■金曜日は1日出張でした。休憩には前日に届いた『ICF活用の試み~障害のある子どもの支援を中心に』(独立行政法人国立特殊教育総合研究所・世界保健機構(WHO)編著 ジアース教育新社 2005)を読んでいました。読み進むとタイトルの「試み」という言葉の文脈がよくわかって国立特殊教育総合研究所=NISEのスタッフの熱い思いが伝わってきます。5年前、短期研修員として赴いたとき、スタッフが研究中のテーマまでオープンに語る姿勢に感銘を受けました。そのときのことを思い出しました。私もそのような真摯でフェアな姿勢でありたい。ICFを“共通言語”として個別の教育支援計画が書けるようにしてきたい。そうしていきたいのではなく、そうしていかなければならないと思っています。巻末の「ICF関連資料一覧」の量の多さは頼もしい。「論文等名」を読んでいくと私も頑張らねば!と思うのです。
■この本にはICFのチェックリストの原文も掲載されています。「OTHER CONTEXTUAL INFOMATION」の「contextual」は「背景(の)」と訳されていますが日本語にはない概念だと思います。でも、ICFそのものの理念と体系を必要としている日本社会の、それこそcontextualな側面が現に在ることを認識しておかなくてはなりません。日本語にない言葉は英語を使っていけばいいのではないでしょうか。そのとき英語は日本語になります。ICFは示唆に富む英語がぎっしりつまっています。
■今日は全国心身障害児福祉財団の「地域達人ふれあいボランティア育成事業」の行事があって前任校の三重県立度会養護学校に行って来ました。私の担当はスヌーズレンで、遮光カーテンでほの暗くした部屋にサイドグローやブラックライト、ミラーボールなどを用意しました。なつかしい子どもたちがたくさん来てくれて、スヌーズレンというよりお喋り会のようになってしまいました。今日、そうしてたくさんの人たちとたくさんの言葉のやりとりをしていただけたことをほんとにうれしく思いました。
■スヌーズレンの会場で二人の女性にスヌーズレンの理論を説明させていただいたところ、「養護学校の近くにいながら養護学校のことを何も知らなかった」と言われました。その後お二人は中学部の生徒たちが制作したベンチで楽しそうにお喋りをされていました。養護学校は特別な空間かも知れませんが、その“機能”は社会に欠かせないものがあります。養護学校からの情報発信と価値の提供をもっともっと進めていかなければなりません。
■スヌーズレンにと私が用意したCDの1枚はエンヤでした。永久(とわ)を感じるエンヤの音楽です。私にお金があったらポコ・ア・ポコとスヌーズレンの空間を社会に提供したい。
2005/07/17
スヌーズレンの文脈
2005/07/14
ICF
■今日は朝と夕方に休暇を取って自治会の当番、資源ごみの整理などをしました。朝は雨が降ってたいへん、夕方は汚れたシートを洗って干してたいへん、中6時間だけ出勤した私の机の上は仕事でいっぱいでした。明日は出張だし、週末からの3連休は出勤です。
■『ICF活用の試み~障害のある子どもの支援を中心に』(独立行政法人国立特殊教育総合研究所・世界保健機構(WHO)編著 ジアース教育新社 2005)、『大学における支援体制の構築のために 発達障害のある学生支援ガイドブック~確かな学びと充実した生活をめざして~』独立行政法人国立特殊教育総合研究所 編著 2005)などが届きました。どちらもこの4月と5月の新刊です。2冊ともカルチャーショックを覚えるほどの存在です。特別支援教育の理念を支えるのはICFです。今が踏ん張り時です。それにしてもICFのWHOでの採択が2001年で日本語の実用版が4年後の2005年というのはちょっと遅過ぎます。しかも、国立特殊教育総合研究所が「障害がある子どもの支援を中心に」と編集したものです。これは国家レベルで取り組まなければならない事業ではないのか!
