■身近な人が入院して病院通いが続いています。“命”そのものを思わずにいられないとき、人は価値観を揺さぶられます。医療というパラダイムと私たちの日常のパラダイムとをつなぐもの、それがひとりひとりの個人に委ねられている状態は私を落ち着かせません。患者だけでなく医師と看護師の負担は大きい。満床の大病院にはそれでも次々と傷病の人が来て慌ただしく、治療の場ではあってもセラピーの場とは思えません。現場は文字通りたいへんです。病院の6階の窓から見える松阪の夜景はきれいなのに…ほんとにきれいです。
■若尾裕著『奏でることの力』(春秋社 2000)の「この世で最後に聴く音楽」を読んで、私は、自分にとっての奏でることの意味を考えました。ときおり思い出しはしましたがそのために突き詰めて考えてはこなかったこのことを、今また考えずにいられません。病院で私が奏でるとしたら何を奏でるのだろう。ターミナルケアで“音楽療法”が成し得ることは何なのだろう。いや、音楽療法というパラダイムではなく、音楽そのものの領分のことです。私はまた幾たびかの旅に出る。
■辻邦生の文体に30年ぶりに触れました。辻邦生をむさぼるように読んだのは高校の頃です。今では古本屋でしか見かけない本を探す。これも旅。
■今夜の「情熱大陸」(毎日放送制作)はベルリンフィルの主席ヴィオラ奏者清水直子でした。昨年のジルベスターはモーツァルトプログラムだったようです。サイモン・ラトルのモーツァルトはヴィヴィッドで楽しい。「この世で最後に聴く音楽」はモーツァルトかも知れないと思うのだ。
2006/01/29
幾たびかの旅
2006/01/22
crown nose
■先週は睡眠時間が短いのに眠くならない危険モードに入ってしまって土日は休養にあてる予定でしたが、連日の夜の会議や細々した用事で終わりました。
■先々週12日木曜日は昼を食べる時間も走って200kmという思いの外ハードな出張となりました。前任校で音楽療法と社会福祉の講演会がありました。先立ってプライベートセッションがありました。大滝昌之さんのギターと歌のライブは久しぶりで、録音ではわからない空気感が手を出せばまさに触れるような存在を感じる空間でした。知人が用意してくださったギターはハイクオリティのオーダーメイドでアンプはジャズコーラスという大滝昌之さんお気に入りのセットです。音楽の力、奏でることの意味をあらためて思い知りました。
■15日日曜日は1月の日曜日のポコ・ア・ポコをしました。13家族のみなさんに来ていただきました。ずっと通ってくださっているお子さんの成長は保護者の方にとっても私にとってもほんとにうれしいものです。そして、家から40分かけて歩いて来てくださる子どもとお母さん、100km近く車を走らせて来てくださるご家族のみなさん、ポコ・ア・ポコに価値を見出してくださるみなさんに感謝感激です。今回はずっと体調がすぐれなかったお子さんが1年ぶりでしょうか、表情豊かに参加していただいて、それはそれは自分のことのようにうれしく思いました。来月はどんな出会いがあるのでしょうか。楽しみです。
■金曜日の夜はケアリングクラウン研究会の第4回定例会に行きました。会場は名古屋国際センターです。今回のテーマは「ケアリングクラウンのコミュニケーション」で、ケアリングクラウンの文脈の核心といえる重要な内容についてでした。言葉はちがいますが、私が教育や音楽療法の文脈の核心ととらえているものと共通する部分が相当あると考えています。たくさん言葉が浮かびます。人と人とが織りなす相互性が築く豊かな関係性、心理療法「色彩ブロット描画物語法」(酒木保)の行程を重視する目的地を決めない旅ジャーニーの概念、セルフエスティームを高めること…。ケアリングクラウン研究会代表高田佳子さんのレクチャーはたいへん共感するものでした。この日は他にボディワークやグループディスカッションもありましたが、1日かけてじっくり学びたい内容でした。そして、さまざまな分野の人たちと出会い、言葉を交わすことができて価値ある時間となりました。疲労がピークでしたが行ってよかったと思いました。そのシンボルがこの日いただいたクラウンの赤い鼻かも知れません。私の宝物です。PowerBookのACアダプターにつけて写真を撮りました。
■この日、愛知県の作業療法士の人と名刺を交換して話をしたところ、精神科医療に携わる共通の知人がいることがわかりました。それぞれ分野のちがいはあっても、お互いの枠組みを超えたところで+αを求める人はいつの間にか隠されたネットワークで結ばれていくものかも知れないと思いました。それには自分からアクションを起こすこと! 内だけでなく外を見ること!
