■昨日、水曜日の朝、降りしきる雨の中、出張でR23を鳥羽に向かって車を走らせていました。宮川にかかる橋で左車線から追い抜きをしたとき、右を走る淡いクリーム色の軽自動車の助手席のチャイルドシートの子どもに私の目は一瞬釘付けになりました。2歳くらいの男の子かな…水滴の着いた2枚のガラス越しなのになぜかはっきり見えました。その子は対面タイプのチャイルドシートに収まって、黒い大きな目はガラス越しに灰色の空を見ていました。ガラスの水滴を見ていたのかも知れません。オー・ヘンリーが書くストーリーに登場するような子どもらしい子どもだと思いました。親の深い愛情を一身に受けている子どもで、ユーモアとウィットと、少しのペーソスが入り交じったストーリーの名脇役といえるかな…。この子は幸せなんだろうな、でも、どうして灰色の空をそんなに見つめているの?と考えてしまいました。そして、子どもたちを守る義務感が私の中にわき上がってくるのを感じました。それにしても絵になり過ぎていました。私はABBAを聴き続けて車を走らせました。出張先の鳥羽の小学校に着いたとき、潮の香りがする横殴りの雨が私の認知感覚をさらに覚醒させてくれました。
■2002年のNHKスペシャル「イギリス授業崩壊からの脱出~シャロン校長の学校改革~」をときどきビデオでみます。先週末の3連休も途中何度かテープを巻き戻しながら3回みました。教育は人だとあらためて強く思います。番組の映像からはリーダーの「詩と真実」を知ることができます。シャロン・ホローズ校長はNHKの取材のとき41歳、校長になって5年目とのことですから36歳で校長として公立カルバートン小学校に赴任したことになります。その5年の間に離婚してシングルマザーとなります。長女は病気が元で97%の視野と視力を失ったとのこと。でも、それがシャロン校長の価値観を変えることになりました。彼女の学校経営の成果はエリザベス女王から爵位を受けるほどの評価を得ます。学校は何を為し得るべきなのか、学校の先生は何を為し得るべきなのか、私は考えます。また、シャロン校長の改革を可能ならしめたイギリスの教育制度とトニー・ブレア首相の教育を重視する政策の意味の深さと重さにも思いを馳せています。三重県教育委員会のスタッフもシャロン・ホローズ校長に学ぶべくイギリスに赴きました。私は「ニューズ・レター」に続くフィード・バックを待ちながら自分でできることから始めているつもりです。
■『自閉症の教育が楽しくなる本』(柴田静寛編纂 無明舎出版 ISBN:4895443299)の佐々木正美さんの「序文・TEACCHから学んだこと-自閉症の人々との共存/バリアフリー」にこんな記述があるとのこと。「最初の訪問の時にショプラー教授が言っていた言葉が忘れられない。『私たちは自閉症の人々に、あなたがたの周囲の世界には、こんなに美しいいろいろな意味があるということを伝えたい』」。「美」は私たちの感性によって「美」と認知されることで「美」となり得るものだ。「美」を「美」として共感する営みこそ私たちの社会を価値あるものとしていくのだと思います。ヒューマニズムそのものだと思います。
■明日の天気は下り坂だとか。また雨かな? 窓ガラスをつたう雨を追って過ごした子どもの頃の記憶をきっと追ってしまう。
2005/02/17
美しいいろいろな意味
2005/02/12
久しぶりのスタバ
■スターバックスのタンブラーお目当てに鈴鹿のイオンSCベルシティに行って来ました。スタバではいつものカプチーノで幸せ(^_^) ベルシティでは、島村楽器でエレキギターの弦を、無印良品でチャコールのタートルネックのセーターを買いました。島村楽器ではDTMのコーナーが、無印良品では4穴のA4のファイルがなくなっていて残念でした(>_<)
■エレキギターの弦はFenderの3150Lにしました。パッケージの“give you a warm full-tone”という言葉で決めました。弦を交換した私のギターは20日に大滝昌之さんに使っていただきます。
■同じイオンSCでも鈴鹿のベルシティだと接客の質的なちがいを感じます。客である自分が大切にされていることを実感します。「人は自分が大切にされるところにもどってくる」という経営品質の原理を実感します。「北高南低」は南北に長い三重県にも当てはまってしまうのか!?