■アテンザのエンジン音をなんと表現しようかとあれこれ考えていて、「コォー」という表記を思いついたのですが、同じような表記のサイトを見つけて腑に落ちるものがありました。アテンザについて私が感じていることをそのまま代弁してくれています。アテンザはどんな乗り方でも楽しいの一言に尽きます。身体が納得する車、それは音楽療法と相通じる機能を果たしていると考えられます。クロスギアに納得。同じ速度でもギアがちがえば文脈もちがう。
2005/07/09
障害学
■土曜日でしたが出勤して職員室で“管理業務”をしていました。仕事をいくつ終えて、障害学についての文献をネットで探していました。学校法人鎮西学院長崎ウエスレヤン大学の山城順さんのサイトで、キリスト教の『聖書』に登場する障害がある人たちの記述についてくわしく書かれている文献を読みました。『聖書』に登場する障害がある人たちの記述をここまで整理した文献は私は初めてです。A4にプリントして130ページを超える長文です。日本の歴史における障害がある人たちの姿についてもくわしく記述があります。障害学について調べていた頃、私は哲学者たちが障害者をどのように捉えてきたかを調べたことがあります。そのときは何も見つけられませんでした。この文献にそのとき出会っていたら私の文脈もちがったものになっていたかも知れません。他の宗教ではどうなのか、そして、やはり、哲学者たちはどうなのか、少なからず関心があります。
■いくつかのサイトで、障害がある人たちに対する考え方の両義性の記述がありました。「福子」(ふくご)と「鬼子」(おにご)です。この両義性の背景も掘り下げてみたいと考えています。ふたつの価値観の間を揺れ動く営みは何も障害がある人たちのことだけではありません。この営み、迷いこそ人を人たらしめている機能だと思っています。障害とは何か、自分にとって障害とは何か、自分に障害がなくても障害がある人がいない時代はなかったしこれからもない。今、この時も、障害がある人が同じ時を生きている、そのことをどう自分の中で整理しているのか、これからしていくのか、これは人として避けて通れないハードルであるはずだ。WHOのICFの文脈はこのことに明解な指針と博愛の精神を教えてくれます。
■NPOえじそんくらぶのサイトで、同代表の高山恵子さんが、日本語の障害という言葉がもつ概念について、「『障害』に訳してしまっている英単語はたくさんあり、微妙にニュアンスがすべて違います。」と書いてみえます。私は「障害」という言葉は疑問を感じながらも便宜的に使ってしまっています。三重県教育委員会事務局研修分野作成の『特別支援教育Q&AⅡ~支援のためのヒント集~』(2005.3)では、「困り感」という言葉も使っています。この夏に使うスライドでは、勉強のしづらさや友だち関係の築きにくさ、生活のしづらさの気づきの段階での言葉として私も「困り感」を使うことにしています。高山さんは「その社会にその概念がないからその単語がない」とういうエピソードに「セルフエスティーム」を取り上げてみえます。私もこの言葉は英語のまま使っています。レジュメには「自己尊重」「自己肯定感」とともに併記しています。NPOえじそんくらぶの文脈に共感することが多々あります。
※三重県教育委員会事務局研修分野作成の『特別支援教育Q&AⅡ~支援のためのヒント集~』(2005.3)はこちら(2004年度三重県総合教育センター刊行物)からダウンロードできます。(pdf 55ページ)
2005/07/08
『教育と医学』
■夏季休業中の自分の予定が先月半ばにほとんど埋まってしまいました。5月のGW明けからただごとならぬ雰囲気だったので早めにスケジュールチェックを始めましたがこれほどまでとは…。受けたい研修はほとんど行けなくて、逆に自分が話をする機会が増えています。そのための準備ですが、行政関係の動きがとても早くて、中身と文脈を探るのに多くの時間とエネルギーを費やしています。環境の変化に的確に反応しなくては主体性が隠れてしまいます。大切なことは変わらないのに! 踏ん張り時です。
■昨夜から『教育と医学』(教育と医学の会編集 慶應義塾大学出版会 2004/12号)を読んでいます。特集は「障害児支援をめぐる課題」です。この雑誌は1953年(昭和28年)創刊です。半世紀もの間、教育と医学について書き綴られてきたわけで、その文脈を支えてきた人たちの知見と志の高さに心を打たれます。教育の今を捉える言葉として医学の言葉はますます重要になってきていることを感じています。