■年明けから音楽療法の評価について書くことがあってインターネットで調べていたらたいへん共感する文章に目が釘付けになりました。音楽療法の量的評価と質的評価について検索していてヒットしたサイトです。URLをたどっていったら、なんと、若尾裕さんのサイトでした。広島大学から神戸大学に移られたとのこと。若尾裕さんの著書(言葉)は私の音楽へのこだわりにいつも応えてくれます。音楽のことで行き詰まりを感じたときなど、ふと手にしたり思い出したりするのは彼の著書です。今回の音楽療法の評価の難しさの本質について腑に落ちる言葉を示してくれたのもやはり若尾さんでした。音楽療法の評価をめぐる議論の核心やポール・ノードフの“本心”は教育の現場で子どもたちと同じ時を過ごす私のこだわりそのものです。私も自分のこだわりに真摯でありたいと思いました。
■年明けに実家から芥川龍之介全集第1巻と第12巻を持ってきました。芥川龍之介全集を買ったのは書簡集を手元に置きたかったからです。1982年のことです。今は彼の“作品”の潔さに触れたいと思っています。言葉のリズムがしっくりきます。この頃よく思うこと、それは、公私の枠を超えた私自身のライフワークです。新しい年は大きな変化があるかも知れませんが、それは、私には自然なことなのでしょう。
■先週はVAIO SRの電源が入らなくなってしまいました。華奢な造りで腫れ物にでもさわるように使ってきましたが、4年半、使って使ってしてキーポジションのキーの文字は消えてしまっていました。VAIO SRは3代目、このPowerBookは5代目です。Windowsマシンでいちばん愛着を感じているのは2代目のThinkPad535Eです。スペックの制約があって実務では使えませんが、書き物をするにはいちばんです。私の指は今もTinkPad535Eのキーのタッチと配列を覚えています。音楽や仕事のことについて自分の言葉で書き物を始めたのもThinkPad535Eでした。横須賀の国立特殊教育総合研究所の狭い部屋で「久里浜だより」を書き続けたのも、DTMの打ち込みをして「おかあさんといっしょ」のコンサートをしたのもThinkPad535Eです。このPowerBookは私にとってのThinkPad535Eを超えるでしょうか…それは私の使い方次第ですね。
2006/01/09
心さわぐ年始
■昨日の朝日新聞朝刊のトップの見出しは「特殊学級『特別支援学級』で存続」でした。文部科学省が今月招集の通常国会に提出する学校教育法改正案とのこと。人的なリソースを確保する意味においては高く評価されますが、地域共生社会を目指す障害者基本法や発達障害者支援法、特別支援教育の理念の実現に向けた取り組みが減速することがあってはなりません。同紙に障害児教育が専門の大学教授が「妥当だ」とコメントを寄せているのは意味深長です。ますます地方の努力に俟たれている割合が大きくなってきました。先月脱稿した私のレポートも書き換えたい部分が出てきました。「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」の中央教育審議会総会での審議と文部科学省大臣への答申が12月8日、翌9日早朝に文科省のホームページに全文が公開されて1か月後の新聞報道がこれです。学校教育の改革のスピードは早い印象を持たれる人が多いと思いますが、障害者基本法の理念に比べて教育界のトーンは低いと言わざるを得ません。国際的にみてもそうではないでしょうか。WHOのICFなど地球的な規模の理念も日本から情報発信するくらいの志がほしいものだ。だったらお前はどうだ!と自分に問う。
■先週は地域の有志の集まりがありました。地域力、地域が潜在的に持っている力、地域に住むひとりひとりの力こそこれからの社会を作り得るのだと思いました。その社会が“新しい公”ではないかと。今求められているのは長期のビジョンです。ビジョンは理念がなければ描けない。そして、理念こそ人と人とを前向きのベクトルでつなぐものと思っています。