■先週の日曜日の「情熱大陸」(TBS)はファッションディレクター祐真朋樹さんの特集でした。カリスマスタイリストとよばれる彼自身の仕事のスタイルは魅力的でした。信じるのは自分の感性、自分が信じる美しいものを納得がいくまで追求する。仕事をしている彼の空間の息詰まるような緊張感はただただ凄い! 分野はちがっても私にパワーを分けてくれます。緊張感は他の誰でもない自分自身が作っていくものだ。
■祐真朋樹さんの道具をチェックしました。絵コンテを描くのはパイロットのHI-TEC-Cのクロ。PCはiBook、カメラはM型ライカ。パイロットのHI-TEC-Cは私もお気に入りで同じものを使っているとうれしくなります。私は0.4mmです。この頃この辺りでブルーブラックが手に入らないのが残念です(>_<) 祐真さん自身がM型ライカで撮った写真が掲載される『BRUTUS』(マガジンハウス) の発売(3月15日)が待ち遠しい!
■『カメラ日和』(第一プログレス)創刊号で写真を撮っているSAEKOUさんのサイトの“Cafe”の「関西・ミナミ」に私もお気に入りの我楽茶堂の名前を見つけてうれしくなってしまいました。SAEKOUさんはフォトグラファーでこの3連休も忙しそうです。
2005/02/06
身体を意識するとき
■寒波が峠を越して雪の心配をしなくてもいい朝がきたときはほっとしました。木曜日のことでした。毎日は短かったけど長い1週間でした。緊張が続いてかなりバテています(>_<) 夏は台風と洪水、崖崩れ、冬は雪と凍結、そして、交通事故…今年度スクールバスはいろいろありました。でも、なんとか乗り切っているのはマンパワーがあるからこそと思っています。それぞれのポジションで最善を尽くそうと踏ん張るスタッフがいます。感謝しています。
■この土日はほっと一息。用事の合間に書店で本を探したりイオンSCの専門店フロアを誰よりもゆっくり歩いて見て回ったりして、家では気になる音楽を聴いたり気になる本を拾い読みしたりしていました。昨日はイオンSCのVILLAGE VANGURDという店に初めて行きました。ここの書籍に興味津々です。そのほとんどがいわゆるビジュアル系で写真やイラストが満載です。面白い。こんな本の制作にかかわりたいと、ふと、思いました。
■別の書店でデューク更家のウォーキングの本が目に止まりました。彼のウォーキングの考え方は腑に落ちるものがあります。私も歩くとき自分の身体を意識しています。「モオツァルトは歩き方の達人であった。」と書いたのは小林秀雄でした。視線を落としたモーツァルトのデッサン風の肖像画は鼻が印象的で、彼は鼻に引っ張られて歩いていたのだと私は思いました。誰でも歩くときは鼻が先頭で風を切るのだが彼の場合その歩きがすでに音楽であったのではないだろうか。彼の音楽は彼の歩きそのものだ。どこへ行くかは身体が教えてくれる。歩き方も身体が教えてくれる。彼の音楽が天衣無縫といわれる所以だと思います。
■今、子どもたちの育ちの諸課題に対して確かな応えとなっていると考えられる教育実践は子どもたちの育ちに果たす身体の役割をとても大切なものとして位置づけています。佐藤学さん(東京大学大学院教育学研究科・教育学部教授)はそのことを学校教育の空間で展開しようと現場でメッセージを伝え続けています。冬休みに勤務先の養護学校で行った音楽療法の勉強会のキーワードは「身体で聴く音楽」としました。音楽や体育だけでなく他のパラダイムでももっともっと身体を意識することが子どもたちの育ちにとって最高のサポートにつながるものと私は考えています。
■そんなことを考えていたらパフォーマーたちと会いたくなってビデオを探しました。「DAIDOUGEI(大道芸) WORLDCUP IN SHIZUOKA 1992」(NHK)と「モントリオール コメディ大会」(NHK「ショータイム」)です。どちらも10年も前のものですがその楽しさはいつも新鮮です。欧米のパフォーマーは身体のキレが気持ちいい。
■そのビデオに続いて録画したあったのはステファン・グラッペリのライブ(NHK「ショータイム」)でした。そのときすでに70歳とか。エレキギターとベースとのトリオ、そして、ラリー・コリエルを招いてのクァルテットは至福の空間です。大学の頃ステファン・グラッペリが好きなクラスメイトがいました。いつも何かを探し求めているような眼差しの彼女は彼のことを「グラッペリおじさん」とよんでいました。あとになって彼女の「詩と真実」がわかったように思ったのはそれから何年も後のことでした。
■ステファン・グラッペリのライブに続いてジョージ・シアリングのライブもありました。彼のひとつひとつの音と音たちのつながりに自分の「詩と真実」を見つける人は少なくないでしょう。
■Excelの説明書を探していてデータベースだけのものを見つけました。『速効!図解 Excel 2003 データベース編』(木村幸子著 毎日コミュニケーションズ 2004)です。ハードコピーのデジタル化はPDFファイル化することにしました。変換ソフトはフリーのPrimoPDFをインストールして快調です。
2005/01/31
「人間存在の根源をなすもの」とは?