■アテンザに乗るようになって身体の疲れがぐっと少なくなりました。両手両脚を使う操作が私の身体を覚醒させてくれます。そして、スピードを抑えて走るようになりました。きっと、身体が「これでいい」と信号を出しているのだと思います。身体が納得する走りと操作感です。20年ぶりにMTに乗って、MTなら車は何もしなかったら止まるものだと思いました。ATは何もしなかったら前へ前へと進み続けます。エンジンブレーキも効きにくいから勝手に走る車を押さえつけようとする操作になってしまう。だから疲れるのだと思います。もちろん、アテンザはMTというだけでなく運転者の操作に敏感に反応する車だから私の身体も納得するのだと思います。これは私の思い込みです(^_^);;; 初めてヘッドランプを点けたとき、ワンテンポ遅れて青白い光が点いてディスチャージドタイプとわかりました。フロントをよく見ると、ランプは4個ずつ左右に、なんと、計8個も並んでいます。バンパー下にはフォグランプが1ペアあって、つまり10個も付いているのです。八つ目うなぎどころではない。どの操作でどのランプがどういうふうに点灯するのかわからない。他にも操作面で?なところがあって、この土日に取説を読んでみようと思っています。
2005/07/03
美を感じるための構造化
■7月3日の日曜日のポコ・ア・ポコは雨にもかかわらず19家族のみなさんに来ていただきました。いつになく参加のみなさんのアテンションが高くて私も力が入ってしまいました。もちろん、いい意味で! 参加のみなさんに感謝しています。あの空間はみんなで作るものです。
■ポコ・ア・ポコはアテンザで行きました。グッズが余裕で入る荷室の大きさにびっくり! ミドルサイズワゴンの余裕にまたまた満足です。ドアミラーの下にはみ出す3ナンバーボディのふくらみと取り回しのしやすい5ナンバー枠いっぱいの全長を上手く使ったパッケージリングはただものではないと思うのだ。ただものではないから個性的…かも知れません。私は好きです。カーポートにはMPVとアテンザ、マツダ車2台が並んでいます。どちらも初期モデルです。
■今日は梅雨空の山間部も走りました。木々や田畑、畦道の草たちの緑のなんときれいなことか。それは“美”だ。美しいものは、もっとたくさん、身近にある、そう思いました。大切なのは“美”感じる自分の感性だと思いました。“美”を伝え感じるためには“美”を取り巻く環境の構造化が欠かせないと思いました。ミュージック・ケアの空間がそれだと思う。
■FMでブラームスの交響曲のピアノ版を聴いてオーケストラのオリジナルを聴きたくなりました。交響曲1曲を聴くには小1時間かかります。通勤時間しかない!
2005/07/02
スポーツカーのDNA
■初めてアテンザに乗りました。運転しました。ただ走るだけなのに充実感があります。ミドルサイズのボディを軽々と走らせるスムーズでパワフルなエンジン、よく効くブレーキ、直進で安定している印象なのにカーブでクイックに切れるステアリング、マニュアル・ミッション、抜群の剛性のボディ、腰をしっかり支え肩胛骨までサポートするサイズのシート、生理的に快いBOSEサウンド、ハンドルで音量などがコントロールできる使い勝手、朱系のイルミネーション、等々、満足です。今日1日、あれこれ用事で100㎞走りましたが疲れません。シートに収まっているだけで落ち着きます。シートもポジションもインテリアも優れものだから! そして、“走る”という車として基本的な行為そのもので私を満足させる。だからほどほどのスピードで走ってしまう。スピードを上げなくても気持ちがいい。私の覚醒水準を一気に200%にしてしまったかのような感覚がありました。スポーツカーのDNAを感じます。
■実家から大学生のとき夢中で読んだ本を持って来ました。ディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』(中野好夫訳 新潮文庫)4巻です。買ったのは1979年11月から12月で、はさんであったレシートを見ると京都と大阪で買っていました。すごくなつかしい本です。でも、ただ、なつかしいだけでなく、ストーリーそのものの面白さに巻き込まれたいと思って持ってきました。でも、読む時間はあるのだろうか…
2005/07/01
ハードな1週間
■いつになくハードな1週間でした。数々の書類作成や2週続けての宿泊学習、対外的な対応とてんてこまい! でも、いちばん大切なのは子どもたちの生命です。入院の子が二人三人と増えて気がかりです。
■今週、なんの前ぶれもなくアテンザがやってきました。帰宅したらカーポートにアテンザがいた。東京からの長旅と思って書類を見たら初登録は富山ナンバーでディーラー所有でした。次に多摩ナンバーですが所有は不明。初登録から1年4か月間の走行距離は3686㎞でした。小キズはあるものの新車同然です。旧モデルのMTのアテンザワゴンはネットでも数えるほどしかなくて、BOSEはこの1台でした。こんな出会いがあるとは奇跡的かも知れません。明日、アテンザをドライブします。
2005/06/25
リーダーの条件