■今日は精神科と神経科が主な診療科目の病院で、精神保健福祉士、作業療法士、看護師のみなさんと音楽療法の勉強会をしました。精神科医療とミュージック・ケアに共通する要素がいくつかありました。勉強会の後で精神福祉士と作業療法士の方と話をしていて、学校とのパラダイムのちがいも実感しました。学校は成長や発達がパラダイムのベースにあります。でも、成人はちがうと思いました。成長や発達ではない何か、うまく言えませんが、人生の価値観そのものでしょうか。成長や発達が日々の目標ではなくなったと感じる年齢になったとき、人は何を価値あるものとして生きていくのでしょう。学校教育と長い人生との関係について真摯な考察が必要だと思います。
■いくつか終えましたが、書くべき物があといくつかあって、何をするにもそのことが頭を離れない。書き終えた物はひとり歩きをします。書いた物はそれ自体が新しい関係を作って行くものです。これはプレッシャーだけどチャンスは活かしたい。
■一昨日、ペンションモーツァルトから年賀状が届きました。年賀状の写真は宇宙から見た地球です。宇宙から見た地球は神秘的です。立花隆の『宇宙からの帰還』(中公文庫)は、宇宙飛行士たちの地球帰還後のさまざまな人生を描くことで宇宙飛行での体験の実体を探ろうとしています。この本を読んで私は宇宙から見た地球の映像を見る目が変わりました。宇宙の神秘が身近になりました。
2005/12/30
書くということ
■四日市の寒さはまるで北国のようです。凛とした寒さです。それが心地いいのだけど、雪がよく降ってこちらはたいへんです。仕事納めの朝も東名阪から見えるのは雪景色で50km制限でした。伊勢道と東名阪をつなぐ高架橋の路面は白くて背筋が凍りました。ひたすら慎重に走る。
■このところ車は見たこともないような汚れ方です。原因は凍結防止剤などのケミカルだと思うのですが、ボディ一面に汚れがこびりついている状態です。給油で寄ったガソリンスタンドで洗車することにしました。機械洗いで1200円は高いと思いましたが、洗い残しがなくて撥水コートはしっかり効いているし、車内もガラスやインパネを拭いて掃除機までかけてあります。待ち時間は15分。これで1200円は納得です。ここのところ車を洗う時間どころか眠る時間も十分にとれない毎日なので助かりました。そうそう、アテンザのアルミホイールの色はグレーではなくガンメタと呼ぶのが一般的だとわかりました。ずいぶん存在感がある車になりました。
■12月に入って続いていた書き物が一段落しました。時間がかかったのは高校と特別支援教育についてでした。自己像の形成、自己理解は誰にとっても大きな課題ですが、発達障害がある生徒の自己理解のサポートが高校の特別支援教育のもっとも大きな課題となってくると考えています。あと、音楽療法関係の機関誌に寄せる学校と音楽療法についても難しいテーマでした。特別支援教育はこれまで当たらず触らずにしてきた課題を真正面から突きつけています。現場のひとりひとりが踏ん張らなくては価値ある新しいページは開かない。書くことは相当なエネルギーを使いますが、自分自身を吟味することであり、意見をいただくことで糧とすることができます。新年1月の中頃にどちらも印刷物となります。
■帰りに寄った書店で本の雑誌のコーナーで足が止まりました。ここしばらく書き手モードだったので私のスタンスは物書きになっていたのかも知れません。そういえばずっと小説を読んでない! “斬新”とは“novel”のこと! この年末年始に1冊読めたらいい。
2005/12/23
冬本番
■11日日曜日、12月のポコ・ア・ポコをしました。11家族のみなさんに来ていただきました。この日も午前中は出勤という慌ただしい毎日でしたので、ポコ・ア・ポコはほっとする空間でした。動と静のコンビネーションがいつになく心地よかったです。サンタさんは来年呼ぶことにします。
■この日は帰ってアテンザのタイヤをスタッドレスに換えました。タイヤはYOKOHAMAのiceGUARDでサイズは215/45R17、雪がない路面ではソフトで静か、ハンドルにはそれなりにクイックに反応するけどアクセルのオンオフにはまるで鈍感になってしまいました。でも、さすがに雪には強く、昨日の大雪をものともせず走ることができました。昨日、鈴鹿と四日市は20cmくらいの積雪があって、至る所でノーマルタイヤの車がスタックする中、MTなので下り坂も不安がありませんでした。松阪から四日市まで7時間半もかかってしまいましたが…とんでもない誕生日でした。7スポークのグレーのアルミホイールはそれなりに凄みがあってちょっとあやしい雰囲気です。「となりに止めたくない」と言われました。あと、5mmのスペーサーを入れてオフセットを+43にする予定で、ますます「となりに止めたくない」車になりそうです。
