昨日、吉野まで行って来ました。紅葉狩りというほどのこともなかったのですが、県内のR166沿い(旧飯南郡)の紅葉はとてもきれいでした。吉野に着いたのは午後3時過ぎで、ケーブルで上ってしばらく散策しました。茶店で休んだとき、腕時計を見たら日付が20日になっていて驚きました。それは夏に買ったばかりでそうそう早くこわれてはたまらない。日付を直すときにレトログラードの曜日の表示もおかしくなっていて、針はぐらぐらしていました。慎重に直したものの少なからずショックでした。しばらくしたらまた日付が23日になっていてほとんどあきらめの心境でした。ところが、家に帰って今朝になると、日付や曜日の表示がくるっていないばかりかどことなく確かな印象があるのです。どうして吉野で日付がくるったのか? “パワースポット”の為せる現象なのかと思ってしまいました。私の五感はとくに反応なしでしたが。
玄関先のビオラが元気がなくて植え替えをしました。素焼きのポットに植えたビオラは全部しっかり大きくなっているのでポットの素材も関係しているのかも知れません。ところで、この夏の猛暑で全滅状態だったインパチェンスのポットをそのまま脇に置いて水もやらずにいたのですが、今月に入って濃い緑の葉っぱがびっしり出て花が開き始めていることに気づきました。これはどうしたものかと、今日は、固形肥料を置いてしばらくビオラの代わりに玄関先を任せることにしました。地上部分は枯れていたはずなのになんという生命力か! この夏は暑さと乾燥に強いはずのオレガノ ネオンライトも枯れてしまうほどだったのに、そのとなりの暑さに弱いはずのクリスマスローズはしっかり耐えてこれも驚きました。植物は地植えにすると本性が姿を現すのかも知れません。ワイヤープランツもとんでもなく増えて困りものです。増え過ぎると抜かれてしまうのが狭い庭での宿命です。
植物でちょっとおもしろいのがパンパスグラスです。とにかく大きい。でかい。高さは軽く2mを超える。株もかかえられないくらい。メーンクーンのしっぽみたいな大きい穂が光ってとてもきれいだ。私がパンパスグラスを初めて知ったのは4年前の夏、聖路加病院の隣りの公園でした。その大きさに驚きながらもどこかしら痛快な印象で写真に撮りました。これがその写真です。聖路加病院のマークも入れたくてこのアングルなのでそう大きくは見えませんが大きいのです。
2010/11/14
不思議な出来事
2010/11/11
ジャスミンティーと全病連と『西行花伝』
ここしばらくジャスミンティーばかり飲んでいます。今日はホテルに缶詰の出張なので2本持って行きました。この近辺で手に入るペットボトルのジャスミンティーの種類は限られていて、しかも私のお気に入りの銘柄はなぜか限られた遠くのコンビニしか置いてないのでネットでまとめて注文した次第です。そのジャスミンティーは、先月、高速バスに乗る前に池袋駅東口のコンビニで初めて買いました。一口で私のモードが変わってしまうくらいの驚きがありました。ジャスミンティーはこんなにおいしかったのだろうか。それとも私の感じ方や体質が変わってしまったのだろうか。それがハーブの力なのだろうか。しばらく飲み続けることでしょう。
今日は全国病弱虚弱教育研究連盟研究協議会(三重大会)に出席しました。この会は学校教育系ではめずらしい学会形式で、限られた日程で数多くの報告を知ることができる合理的な運営です。内容は凝縮されていて心地よい緊張感がありました。子どもたちの姿が浮かんでくるような臨場感もありました。ほどよく象徴化された内容は普遍性をもつものです。子どもたちの困難感の真の意味を正しく理解するためのトレーニングをしているかのようでした。夕刻から始まったオプションセミナーの会場はスライドと部屋の明るさを調整するためにカーテンを開けました。レース越しに夕日が見える中で聴く心理学のレクチャーは時間を超えた空間のように思えました。
一昨日、辻邦生著『西行花伝』(新潮文庫 2001)が届きました。700ページを超える文庫本です。1ページ目の冒頭を読みかけて思わず目をそらしました。それはあまりに美しく芯のある言葉。よく知っているはずなのに時として思いがけず心の奥まですっと入って溺れてしまうような感覚におそわれる文体です。私が初めて読んだ辻邦生の著書は『背教者ユリアヌス』(中公文庫)でした。全3巻の第2巻だったか第3巻だったか、発売の日に待ち切れずに昼休みに街中の書店まで買いに走って午後の授業は間に合わなかった。高校3年間で1回の欠課の理由です。しばらくぶりに浸る辻邦生は『西行花伝』です。
