨日は銀座のヤマハに4時間もいて、外に出たらホコテンが始まっていました。道のド真ん中の炎天下のベンチでしばし足を休めました。マン・ウォッチングがとてもおもしろくて、WENDYでハンバーガー買ってきて食べながら1時間近くいました。
■そして野比の駅に着いたのが5時半で、道をまちがえて海岸に出てしまいました。たくさんの人がのんびり過ごしていて、私も駅前で買ったビールを1本飲みながらまたまた1時間つぶしてしまいました。銀座も久里浜の海岸も、こうしてのんびりする時間はもう最後だと思いました。
■明日、免許取得のためのレポートの課題が発表されます。ますます暑い!
■暑い日が続きます。みなさまお体に気をつけてください。

パール・バック『母よ嘆くなかれ』

音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...