■18日日曜日はオペラ「ヘンゼルとグレーテル」に行きました。この前オペラに行ったのはいつのことだったのか思い出せないくらい久しぶりでした。オペラは最前列で観る!とは私のセオリー、オーケストラピットのすぐ前の席に座りました。
■オーケストラピットといっても、指揮者、シンセサイザー、パーカッションの5人と譜めくりの2人だけ。シンセサーザーはヤマハのSTAGEAでした。この演奏が素晴らしくて私は聴き入ってしまいました。音だけはオーケストラに聴き替えてましたけどね…このことは自分でも不思議でした。管パートのアーテキュレーションはとりわけ抜群で、STAGEAはこんな使い方も想定して開発されたのだろうか…だとしたらヤマハのプロデュースはすごい。STAGEAの奏者の音楽性はもちろん素晴らしい。1幕と2幕は右スピーカーの電源が入らなくて物足りない音でしたが、私はオーケストラに聴き替えながら音楽を堪能しました。
■「ヘンゼルとグレーテル」は日本語上演で、聴き取れない歌手は何語で歌っても聴き取れないものですが、主役は実力十分でほんとに楽しむことができました。主役は私の知人で、こんな時間を持ち合わせていることにただただ感動です。私もまた奏でたいと思いました。非日常の空間を持ちたいと思いました。非日常と日常はいつも同じ刹那にあるのだけど、私は器用じゃない。非日常だけの時間を持ちたい。
■この土日はフィギュアスケートグランプリフィナーレ2005も堪能しました。浅田真央が滑る度に成長する姿がいい。彼女のフリーはチャイコフスキーの「くるみ割人形」でした。今までにない「くるみ割人形」を聴かせてくれたのは彼女の舞です。身体で表現することの力を教えてくれました。安藤美姫のフリーの音楽はジャズナンバー「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で、ヴァイオリン・ソロが私をただ事では済まない時間に誘う。エキシビションはフィギュアスケートならではの+αの楽しみです。でも、規定のプログラムがあってこそエキシビションが映えるのだと思います。
■「情熱大陸」は花屋・東信で、またまた血が騒ぎました。彼の文脈は「どう反応するか」…緻密で濃密な時間がありました。心騒ぐ時間こそ次の扉を開くのだ。
■今日はNHT-TVで「デザインルームの6か月~伊・スーパーカー誕生」があってとりあえずHDDに録画しました。観て驚きました。フェラーリ・ロッサのデザインはピニンファリーナで、日本人デザイナーの作品でした。彼、岡山清行はピニンファリーナのチーフデザイナーなのだろうか…信じるのは自分の才能だけ、妥協はしない。今年の彼の作品はジュネーブのオートショーで最優秀を獲ったとのこと。コンセプトを貫く彼の姿は孤独だが気高い。番組で登場するトリノの車たちの姿と音、そして、バックの音楽が私を惹き付けました。明日はアテンザでアンドレア・ボチェッリの歌を聴きます。
2005/12/04
サンタクロースの文脈
■四日市では「山に3回雪が降るとスタッドレスを履く」と聴いていて、今朝、その3回目が降ったとのことですが、きらら学園は雨でした。
■今日は病院勤務の精神保健福祉士の方と音楽療法の勉強会をしました。私は精神科医療について詳しいことは知りませんが、互いの情報交換の中で、ミュージック・ケアのメソッドは双方の原理に相通ずるところがあると思いました。今後、継続して勉強会をしていくことになりました。
■四日市の帰りに自動車用品店に頼んであったスタッドレスのホイール&タイヤのセットを受け取りました。グレーのアルミホイールはとりあえずスタッドレスにつけました。7本スポークはあまり見かけないのでちょっとうれしい。デザインはいまひとつ詰めが甘いけど袋ナットが見えるタイプなのでそれなりにシャープな印象になるかな?