■名古屋でレーザポインタを調達してきました。パワーポイントを使うときレーザポインタは必須アイテムです。地元の電気店の取り寄せ価格の1/5で在庫がある大須はやっぱりありがたい。名古屋ではアップルストアも寄りました。仕事で自分のPCをほとんど使わなくなったのでマックは身近になってきているのかも知れません。PCはPersonal Computerの頭文字です。コンピュータはパーソナルなもの、このネーミングの文脈はコンピュータのヒストリーを紡いできた人たちの想いそのものだと思う。
■大都市に行くと“豊かさ”ということに思いを巡らしてしまいます。高層ビルや溢れる商品、道を行く高級車…大都市の“顔”はそうだけど、でも、日本は今もそればかりじゃない。一本“裏道”に入ってみると…大須、アメ横は私の気になる空間です。
■平原彩香のアルバム「the voice」を聴いていて、ふと、ジャニス・イアンを思い浮かべました。心の内を歌っているのに普遍性を感じる広がりと社会派のメッセージ性を感じます。「the voice」は管のソロが入る曲があります。ソプラノサックスとオーボエです。これがとてもいい。
■アメリカでBSEの2例目の確認がアメリカ政府によってなされました。台湾はアメリカからの牛肉輸入を即日停止しました。日本は…日本は誰も決断をしないのか! 国民の安全に責任を持とうとするリーダーはいないのか! 求められるのはその時その時の反応の資質だ。
2005/06/21
アテンザ
■今朝、東名阪を走っているときカローラ・フィールダーのオドメーターが10万㎞を越えました。そして、今夜、次の車が東京荻窪を旅立ちました。今頃はカーキャリアで東名を走っているのでしょうか。新しい車はアテンザ・ステーションワゴン23Sです。新しいといってもディーラーの展示車でした。それにしては、色はシルバーコントレールメタリックで全然売れ筋ではありません。しかもMT(マニュアル・ミッション)で、あってもよさそうなリアスポイラーは逆になくて、なぜかBOSEがついています。ちょっと???な車です。でも、すべて私の狙い目です。価格も…
■これでやっとMTに乗れます。MTは20年ぶりです。たっぷりなサイズのシートにおさまってMTのシフトを操作するのは悦楽かも知れません。マフラーとシートもスポーツタイプだったらいうことなしなんだけどね(^_^);;;
2005/06/18
日常と非日常の両義性
■出張で木曜日に200㎞、金曜日に300㎞と走ってさすがに疲れました。県立学校の出張範囲は全県下となるのでたいへんです。今日は今日で伊勢と南島町に行ってまた150㎞走りました。南島町の港で白のミニを止めて海を見ている人がいました。絵になるシーンでした。
■夕方、書店で久しぶりに車の雑誌を見ました。その時間に“非日常”を感じていました。フェラーリは夢のまた夢だけど、こんな車を作ろうと脈々と続く熱い想いを受け継ぐ人たちの時間と私の時間はちがうのだろうなと、ふと、思いました。こんな車に乗ったらどこに行くのだろう…胸騒ぎがする!
■金曜日は伊賀つばさ学園に行きました。開校10年目の養護学校でとても落ち着いた学校でした。そこでの会議…私が所属する県立学校教頭会研究委員会学校教育部会は高等学校における特別支援教育を研究テーマに取り上げることになりました。生きにくさや勉強のしずらさでしんどい思いをしている生徒への支援のステップのひとつにしてもらえたらと切に願うところです。軽度発達障害は決して“軽度”ではありません。適切な支援がないとしんどさは生涯続きます。LDやADHD、高機能自閉症等への国家的レベルの支援はまだまだこれからです。支援のための社会的な資源があまりに少ない。だから学校の先生ひとりひとりができるところから始めなければならない。
■夜、久しぶりに夕食を作りました。何でもないレシピだけど朝からずっと考えていました。こんなことってほんとに楽しい。料理の盛りつけやテーブルのメイキングといってもただ料理や箸を並べるだけですが、そのときがいちばん充実感を覚えます。土日しか料理をすることができなくなってしまって、でも、通勤のドライブがその代わりをしてくれているのかも知れないと思っています。日常と非日常の行き来、自分の中にある日常と非日常の両義性の意味の大きさを思う。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
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Xで障害の「実存モデル」という言葉を知ってリンクをたどると 東京芸術大学のサイト でした。2018年度の「ダイバーシティ実践論」(担当教員:日比野克彦(東京藝術大学 美術学部長))の「当事者との対話4」「バリアフリーとは何か」という講義の概要で講師は東京大学の福島智氏でした。以下...