■日曜日に川崎医療福祉大学特任教授佐々木正美さんの講演会に行ってきました。キリン福祉財団助成事業スペース版プレイセンター リソースプログラムで、主催はNPO法人体験ひろば☆こどもスペース四日市です。テーマは「子どもへのまなざし~地域で子育てするために~」です。講演は「地域で子育てするため」のノウハウではありません。子どもの育ちの本質を教えてくれるものでした。
■「人間の自立とは相互依存すること」「人間は誰もが存在する意味と価値をもっている。でも、その価値と意味は人間関係の中にしか見出せない。それは人間関係の中にしか実感し得ない。(サリバン)」「基本的信頼(Basic Trust)とは他人を信じることができること、自分を信じることができること」「基本的信頼(Basic Trust)を子どもの中にきちんと育てなくてはならない。」「基本的信頼の獲得には乳児期から幼児期にかけて信じることができることができる人と出会うこと」「育児支援は育児代行ではなく、自分自身もよその子を育てることを支援するということ」「子どもが望む他者とは親が信頼している人」…そして、エリクソンのライフサイクルモデルなど共感と納得の2時間でした。鯨岡峻さん(くじらおかたかし・京都大学大学院人間環境学研究科教授)の関係発達論の両義性と共通する考え方と受け取っています。
■「スーパーテレビ情報最前線・自閉症の我が子へⅡ奇跡の子育て奮闘記」をみました。この番組は自閉症などの発達障害があるお子さんと家族の毎日、そして、自閉症の理解のための考え方を相当ストレートに伝えています。自閉症のお子さん本人の感じ方でのナレーションもいくつかありました。学校のパラダイムへの問いかけもありました。私は価値ある番組と評価しています。
■「…広汎性発達障害(=自閉症)は、発生機序も未だに解明されていませんが、人間存在の根源をなすものについての示唆を与えてくれる興味深い障害です。」(石川 2000)という言葉の重さをあらためて思う。
2005/01/29
冬枯れの木たち
■このところ一太郎と“格闘”しています。ある程度ソフトが使えないと仕事の効率が上がりません。そして、ソフトは使い分けるもの。でも、ビジネスにひとつというとExcelと雑誌で読んだことがあります。ラベル印刷などExcelだけではできないこともありますが、データの蓄積と分析はどう転んでもWordではできそうにありません。Excel使いにならないとこの先仕事で新たな価値ある結果を出せないようにも思っています。
■来週は大雪かも知れないと、朝から残り少ないウィンドウ・ウォッシャー液を買いに行きました。1:1の希釈で-2℃まで凍らないとか。ちょっと濃いめにして補充しました。ウィンドウの内側が汚れていると曇りやすいのでしっかり拭いてすっきり。室内も拭いてなんと気持ちいい!