■昨日は朝から松阪のムーブメントのセッションに出て、サンタクロースになって子どもたちにプレゼントをわたしました。サンタクロースになるのは初めての経験でした。サンタクロースを見つめる子どもたちの目はなんといえばいいのだろう。深い深い瞳でした。今まで見たことのない奥深さでした。クラウンもいいけどサンタもいいと思いました。ポコ・ア・ポコにもサンタさんを呼ぼうか…
■リビングのステレオが使えなくなって1年になります。CDラジカセやウォークマンなどで音楽を聴いていますがとても満足できるものではありません。聴くだけで幸せになる音ってあります。お金はちょっとかかるけどコンポーネントでそろえたいと、日々、思いは高まります。毎日アテンザでBOSEを聴いているのでなおさらです。
■今夜の「情熱大陸」は占星術研究家の鏡リュウジでした。彼のサイン会に並んだ女性がこう言っていました。「言葉がポーンと入ってくる感じ」という。そう、あなたがほしい言葉を今私が口にすることができるか、それがあなたに大きな価値を提供することになる。豊かな言葉を使うことができる才が今しばらくの社会のニーズだと思うのです。
2005/11/28
今夜はグールドを聴きながら
■ペンション・モーツァルトのコンサート以来、ピアノとバイオリン、チェロをよく聴きます。ずっと聴いていると、私はやはりバイオリンが好きなんだと思います。音域が高く反応が速くて感度が高いところに惹かれるのだろうか。私もそんなふうに弾きたいのですが、技術が伴わないから単に乱暴な弾き方になってしまいます。誰のために弾くわけでもないのでそれでいいのですが、ピアノに限らず楽器が弾ける環境は今の私にはありません。ペンション・モーツァルトで過ごした一夜が夢のようです。思い出すとなぜかモーツァルトのクラリネット五重奏曲イ長調K.581が聴きたくなります。
■土曜日26日は勤務校、北勢きらら学園の学校祭「きららまつり」でした。各グループで趣向を凝らした企画からは担任の先生と子どもたちとの関係性の深さが伝わって来て心を打たれました。先生たちの企画はさらに凝っていて、手作りコーナーやショーをすべて回るには2日はかかりそうでした。温水プールではテーマパークさながらのショーまであって、観た人はさぞかし驚いたことでしょう。たくさんの人に来ていただきましたが、所在地域のみなさんにもっと来ていただけるように日頃から学校経営を考えていかなくてはならないと思いました。そして、来年、創立10年を迎えるきらら学園の文脈の創造の歩みを文書にしておきたいと思うのです。
■学校祭の準備などで帰宅が遅くなる日が続いたので当日の夜は料理するものしんどくて外食にしました。その帰りにあのCDとDVD2枚2500円のセールに寄りました。パガニーニのバイオリン協奏曲1番などのCD(UCCG-7049)と、加羽沢美濃の「霧笛荘夜話」(COCQ83894)を買いました。
■パガニーニのソリストは庄司紗矢香です。オーケストラとの共演は17歳とは思えない落ち着いた演奏で、これはちょっと聴くシーンを選んでしまいそうです。でも、生演奏はちがう印象だと思います。ナタン・ミルテンシュテインの「パガニーニアーナ」がいちばん伸び伸びとした演奏で私のお気に入りリスト入りです。
■加羽沢美濃の「霧笛荘夜話」は同名の浅田次郎の小説からのinspired musicだとか。劇伴の印象もあります。描写音楽といってもいいと思います。加羽沢美濃お得意の音楽ですね!