2010/11/06
「個人」という大きさ
“尖閣映像”の流出が大きな問題となっていますが、その映像がYouTubeにアップされたちょうどその頃、NHK-TV「クローズアップ現代」で「機密告発サイト・ウィキリークスの衝撃」が放送されていました。偶然かも知れませんが、このタイミングもまた単なる偶然とは思えないこの頃の社会状況です。
金子郁容氏のコミュニティ・スクールのウェブサイトが閉じられたようで残念に思っていますが、これは文部科学省でコミュニティ・スクールの「バージョンアップ」を図るための検討会議が始まったこととリンクしているのだろうか。金子郁容氏ももちろん委員です。現制度下のコミュニティ・スクールの指定に係わらず、コミュニティ・スクールの理念はどの学校においても運営の柱のひとつとなる考え方でしょう。「コミュニティ・スクールが地域をつくる!?」という見方も共感するところです。当事者たちがどうしていくかを熟議して価値を生みだす風土の地域をつくっていきたいものだ。
この2題を結ぶキーワードは「個人」だと思います。「クロ現」に登場したWikiLeaksのジュリアン・アサンジ氏と金子郁容氏、もちろん接点はありませんが、松岡正剛氏のウェブサイト「千夜千冊」の「金子郁容『ボランティア』」を読むと「個人」というキーワードが印象づけられて両者を結ぶのです。「個人」という概念は一人の大きさを表す。
2010/11/01
デンマーク2題

昨日から読み始めたのはケンジ・ステファン・スズキ著『なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか』(合同出版 2008)です。サブタイトルは「どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか」です。読んでいて、そうかと思い出したのはNHKの「プラネット・ベービーズ」シリーズの「デンマーク ロラン島 北欧 森の中の幼稚園」でした。急いで録画を観ました。本はこれからデンマークの歴史に入るところですが続きは明後日の休日です。私の中で何かが結ばれようとしているように思います。
写真は昨日のアンネのバラです。
2010/10/30
冬支度
台風一過の後は冷たい北風。こんなことは初めてのように思います。いよいよ冬支度です。今日はウールのハットを“限定”とはいえ3つも買ってしまいました。黒とグレーのへリボーン、そして茶系のチェックです。この冬は防寒にかこつけてハットで気分転換です。オデッセイの冬支度は段ボール箱に入ったまま玄関に山積みですがスタッドレスが届いています。これまでにない冬が訪れるかも知れません。
久しぶりにちょっとおいしいパンと巡り会いました。石窯で焼くパンとのこと。バターの代わりにオリーブ油を使用とのこと。全然しつこくなくてすこぶるおいしい。とりわけ「昔の食パン」がプレーンでおいしい。こんな何でもないパンがなかなか手に入らない。県内といってもその距離は名古屋までと同じです。こんなときは自分で作るしかない!と思ってしまう。これも冬支度か・・・
今夜はプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」を延々と聴く。
2010/10/24
テレビ・テレビ・ラジオ
今日のNHK-ETV「日曜美術館」はブリューゲルの特集でした。小学生の頃、家にあった小さな画集でとりわけブリューゲルは強烈な印象がありました。やせ細った馬に乗った鎧を纏った骸骨の兵士が鎌で人を追い立てたり、村の宴の足下で小人が踊っていたりと、小学生が目にするには刺激が強いものでした。それらは見たくないもののはずですが、たくましさや生命の確かな力強さが伝わる不思議な絵でした。今週の朝日新聞には鴨居玲の展覧会と代表作「私の村の酔っぱらい」が紹介されていました。ブリューゲルの絵も想起される絵です。絵の力も大きい。今日の番組は録画したものの全部を観たわけではありませんがあらためて思いました。中野孝次の『ブリューゲルへの旅』も記憶に残る1冊ですが、書棚を探しましたが見つかりませんでした。