■朝、枯れた畑の草を焼いているところを見ました。その横には冬枯れの高い木立が並んでいます。このところ木をゆっくり眺めるゆとりもありませんでした。山梨県大泉村の八ヶ岳倶楽部でスタッフと話していて、「ここに来るのはいつも冬で花も葉もないとき」と残念そうに言うと、「私は冬の雑木林の方が好きですよ」と返ってきました。冬に葉が落ちる木はなぜか惹かれます。冬枯れの木を思うとチャイコフスキーの「悲愴」を聴きたくなります。
2005/01/27
「・・・カルテに書かないこと」
■「障害児医療から カルテに書かないこと」という学研のサイトをよく読みます。最新号の「実践を磨くということ」(吉野邦夫・よしのくにお・国立秩父学園園長・小児神経科医)とバックナンバー最新号の「ああ、『マニュアル』 」(鈴木周平・すずき しゅうへい・大阪医科大学小児科学教室・小児科医)の文脈はこの頃私がよく思うことなので意を得たりです。自閉症スペクトラム障害など発達障害のお子さんの特徴を理解して適切な対応をとることができることは障害児教育に携わる者の必須の条件です。でも、支援やケアの単なる「マニュアル化」はヒューマニズムの放棄だと思う。人権の無視だ。人生はもっともっと複雑なもの。これは障害のあるなしに関係のないこと! 「マニュアル化」で済むならいろんな課題はみんな解決しているはず。「答え」がないから惹きつけられることってたくさんある。子育ても教育もそう! 「久里浜だより」の国立特殊教育総合研究所での研修もそうだった。今も「答え」を探し続けています。「答え」を見つけたかな…と思うとすでに次の「答え」を探してしまう。終わりのない旅だ。それでいい。その営みこそ人が人たる所以ではないのか! 「…カルテに書かないこと」もEBM(Evidences Based Medecine=確証に基づく医療)のパラダイムに収まり得ない人間の「詩と真実」だと思う。この「詩と真実」を見つめ続けることが学校の先生の「詩と真実」ではないのか!
■来週は大雪かも知れないとのこと。スクールバス係の憂鬱は続く(-_-)
2005/01/24
「First PC」
■「First PC」(アスク 1997)というコンピュータ・ソフトを勤務先の養護学校の授業でよく使います。Windows95のソフトなので起動に工夫が必要ですがWindowsXPでも動きます。このソフトのいいところはリアルタイムのフィードバックが子どもたちに親しみやすいCGとSEで表現されていることに加えて、リアクションにバリエーションがあって意外性があることです。自閉症スペクトラム障害の子どもたちにとってその意外性は外界の変化の不規則性(ノイズ)を最小限の刺激で知らしめてくれるところです。タッチパネルのモニタを使うことで学習のさらなる構造化が可能です。そして、そこに“先生”が“ちょっかい”を出すことで三項関係が成立します。フィードバックがあります。自分の行為が外界への意味あるアクションとなって、それはコミュニケーション手段の獲得につながります。このソフトの“文脈”を分析するとこんな表現になりますが私自身夢中になってしまうくらいおもしろいソフトです。そのおもしろさに瞬時にはまる子どもたちの感性はほんとにすごい! 『発達障害の豊かな世界』(杉山登志郎 日本評論社 2000 ISBN:4535561559)の文脈だと思う。
■携帯FOMA F2102Vのアラーム音がいつの間にか設定とちがっていたのでおかしいと思っていたのですが、果たして、すべての音のテンポが10倍くらい遅くなっていた。着メロなんて間延びしまくってなんの曲だかさっぱりわからない。「5匹のこぶたとチャールストン」が辛うじてわかるくらい。どうして? そんな日が1週間くらい続いて、昨日、なぜかわからないまま直りました。でも、電源が急に落ちてからだから、たぶん、どこかにリセットがかかったのだと思います。FOMAがわからない。完成度を高めるにはまだまだかかるのじゃないかな?
■MISIAのベストアルバム「MISIA Love & Ballads」(BMG BVCS-21037)にはまっています。歌もすごいがバックもすごい! アレンジがいい! 演奏がすごい! 聴き惚れてしまう。だから睡眠時間が短くなってしまう。
2005/01/23
料理が好きだ!