■やはり土曜日、NHKでターシャ・チューダーの特集番組がありました。再々のまた再放送です。「人は物事の悪い面ばかり考えがちだけどそれは間違っているわ。この美しい世界を楽しまないなんてばかげてるわ。」「今が人生でいちばん幸せよ。」という90歳の彼女の言葉に大きな意味を感じてしまいます。美しいものを美しいと感じる心、感性、センスが大事。そうそう、そのことについて特集する番組がやはり今夜、NHK-ETVでありました。「ETV特集 心はどこにあるのか?」です。長時間番組なのでこれも観るのは明日以降です。
■日曜日は朝から団地の掃除、午後は自治会の仕事、夜は団地の管理組合の会議と、慌ただしく過ぎました。団地の掃除は中央公園の山の草刈りで、草刈り機を使って下草刈りをしました。紅葉も終わりに近く、たくさんの落ち葉や枯れた草に付く露が朝日に輝いてそれはそれはきれいなこと。2時間半があっという間に過ぎました。
■パガニーニを聴くとなぜかバッハも聴きたくなります。土曜日、寝る前に聴いたのはヘンリク・シェリングが弾くバッハの無伴奏パルティータ第2番ニ短調BWV.1004です。1955年の演奏ですからなんと半世紀も前、私が生まれる前の録音ですが、「今夜のコンサートで聴いてきた演奏」といっていい。実に生々しい、コンテンポラリーといっていい演奏です。
■今朝の朝日新聞朝刊のコラム「時の墓碑銘」はグレン・グールドについて書いてあります。グールドファンのひとりとして、私はこのコラムの一字一句をうなずきながら読みました。彼ほど文学的に多くを語られる演奏家はいないのではないかと思います。吉田秀和の言葉もまたすごいものだ。「桁外れに風変わりなようで、その裏に厳しい定則生を感じさせ、乾燥している半面あふれる詩情があり、何か途方もない演奏という外ない」そう、そうなんだと、意を得たりと腕組してうなずいてしまう。今夜はグールドを聴きながら眠ろう。
■アテンザは、先週、通勤途中の東名阪でフロントガラスに石が当たってヒビが入るというアクシデントがありました。その日のうちにリペアして、痕は残りましたが、これもハードな毎日の勲章みたいなものと思っています。スタッドレスは値段の安い旧モデルを取り寄せてもらうことになって、ホイールは深いグレーのアルミにしました。このホイールは気に入ってしまって夏タイヤに使おうかと一思案です。アテンザはブレーキダストがボルボ並みに相当なもので、深いトーンのホイールだと目立たなくていいかも知れません。オフセットが48mmと-7mmで、タイヤがちょっと外に出るのもいい。わずか7mmですが左右で計14mm、印象もきっと変わります。そもそもアテンザのオフセット55mmがちょっとない設定です。
2005/11/20
米子で
■先週は全国肢体不自由教育研究教育研究協議会鳥取大会に行ってきました。今回は校長代理で、初日16日(水)の校長研究協議会に出席しました。文部科学省の調査官の講話は貴重な内容ばかりでした。このところ教育をめぐる情勢の変化はとても早くて、毎日のように情報をチェックしなければならないくらいです。しかも、現場では先を見通して布石を打っておかなくてはなりません。現場の力量が容赦なく問われる状況が続きます。
■鳥取大学地域学部地域教育学科教授、小枝達也さんの講演「特別支援教育に期待するもの」は、特別支援教育と発達障害の子どもたちを小児科医の言葉で語り、ややもすると袋小路に入りがちな教育の枠組みをわかりやすく解きほぐしてくれる、そして、同時に、課題の確信を明らかにしてくれる内容でした。私も真摯に努力を重ねたいと思うのでした。