フィギュアスケートNHK杯で村上佳菜子の演技を初めてしっかり見て、指先まで形がきれいで、その指先が演技を何倍も大きく、また、饒舌にしていると思いました。ミュージック・ケアの動作と共通するところが少なからずありました。この1年ほど、ポコ・ア・ポコのセッションで私は自分自身の身体の細かなところまで気にするようになってきています。身体で語り、伝えることの大切さです。ミュージック・ケアは極め尽くせないほどの奥深さと高みがあります。
この週末は信州碌山美術館を特集した「日曜美術館」やNHK ETV特集「シンドラーとユダヤ人 発見されたトランク」、フレンチの鬼才のソロモン流など、次々と録画しながらも1本もしっかり観る時間もなく過ぎました。車で移動中はNHK-FMの「トーキング ウィズ 松尾堂」で赤瀬川原平(画家・作家)と梅佳代(写真家)のトークを楽しみました。NHKの受信料の元はしっかり取っています。
2010/10/23
ラストラン

5年間18万6千キロを走ったアテンザのラストランでした。伊勢道を伊勢から松阪まで文字通りの疾走で、一世代前の設計とはいえスポーツカーのDNAは脈々として血が騒ぎました。往復140キロ通勤の頃はアテンザと対話しながらの毎日でした。通勤がアテンザとのいちばんの思い出となっています。オデッセイRB1はまた別の意味でよく走るところが見た目とミスマッチしておもしろい。シートの如何ともし難い違和感が残念ですが、知人のインプレッサWRXと山道をランデブー走行したときは燃費も含めて感心してしまいました。オデッセイから始まった扁平率60のタイヤも値段がこなれてきて、アルミ&スタッドレス(どちらも made in japan)もアテンザのときの半額以下でした。この冬は久しぶりに雪のある八ヶ岳倶楽部を訪れたい。
昨日のNHK-TVの気象情報のコメントを思わずメモしてしまいました。「明日は久しぶりの秋晴れです。来週半ばの寒さに備えて冬支度もいいかも知れません」とのこと。先週末はビオラを植えました。先々週末は転勤して歩くことが多くなったので軽いトレンチコートを調達。あと、ハットもリサーチ中。ささやかな楽しみです。
2010/10/17
ヤマト福祉財団「障がい者の働く場パワーアップフォーラム」

15日金曜日にヤマト福祉財団の「障害がい者の働く場パワーアップフォーラム」に参加しました。はじめに理事長か らヤマトホールディングスの経営理念について説明があり、その潔さと躍動感に圧倒されました。 システムの高度化、創造、開発を通じて豊かな社会の実現に貢献するという明確なミッションとやり抜く強い意志が持続ある成長を生み出す。社会、顧客が求めるサービスを敏感に捉え、時には潜在的なニーズを掘り起こす。経営品質という点で公教育が学ぶべきことは多々ある。
続いて、社会福祉法人共生シンフォニーの理事から、ビジネスの手法を取り入れることで経営を改善させ、障がい者が経済的に自立する姿が紹介されました。その話の中に「ブランディング」という言葉がありました。Wikipediaによれば「企業ブランディングとは、企業経営における第5の経営資源といわれる「ブランド」を戦略的に高める施策、方策のことである。特に社会における企業信頼を高める方策のことを指して「企業ブランディング」と言う。」とのこと。確たる理念のないところにそもそもブランドは生まれようもないが、社会福祉法人の作業所がブランドを確立させたプロセスからもまた学ぶものがあります。それは障がい者の尊厳をしっかり認識することで、自己変革を伴うことでもあろう。「障がいがあるからこのくらい」ということではない。「できない理由をいうとそこで止まる。できることを考える。」とはフォーラムの最後の理事長の言葉。それが殻を破る可能性を生む。わずか1日の研修でしたが私にとっては大きな節目となり得る1日でした。