■出張でBMWとルノーに同乗する機会がありました。どちらも左ハンドル、そしてマニュアル・ミッションでした。エンジンは1800ccと1600ccでジャスト・パワーです。コントラーブルで車を操るおもしろさを感じました。これはただごとではない! 私の車歴はマニュアル・ミッションでスタートしました。20年も前のマツダ・ファミリアです。ハンドリングはクイック、100km/hを超えてからの路面に吸い付くようなあの感覚は忘れられません。マツダのアクセラ1500ccMTはその文脈に応えてくれそうに思います。マニュアル・ミッションを少なからず残しているマツダと富士重工はエライ!
■「これをしないと人生後悔する!」と思ってしたことがいくつかあります。バイクに乗ること、トライアスロンをすること、音楽療法をすること、この3つです。でも、まだしていないことがいくつかあります。そのひとつはサーフィンです。ロングボードに乗りたい。「久里浜だより」を読み返していて湘南の海を思い出しました。あの頃、人はどうして海を見るのだろう…そんなことも思いました。
■仕事が忙しくなるほどキッチンにいる時間がとても大切なものに思われてなりません。今が旬の小松菜の葉っぱの深い緑とごわごわした手触りが私をリフレッシュしてくれます。揚げ物のタイミングはイマジネーションをかき立ててくれます。料理は同じものを作ってもいつもちがう。新しい発見がある。音楽療法のセッションと同じです。そして、料理は人と人をつなぐものだと思っています。食べることは生きることに欠かせないものだけど手料理は+αの価値があります。料理に心を砕くことの意味の大きさを思うこの頃です。料理店も私の夢のひとつ!
2005/01/21
「久里浜だより」を読み返して
■2000年度国立特殊教育総合研修所短期研修知的障害教育コースの短期研修員として派遣された当時のリアルタイムのプライベート・メールマガジン「久里浜だより」をアップすることにしました。
■久里浜だよりの最終号は研修全体について書こうと考えていましたが言葉になりませんでした。メールマガジンを送りつけられた勤務校のみなさんへのお詫びもせずに久里浜だよりは終わってしまいました。そのことをずっと引きずってきました。でも、それがいつしか私のパワーの源になっていることに気づきました。
■この冬休みの勤務先の養護学校での勉強会で使うスライドを作っていて、私の大きなターニングポイントはこの国立特殊教育総合研究所での研修だったとあらためて思いました。第一線の研究者と実践者と出会えたこと、その情熱と真摯さに私はひれ伏す思いの毎日でした。研究することの大切さを肌で感じました。そして、比喩的ですが、私はそこで言葉を学びました。言葉が大切なのだと思い知りました。2か月の講義録は3穴のルーズリーフ数百ページにもなりました。私の宝物です。現任校に赴任して7年が過ぎようとしています。異動があるかも知れません。この7年の間に教えていただいたことを自分の言葉で多くのみなさまにお伝えするときがきているものと思っています。
■最終日の翌日、千葉淑徳大学発達臨床研究センターの音楽療法のセッションを見学させていだたくことになっていましたが台風でセッションは中止となってしまいました。これがとても残念でした。一昨年のセミナーでも台風が来ました。私が淑徳大学に行こうとすると台風もついてくる…今年度も天災に翻弄されっぱなしのスクールバス係でした。いや、まだあるかも! ♪雪が降る あなたは来ない…
2005/01/17
3穴のルーズリーフ
■昨年買った鍵盤ハーモニカ、スズキ メロディオン PRO-37 V2を初めて吹きました。とにかく緻密な音でレスポンスがいい。息漏れが少ないので息が吐ききれずに苦しくなる。でも音は大きい。猫のハッピーが開いていた押入の奥に避難してしまった。ハッピーはサックスの音も苦手だ。ゴーシェが弾くチェロに驚くねずみみたいでおかししい。この写真は携帯(FOMA・F2102V)で撮りました。人格をもった猫みたいでちょっと不思議な写り方です。大胆な冒険の旅に出そうだ!
■5年前の国立特殊教育総合研究所の短期研修で毎日使った3穴のレターサイズのリフィルのストックを昨夜探し物をしていて見つけました。今はA4サイズが一般的でレターサイズはマイナーですが、3穴のルーズリーフはどこかおおらかで私は好きです。インスピレーションが今ひとつなこの頃、また3穴のリフィルに思うままを書き留めてみようと思っています。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
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検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...