■米子市で目を引くのは王子製紙の工場です。夜もオレンジ色の照明に照らされて煙突から煙を吐く姿は海辺の平野に聳え立ってちょっと異様な光景です。「ハウルの動く城」を彷彿とさせました。だからというわけではないのですが、研究協議会の会場の前のSATYでちょうど発売になった「ハウルの動く城」のDVDを買ってしまいました。フィルムの1コマがついていました。SATYではスーツの中に着る黒のベストとグリーン系のネクタイを調達しました。このネクタイしてペンション・モーツァルトに行けたらいいなと、漠然と思って買ったもので、この次行けるのはいつのことでしょう。
■大山はちょうど16日に初冠雪とのこと。17日にその姿を少し見ることができました。ほんと、富士山だ! 冬の鳥取は「ぴしぴしする」と、大学のとき鳥取出身の友人が話していました。吐く息はすでに白くて雪雲のような灰色の雲がところどころに覆いかぶさるように浮かんでいました。温暖な三重とはちがう文化が生まれ育まれるのも然りと思いました。
■今日はポコ・ア・ポコ音楽療法の会の勉強会と日曜日のポコ・ア・ポコをしました。午前中の勉強会は多職種勉強会となり、精神医療での音楽療法について考える機会となりました。午前午後と、今日は11家族のみなさんに来ていただきました。ほんとにいい天気で、行事が多い中、いつも来てくださるみなさんに感謝です。
■このところ悩ましいのはアテンザのスタッドレスです。215/45R17のスタッドレスはけっこうな値段がしますが、その前に、そもそもこの近辺では姿どころか店頭の価格表にさえありません。四日市では店頭にあるのに! スタッドレスのホイールは今のオリジナルを使って、春にラジアルのホイールを選ぶことも考えています。またまたあまりないアイテムを考えています。そうそう、アテンザの燃費は富士の帰りに13km/lが出て感心することしきりです。
2005/11/13
ペンション・モーツァルトで・・・
■私のスケジュールのミスからこの土日は山中湖に行くことになってしまいました。P(ペンション)・モーツァルトの予約がそれです。いくつかの行き違いや思い込み、そして、誰かさんのちょっとした悪戯から非日常の世界に迷い込むことがあることを身をもって思い知りました。
■晩秋の冬枯れの葉が金色に輝く富士山スバルライン、今が見頃の山中湖畔の紅葉、P・モーツァルトの深い陰翳の佇まい、私の部屋番号はモーツァルトの「レクイエム」の作品番号のK626、美味しいフランス料理、そして、夜のコンサートのプルミエの素敵な演奏…こんなことってあるのだろうかと、昨日のことなのに信じられないくらいのたくさんの出会いがありました。
■ピアノトリオ、プルミエのことは何も知らなくて、もちろん、昨夜は演奏者の名前も知らなくて、いきなり五感が120%目覚める演奏が私を包み込みました。シャンソンから始まるおしゃれなプログラムですが、どの曲もちょっとひとひねりしてあって、曲の前にもう1曲演奏されるのです。ときにはピアノ伴奏がそっくり書き直されているクラシックもありました。ジャンルは何にしてもスタンダードナンバーへのプラスαは勇気がいるもの。でも、その選曲と編曲からうかがわれるとらわれのない自由な発想は彼女たちの音楽の豊かな裾野を知らしめるものでした。
■昨夜のプログラムで曲名の紹介がないまま演奏が始まった曲で、1曲、何が奏されるのかわかった曲がありました。作曲は誰だったか、よく知られている「マドリガル」です。曲の前に奏される部分に「マドリガル」の伏線が紡ぎ込まれていたのだろうか。聴く者の心を続いて奏する音楽にいざなう選曲と編曲のセンスに脱帽です。
■ドヴォルザークの「ラ・ルーナ」をピアノトリオで聴けたのも大きな収穫でした。今夜、家に帰ってサラ・ブライトマンが歌う「ラ・ルーナ」を聴き直しました。この曲のメロディのなんと美しいこと!