この日は休暇を取って行ったので秋葉原に寄って来ました。目的の店に行くとそこは大通りから少し入った所の間口2間ほどのビルの1階のテナントで、手書きの店名の紙がガラス戸に張ってあるだけの、箱に入ったままの商品がある倉庫のような店でした。「通販なので袋もなくて・・・」と言って事務机の引き出しから出してきたのは他店の紙袋でした。でも、店の人たちは楽しそうで活気がありました。これで商売になるのがネット通販であり、また、秋葉原なのかと思いました。ヤマト福祉財団の理事長の話にあった「セグメント」という言葉を思い出しました。屋台村の生ビールとケバプが驚くほど美味でした。
2010/10/09
ブーニンのバッハ
週末、玄関脇のキンモクセイが甘く香って季節の移り変わりを思っていたら今日は豪雨とのことでした。というのは、今日は京都で「防災みえ」の注意報警報メールを何度も受信してそうと知ったからです。京都もよく降りましたが災害の心配はなさそうでした。帰る頃には雨も上がって伊勢自動車道から望む松阪の夜景は澄んだ空気の中でくっきりと鮮やかに見えました。
京都では相変わらず文房具を見ていました。この4月から使っているfilofaxの2011年版はまだ出ていないようでした。今日の京都のキーワードは、学生、モレスキン、村上春樹、ダッフルコート、自転車、というところでしょうか。京都の高密度感、これだと思いました。京都は様々な原型の密度の高い街といえるでしょう。雨の京都、学生の頃の私はどう過ごしていたのだろうか。
ここしばらく数字ばかり見ていたので息を吐くときも気をつけないと数字がふわふわとこぼれてしまいそうな感じですが、それも今週で一段落してちょっとまとめて音楽を聴こうかというところです。かといって1曲をじっくり聴くまでもなく、連想ゲームみたいに梯子して聴く忙しい聴き方です。今夜はブーニンが弾くバッパの音の芯のある透明感が頭の中を突き抜ける感じがなんともクールです。秋の深まりが待ち遠しい。
2010/10/03
10月の日曜日のポコ・ア・ポコ
10月の日曜日のポコ・ア・ポコは10家族のみなさまに来ていただきました。とても落ち着いた場で、子どもたちの表情もしっかり確認しながらセッションを進めることができました。時折、子どもの顔をのぞき込みたくなるお母さんとお父さん・・・大丈夫、すごくいい表情でした。輪も実に整然とつくっていただいて、それも子どもたちの心の落ち着きにつながっていました。「少し周りが見えてきたのかも」とお話しくださるお母さんがみえました。ポコ・ア・ポコにひとときながらも居場所を実感していただけたらとてもうれしく思います。1月に1回のセッションですが、子どもたちの学びの力はすごいものがあります。来月も楽しみにしていただきたく思っています。
パール・バック『母よ嘆くなかれ』
音楽療法の研修資料で前に作成したスライドからパール・バックの引用を使うことにしました。ポール・ノードフ、 クライブ・ロビンズ著、望月 薫訳『障害児教育におけるグループ音楽療法』(人間と歴史社 1998) に寄せたパール・バックの「序」の一部です。 遅滞のある、ゆっくりと考える人た...
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9月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。私は夏の疲れが出て始まる前から少々おぼつかないところがありましたが、子どもたちが来てくれるといつもの元気が戻って密度の濃いセッションとなりました。曲の終わりの「静」をみんなで感じることの達成感はいつも素晴らしい。...
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この4月に勤務先の病弱特別支援学校が再編されて校名も新しくなる節目を迎えるに当たり、病弱教育の歴史の一端を紹介する機会がありました。 「病弱教育は明治時代に三重県で始まったとする説があります。「三重県学事年報第九 明治二十二年」には、三重県尋常師範学校の生徒の約6割、70人余が脚...
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検索キーワードに矢野智司を設定して時々チェックしています。先日、彼の近刊が矢継ぎ早に出ていることがわかってあたふたと取り寄せています。 『教育の世界が開かれるとき:何が教育学的思考を発動させるのか』(矢野智司・井谷信 彦編)(世織書房 20220412) 『京都学派と自覚の教...