■こんなプルミエだから音楽はほんとに楽しい。生き生きしています。CDアルバム「1ere」(フランス語で左のeの上には点がちょこんとついています)は「“みる”コンサート物語」の音楽集で、この上なくおしゃれでほんとに楽しい。「雨ふり りんちゃん」は最高に楽しい。
■コンサートが終わってプルミエのメンバーと話していて、彼女たちは「こころのバリアフリー・笑顔のお手伝い」「“みる”コンサート物語」の音楽を担当していることを知りました。このようなリソースへのネットワークは大切にしたい。2003年には三重県四日市市で「“みる”コンサート物語」があって来ていただいているとか。知らなかった(×_×) 影絵と語り、そして、音楽という組み合わせは考えただけでわくわくします。発達障害の子どもたちにぜひ来て観て聴いてほしいコンサートです。
■プルミエのチェロ、平山織絵さんのアルバム「full moon」は曲のスピードと音の色彩が実に心地よい緊張感をプレゼントしてくれます。プルミエの活動はもっともっと評価されるべきだと思います。クオリティの評価はあってもある程度のマス、量としての評価があって然るべきではないでしょうか。このあたりはマネージメントの課題かも…。オリジナル集の「full moon」は腑に落ちる音楽です。
■私のミュージックの旅のフィナーレはTOYOTAのF-1マシンのサウンドでした。ヤルノ・トゥルーリがドライブするF-1マシンの咆哮は血が沸き立つ感覚です。私とは何かを教えてくれているように思いました。
■2日で850キロを走ったアテンザ23S-MTはドライバーにとって疲れ知らずでした。四肢を駆使するマニュアル・トランスミッションはドライバーの感覚を統合させるシステムだと思います。
2005/11/08
秋の夜長のココア
■土曜日、朝から地元のムーブメントのセッションに出て、午後は名古屋に行って音楽療法セミナーに参加しました。セミナーはアメリカのスザンヌ・ハンザー博士の講演で、テーマは「統合医学における音楽療法研究」でした。音楽療法の社会的認知が進んでいるアメリカならではの余裕のようなものを感じました。
■この講演は通訳を介して行われましたが、スライドの英文と邦訳とのニュアンスが異なるように感じました。誤訳というのではありません。文脈がちがうということです。このちがいはどこからくるのか? 文法だろうか、それとも、文化のちがいなのだろうか。そもそも西洋の体系で語られることが多い音楽療法や医学です。欧米の言語の方がなじむのは当然かも知れません。
■日曜日は半日新聞の切り抜きをしていました。そして、新聞を資源回収のために束ねようとしたら荷造り紐が見つからなくてまた山積みです。でも、それは宝の山です。
■この週末に「デビッド・コパフィールド」のビデオを見ました。VHSで2巻、3時間余りもありますが原作のダイジェスト版のはず。でも、ディケンズの温かい細やかな眼差しを十分に感じることができました。きっと俳優たちもこの本がほんとに好きなのでしょう。
■昨日今日と出勤すればまたまたてんてこ舞いでした。そんな中、暗くなってからいただいた温かいココアのなんと素敵な香り、そして、甘くてちょっぴり苦い風味に一日の疲れがどこかに飛んで行ってしまうようでした。
■本田美奈子さんが亡くなったとテレビが教えてくれました。今夜は彼女が歌うカッチーニの「アヴェ・マリア」ばかり聴いて帰ってきました。
■毎日思うこと考えることはたくさんあります。それを書き留める時間がないことにため息が出ます。そうそう、書き留めるといえば、フランクリン・コヴィーのクラシックサイズがこのところ大活躍といったところです。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
-
9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
-
この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
-
Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...